第17話 グループ藤娘

水上先輩の接近を躱しつつ委員長としての仕事に慣れてきた頃、放課後になるとクラスの女子生徒四人が私のところへ来た。


「委員長、よろしいかしら?」頭につけた赤いカチューシャが特徴的な子が話しかけた。


「え?あ、はい」


私に話しかけたのはその四人組のリーダー格の斉藤さんだ。四人でいつもきゃぴきゃぴ騒いでいることは知っていた。


「委員長はお仕事が忙しそうだけど、一色さん以外のクラスメイトとあまり仲良くされていないわね?」


「は、はい・・・」


二年生になって新しく同級生になった生徒たちとはまだあまり交流ができていなかった。委員長の仕事に振り回されていたという理由もある。


「委員長なんですから、もっとクラスメイトに目を向けるべきじゃないの?」


「そ、そうですね。気をつけます」


私の言葉を聞くと斉藤さんはにっと笑った。「委員長はこれから何か用事があるの?」


「いえ、今日は別に・・・」


「じゃあ、一緒に私のうちに来ませんか」突然私を誘ってくる斉藤さん。


「え?・・・か、かまいませんけど」


「なら行きましょう!」


私は四人に囲まれるようにして教室を出た。そのまま校門を出る。


ちなみに四人を紹介すると、まず私に話しかけてきたのが斉藤雛子さいとうひなこさんで、いつも赤いカチューシャをつけている。


二人目が須藤 翠すどうみどりさん、前髪をセンター分けしている。三人目が齋藤美樹さいとうみきさん。ポニーテールが特徴。こっちの齋藤さんは漢字が難しい齋藤だ。四人目が佐藤孝子さとうたかこさんで、おかっぱ頭をしている。


「みなさん名字に『藤』の字がつくのね?」


「そうなの。だから私たちは『藤娘』と自称しているの」と斉藤さん。


「もともとは出席番号が近かったから仲よくなっただけなんだけどね」と須藤さん。


「委員長の藤野さんが藤娘に入ってくれれば完璧だわ」と佐藤さんが言った。


「それで私が誘われたの?」


「それもあるけど、委員長が後ろ盾になれば心強いしね」と齋藤さん。


「ほんとうは、雛子が委員長を妙に気にしていたから、誘ってみたらって言ったのよ」と須藤さんが暴露した。


「翠、それは言わないで!」と斉藤さんが顔を赤くして抗議した。


「私を気にしてたって?」と斉藤さんに聞く。


「・・・委員長ってとても溌剌はつらつとしているじゃない?」


「そう?委員長の仕事でばたばたしていたけど・・・」忙しそうな雰囲気を元気があると思ってくれていたのかな?


「そうじゃなくて、何と言うか、・・・後光が差してる感じ?」と斉藤さんが妙なことを言った。


「後光?」「そんなの見えなかったけど」他の藤娘たちが口々に言う。


「ほんとうに光って見えていたわけじゃないけど、活力がみなぎっていたように感じられたの」


不思議に思いながらも私は藤娘について行き、斉藤さんの家に着いて中に招き入れられた。


斉藤家は私の家と同じくらいの広さ(狭さ)だった。台所以外にはお茶の間と子ども部屋しかない。


お茶の間には斉藤さんの母親らしき女性と三人の小さな女の子がいた。


「ただいま〜」と斉藤さん。


他の三人の藤娘たちは慣れているのか「お邪魔しま〜す」と声をかけて斉藤さんと一緒に子ども部屋に入って行った。私もあいさつしながら遅れないように後に続く。


「うちの間取りとほとんど同じね」と私が言ったら、


「そうなの?委員長はいいお家のお嬢様かと思っていたわ」と斉藤さんに言われた。


子ども部屋の畳の上に五人で腰を下ろすと、すぐにお茶の間の方から三人の女の子が部屋に入って来た。一人は五歳くらい、もう一人は三歳くらい、そして最後の一人は一歳くらいで、はいはいして寄って来た。


三人は斉藤さんの友だちに慣れているようで、すぐにまとわりついてきた。私のところにも一歳くらいの子が這って来たので、抱き上げて膝の上に座らせた。


「妹さん?」と私が聞くと、斉藤さんは首を縦に振った。


「年の離れた妹が立て続けに生まれてまいってるのよ。相手をしなくちゃいけないから、みんなには私の家に来てもらっているの。・・・名前は上から雪子、月子、蕗子ふきこよ。言っとくけど、この子たちの母親は私の継母じゃなく、実母よ」


そんなことは疑っていませんでした。


私の膝の上の蕗子ふきこちゃんが私の顔を見上げて「あー」と言ったので、頭を撫でてやった。


「ところで委員長って、水上杏子さんと親しいんでしょ?」と佐藤さんが聞いてきた。須藤さんも身を乗り出してくる。


「孝子と翠は前から水上先輩に熱を上げているのよ」


忘れがちになるが、そう言えば水上先輩は女子に人気があった。


「水上先輩のどこがいいの?」前から疑問に思っていた。


「美人だし、立ち居振る舞いが男の子みたいでりりしいし・・・」


「りりしいの、あれで?」女らしくないというだけじゃないか?


「委員長は水上先輩に厳しいのね?」と須藤さんが聞いた。


「あの人は近くで見ると変な人だから。・・・将来は漫才師になりたいなんて言って、私には相方になれって迫るのよ!」


「漫才?委員長は漫才できるの?」


「できないし、なりたいとも思わないし」私は両手を振って否定した。


「遠くから見るだけにした方がいいのかしら?」と須藤さんがため息をついた。


「水上先輩のそばに行きたければ、隠し芸を身につける必要があるのよ」と、私は新年会で見た惨状を説明した。


「うわ〜」と声を出す四人。その時、私の膝の上の子が平手で私の胸をぱんぱんとたたき出した。


「え、何?」


「おっぱいをほしがってるのよ。・・・蕗子ふきこ、そのお姉ちゃんはおっぱいがないから」


おっぱいがないんじゃなく、出ないだけです。


斉藤さんが立ち上がって蕗子ふきこちゃんを抱き上げると、お茶の間の方に連れて行った。


「みんな、普段はどんなことをお話ししているの?」


「そうねえ、歌手や歌謡曲の話や、テレビや映画の話、それに学校の噂話ね」と齋藤さんが言った。


斉藤さんが部屋に戻ると、今度は幼稚園児の雪子ちゃんが私の方に寄って来た。


「妹さんの名前は雪子ちゃん、月子ちゃん、蕗子ちゃんだったわね?蕗子ちゃんの名前が花子だったら、三人そろって雪月花になったのに」と私は雪子ちゃんの相手をしながら斉藤さんに言った。


「そんなこと、うちの親は考えないわよ。私は三月生まれだから雛子。雪子は二月の雪が降っていた時に、月子は九月の満月の日に生まれたからそう名づけられたの」


「蕗子ちゃんは?」


「蕗子は四月生まれで、産後に食べた蕗がおいしかったからだって」


「そうなの・・・」


「安直なんだから」


「ところで委員長はどんな歌謡曲が好きなの?」と齋藤さんが聞いてきた。


「そうねえ、最近はグループ・サウンズのザ・タイガースとか、ザ・スパイダースをよく聴くわね。それに歌のうまい知り合いがいて、その子はペギー葉山や森山良子の歌を聴かせてくれるわ」


「ザ・スパイダースはすてきよね。特にかまやつひろしが」と佐藤さん。通だな、と思う。


「ザ・タイガースの方がすてきよ。ジュリーはこれからもっと人気が出るわ」と齋藤さん。


「うちは親の趣味で、テレビやラジオで三波春夫ばかり聴いてるわ」斉藤さんがつまらなそうに言った。


「三波春夫の『世界の国からこんにちは』を何回聴かされたことか」


「万国博覧会のテーマソングよね。万博開催はまだ三年後なのに」


「どうせなら吉永小百合の方がいいわ」


話を聞くと、「世界の国からこんにちは」は七つのレコード会社からそれぞれ違う歌手が歌うレコードを同時に発売したとのことだった。テイチクからは三波春夫、東芝からは坂本 九、日本ビクターからは吉永小百合、ミノルフォンからは山本リンダ、日本グラモフォンからは叶 修二、日本コロムビアからは弘田三枝子、日本クラウンからは西郷輝彦と倍賞美津子、キングレコードからはボニージャックスが歌う曲を出したらしい。これらのうちもっとも売れているのが三波春夫だそうだ。


「こんにちはー、こんにちはー」と雪子ちゃんが「世界の国からこんにちは」を歌い出した。すっかり洗脳されているようだ。


しばらく歓談してから家に帰った。斉藤家を出る時には、斉藤さんと雪子ちゃんと月子ちゃんが手を振ってくれた。


「妹がほしかったな」と、武の顔を思い出しながらふと思った。




その週の日曜日に、訪問客があった。


「美知子、お友だちよ」母に呼ばれて玄関に行ったら、斉藤さんが雪子ちゃんをつれて立っていた。


「あら、こんにちは、雛子さん。雪子ちゃんも」


「ちょっと遊びに来たけど、お邪魔だったら帰るわ」


「大丈夫よ、あがって」


「あら、かわいいお客さんね。お茶の間にどうぞ」と母が言った。


「お邪魔します」「おじゃましまーす」


「委員長の家に遊びに行くって言ったら、せめて雪子を連れて行けって母さんに言われて。ごめんね」と釈明する斉藤さん。


「いつも妹さんの世話で大変ね」


斉藤さんは私の家の中を見回していた。


「ほんとうにうちの間取りとそっくりね」


その時、母が雪子ちゃんのために麦こがしを作って持ってきた。煎った麦粉に砂糖を加え、お湯を入れて練ったものだ。香ばしくて甘いおやつだ。


「ありがとう」雪子ちゃんがおいしそうにほおばった。もちろん、私と斉藤さんもお相伴をする。


母は雪子ちゃんに夢中になっていた。「美知子もこういう頃があったわね」と回想モードに入る母。


しばらくおしゃべりをした後に、斉藤さんは妹をつれて帰ると言った。


「ごちそうさまでした、おばさん」母にあいさつする斉藤さん。


「さようならー」とかわいい声で言う雪子ちゃん。


「また、妹さんをつれていらしてね」


始終ご機嫌な母を見て、娘としては少し複雑な気分になった。




翌月曜日の朝、職員室に寄った後で、昇降口横の階段を二階に上がると、校長室から校長先生が出て来るところに出くわした。


「あ、君!」校長先生が私に話しかけた。


「はい、あ、おはようございます。・・・何でしょう?」


「君は確か、二年生の藤野・・・君だったかな?」


「はい、二年二組の藤野です」


「ちょっと話があるから、校長室に来なさい」


「え?でも、もうすぐ一時間目が・・・」


「そんなに時間は取らせないから、入りたまえ」


「・・・は、はい」私に拒否権はなく、校長先生の後について、おそるおそる校長室に入った。

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