第14話 生徒会の手伝い
五月の連休が明け、さっそく喜子から放課後に生徒会のお手伝いを頼まれた。
一色も一時間ぐらいはつき合えるというので一緒に生徒会室に入る。既に生徒会長の黒田先輩と副会長の室田先輩が来ていた。
「わざわざありがとう。藤野さんも、一色さんも」と黒田先輩が言った。
「今日からしてもらうのは、生徒会室の備品のチェックと発注の手続きよ」
学校から生徒会の運営費が出ており、必要な文房具などを購入できるのだが、まず去年の購入分の残りの数を確認しておくということだった。要するに棚卸しだ。
戸棚の中からノート、鉛筆、消しゴム、マジック、セロテープ、クリップ、輪ゴム、模造紙、画用紙などを出し、机の上に並べて数を数え、記録していく。
私たちで各物品の数を確認して報告し、喜子が専用のノートに鉛筆書きしていった。確認後、ペンで清書するそうだ。
模造紙やセロテープはかなり減っていたが、鉛筆や消しゴムはたくさんあった。模造紙などは学校の行事でよく使うそうだ。一方、予算に余りが出そうになると、とりあえず使い切ってしまおうと、手軽な鉛筆や消しゴムを買ってしまうことが多いらしい。
「数年分はありますね」と私が指摘すると、
「そうね」と黒田先輩が答えた。「でも、この部屋の中で私的に使うのは大目に見るけど、持ち帰りはだめよ」
先手を打って釘を刺された。私は「はい」と言うしかなかった。
あとは必要なものの発注で、室田先輩と喜子が職員室に報告に行った。業者に値段を確認してもらう必要があるらしい。
一色も、店の手伝いがあるからと、この時点で帰って行った。
生徒会室で黒田先輩と二人きりになる。
「杏子は相変わらず迷惑をかけているのかしら?」と黒田先輩が聞いてきた。
「いえ、最近はあまり会う機会がありません」
「杏子は卒業したらどうするつもりかしら?」と嘆く黒田先輩。
本当に漫才師になるつもりなら、この時代には芸人の養成所などはないだろうから、どこかの女漫才師に弟子入りするしかないだろう。
「とりあえず進学して、いろいろな可能性をさがしてもらうのがいいと思いますけどね」と私は言った。
大学に行けば、いろんな出会いがあるかもしれない。そうなれば、新しい道が開けてくるだろう。
「そうね。・・・藤野さんは杏子のことをけっこう考えてくれてるのね」
「それほどでもありませんが」
「明日香もあなたに夢中のようね」
「えっ?」
「藤野さんを少女小説のように姉として慕うと言っていたわ。・・・明日香がそんなことを言い出したのも、元はと言えば私が昔貸した少女小説にはまってしまったのが原因だけど」
黒田先輩が諸悪の根源でしたか。
「藤野さんに、私の妹になってもらうのもいいかもね」黒田先輩がいたずらっぽく微笑んだのでドキッとした。
その時、室田先輩と喜子が生徒会室に戻ってきた。
「行ってきました、生徒会長。明日には価格表が来ると思います」と喜子が報告する。
「そう。じゃあ、明日はそれに基づいて購入額の計算をするからよろしくね。・・・今日はこれで終わりにしましょう」
「帰りましょうか、喜子さん。・・・じゃあ、失礼します」私は喜子をせき立てるようにして生徒会室を後にした。
翌日の放課後、私は喜子たちと一緒にまた生徒会室に行った。
「だから、藤野さんもそう言ってるのよ!」生徒会室の中からいきなり黒田先輩の声が聞こえてびくっとなる。
「でも、大学進学か・・・。敷居が高いな」水上先輩の声だった。
私がおそるおそる室内をのぞき込むと、黒田先輩と水上先輩が言い合っていた。
「あ、藤野さん、ちょうど良かったわ!」黒田先輩が私をめざとく見つけ、手招きをした。
「・・・どうしたんですか?」
「杏子の将来について、藤野さんの助言をもとに、大学進学を勧めていたのよ」
「美知子くん、僕は漫才師になりたいんだよ!」迫って来る水上先輩。
「も、もちろん、それは知っていますが、今は大学でいろいろなクラブ活動をしていますから・・・」
「漫研もあるかな?」
漫研?漫研と言えば普通は漫画研究会のことだ。水上先輩が漫才研究会のつもりで言っていることに気づいたが、多分、そういうのはないだろう。
「おそらく大きな大学には落語研究会があると思いますから、そこに入って、漫才をしてみるのもいいんじゃないでしょうか?」
「落語研究会?・・・
「あるいは演劇部に入って、コントとか、コメディとかを経験してみるのも勉強になるかもしれませんよ」
「そうか。・・・で、どこの大学がいいんだい?」
「そこまではわかりません。・・・先輩の学力にもよりますし」
「藤野さんが言うように、今年は一年間、受験勉強を頑張ってみたら?」と黒田先輩が口をはさむ。
「く〜、勉強は苦手なんだよな」
明日香も黒田先輩も成績が良さそうなのに、この人は何で勉強が苦手なんだろう、と疑問に思った。
「どこに進学するかこれから考えるけど、美知子くん、君も同じ大学に来るんだ!」
「いえ、うちにそんな余裕は・・・」
「約束だよ!」人の話も聞かず言い捨てると、水上先輩は生徒会室を出て行った。
「相変わらず台風みたいな人ね」と室田先輩があきれ顔で言った。
「さて、それはともかく、今日もお手伝いをよろしくね!」と黒田先輩が私たちに向かって言った。
今日の仕事は生徒会室の消耗品の購入額の計算だ。買う予定の物品の数に、業者が持ってきた価格表の値段をかけて足していく。
喜子と一色が計算を担当することになり、生徒会室備えつけのそろばんが出された。私は計算結果をノートに記録する係になる。
喜子と一色がはじくそろばんの玉の音が絶え間なく響く。どうしてそんなに速く指を動かせるのかと不思議に思うが、そろばんは上達すれば頭で考えなくても勝手に指が動くそうだ。
何種類もの購入品の合計金額がまもなく計算された。私が二人の計算をノートに記録すると、二人の計算した合計額がぴったりだった。
「若干金額が多いわね。どれかを削りましょう」黒田先輩がそう言って室田先輩と相談する。その相談結果によって一部再計算だ。
二人のそろばんマシーンがフル回転しているから、じきに計算が終了した。
「これで先生に発注をお願いしてくるわ」室田先輩がそう言って喜子を誘った。
「山際さん、行きましょう」
喜子は書記だから、来年のためにいろいろ経験させておくそうだ。
「じゃあ、私もこれで帰ります」と一色が言った。
「仕事が終わったことだし、私も帰ります・・・」そう私が言ったら、
「まあまあ、藤野さんは急ぐ用事はないでしょ?二人が戻って来るまで、ここで一緒に待ちましょう」と黒田先輩が言った。
「じゃあ、お先に」何も疑わずに帰っていく一色。
「藤野さん、お茶でも飲みましょう」
黒田先輩は生徒会室の備品であるやかんとガスコンロでお湯をわかし、急須にお茶の葉を入れ、煎茶をついでくれた。私は椅子に座らされ、その前に茶碗が置かれる。
「ど、どうも」
私の隣に黒田先輩が座る。
「あなたのおかげで杏子が進学してくれそうで感謝するわ」
「いえ。・・・どこかの大学に入れるといいですね」
「そうね。今から頑張れば、何とかなるでしょうね」
「黒田先輩も進学ですか?」
「ええ。・・・私は父の仕事の伝手で、将来は秘書になろうと思ってるの。それには多少の学歴があった方がよさそうなの」
頭がいい美人秘書ですか。引く手
「藤野さんはどうするつもりなの?」
「私もできれば短大くらいは出たいと思ってるんですが・・・」
「杏子が大学に行けたとして、後を追うつもりはないの?」
「な、ないですよ。大学に行く余裕はないと思いますし、水上先輩の後を追うだなんて、それこそ漫才の相方になると宣言するようなものじゃないですか」
「漫才の相方になれとは言わないけれど、杏子の前では同じ大学に行くつもりだと言ってもらえないかしら?」
「え?嘘をつくんですか?」
「嘘も方便と言うじゃない。杏子に受験勉強のやる気を出させるためよ」
水上先輩は苦手だが、それでも不幸になってほしいとは思わない。それに私が松葉女子高を卒業するのは二年後だ。その時、状況が変わって大学に進学できませんと言えばすむことかも・・・。
「わかりました。水上先輩のためなら」そう答えてお茶をすする。
「ありがとう、藤野さん!やっぱり頼りになるわね。明日香が言ってた通りだわ!」黒田先輩が茶碗を持ったままの私の手を取った。
「あなたが将来、短大か大学に進むとしたら、卒業後、どこかの会社の社長秘書くらいあっせんできるかもよ。私の父の伝手で」
黒田先輩のお父さんは財界の実力者ですか?・・・黒田先輩の母親が、水上先輩の母親と同じように美人なら、資産家に嫁いでいても不思議はないだろう。
黙ってしまった私を見て、黒田先輩はにこっと微笑んだ。
「今度、私の家へ遊びに来ない?」
「あ、あの、これから中間試験の勉強で忙しくなりますので・・・」
「じゃあ、その後ね。約束よ」
その時ようやく室田先輩と喜子が戻ってきた。
「言ってきました、生徒会長」
「二人とも、お疲れさま。じゃあ、帰りましょうか」
「はい」
返事をして私たちは生徒会室を出た。喜子が私の顔を見て言った。
「美知子さん、顔が赤いわよ。生徒会長に見とれていたんじゃないの?」
「そんなことないわよ。・・・それより、もうすぐ中間試験ね。私はまた図書室で勉強するつもりだけど、喜子さんも来る?」
「ええ。私も図書室に行くわ。一緒に頑張りましょう」
家に帰ると、夕飯の準備ができていた。
「お母さん、明日から放課後、試験勉強をして帰るから、少し遅くなります」
「こんなに勉強熱心になって嬉しいわ」と母親が微笑んだ。「中学生の頃は勉強したがらなくて、大丈夫かしらと心配してたけど」
ちなみに今日、五月十日は私の誕生日だ。夕飯にごちそうやケーキが出るわけではないが、いつも誕生日プレゼントをもらっている。
「これはお父さんと私からの誕生日プレゼントよ」食後、母が三冊の大学ノートを手渡してきた。
「ありがとう、お父さん、お母さん」
「なんだ、ノートか。つまんないの」と弟の武が言って、父親にこづかれていた。
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