第13話 生徒会役員選挙
翌朝登校すると、二年二組の教室に入って自分の席にカバンを置き、すぐに職員室に向かった。
「失礼します」と言って職員室に入る。
担任の中村先生を見つけたので近寄って、今日の朝、生徒会書記の候補者を選ばなくてはならないことを伝えた。
「わかりました。今日は授業の準備のお手伝いはありませんから、さっそく教壇に立って司会をしてね」
みんなの前でしゃべるのか?緊張する。そう思いながら、先生より先に教室に戻った。
中村先生が教室に入って来ると、先生はさっそく「みなさんに委員長からお話があります」と言った。
私は席を立ち、教壇に立ってクラスの全員を見回した。そばに一色も立たせる。
クラス全員の視線が私に集まる。さすがに緊張するが、腹を据えて口を開いた。
「みなさん、うちのクラスから生徒会書記の候補者を一人出さなくてはなりません。誰か、立候補する方はいませんか?」
全員を見回したが、誰ひとり微動だにしなかった。生きてるのか、おまいら?
「他薦でもかまいません」
「はい!」なぜか横に立っている一色が手を上げた。嫌な予感がしたが、しかたなく指名する。
「はい、一色さん」
「私は委員長がいいと思います」
ぱちぱちとクラス全員から拍手が起こった。私は「ほかには候補者はいませんか?」と確認したが、誰も発言しようとしなかった。
「決まりだね」と一色。わずか一分で私が候補者になってしまった。・・・まあいいか。書記は一組の喜子が本命みたいだから。
その日の委員長の仕事を一色の助言を聞きながら何とかこなしていく。一色は委員長になった経験がないのに、去年の委員長の仕事ぶりをよく覚えていた。さすがだ。
放課後、一色と一緒に生徒会室に入った。部屋の中にいる全員が私の方を注目する。するとその中から長髪の美女が近づいて来た。
「あなたが藤野さんね?お噂はかねがね。よろしくね」
水上先輩に匹敵する美女だった。その美女の黒髪がさらりと揺れ、光沢が波打つ。こういうのを
「は、はあ・・・。よ、よろしくお願いします」見とれながらたどたどしく返事をする。
お噂って、私の何の噂を聞いたんだろう?そのことと美女の名前を教えてもらおうと思っていたら、生徒会顧問の上毛先生が生徒会室に入って来た。美女は私から離れて自分の席に戻って行った。
「みなさん、揃ってますね?それでは各クラスの生徒会役員の候補者を報告してください。・・・三年一組から」と上毛先生が口を開いた。
そう言われて先ほどの黒髪の美女が立ち上がった。
「三年一組の候補者は、私、
あの美女が去年生徒会書記を務めたという黒田先輩か。そして、生徒会長の最有力候補らしい。
続いて二組、三組、四組と候補者の報告があった。どこも委員長が選ばれたようだった。
「次は二年一組から、書記候補者を報告してください」
「二年一組は私、山際喜子です」
喜子が書記になるのだろうな、とぼんやり考えていたが、次が私の番だということをぎりぎりで思い出した。急いで立ち上がる。
「二年二組の候補者は、私、藤野美知子です」
二年四組までの候補者が紹介されると、上毛先生が立ち上がった。
「それでは、選挙に入りますが、今の候補者に何か質問がありますか?」
すると、黒田先輩が手を上げた。
「どうぞ、黒田さん」先生が指名する。
「二年二組の藤野さんに聞きたいんですが」
「ええっ?・・・いえ、はい!」私は突然名前を呼ばれてうろたえた。
「一年生の学年末試験で、あなたの学年順位は何位だったの?」
いきなり答えにくい質問をぶつけてきた。でも、本当のことを話さざるを得ない。
「・・・百六十人中三十八位でした」
私が答えるのと同時に室内がざわついた。そうだろう。ここにいるのは、成績が学年で十位以内の人たちばかりだ。
「・・・そう。あなたは成績で選ばれたんじゃないのね」
私は顔を赤くしてうつむいた。これじゃ公開処刑だ。
「はい、よろしいですか?」上毛先生が口をはさんだ。
「ほかに質問がなければ、生徒会長の選挙を始めます。投票用紙を配りますから三年生から一人選んで名前を書いてください。苗字だけでけっこうです」
投票用紙、実はただの小さな紙切れが配られてそれに名前を書く。三年生四人の候補者の名前は黒板に書かれていた。私は「黒田」と書いて投票した。
すぐに上毛先生が一枚ずつ名前を読み上げ、元書記の黒田先輩が黒板に書いていく。結果は、黒田二十三票、白票一だった。白票はおそらく黒田先輩の票なのだろうと思った。自分で自分の名前を書くような人とは思えなかったからだ。
「生徒会長は一組の黒田さんです。・・・得票数二位の方を副会長にしようと思いましたが、これでは無理ですね。もう一回投票しましょう」
もう一度投票用紙が配られた。私は残りの候補者三人についてよく知らないので、二組の委員長(室田先輩)の名前を書いて投票した。
再度開票される。その結果は、室田(二組)十六票、田中(三組)五票、山根(四組)三票だった。・・・やはりクラスの番号順に投票数が多い傾向があった。
「副会長は二組の室田さんに決まりました。次に二年生の中から、書記にふさわしい人を投票してください」
また投票用紙が配られる。私はもちろん「山際」と書いた。
開票されると、山際十六票、私が五票、その他三票だった。何を血迷ったか、私に投票した人がいる。得票数が多くなくて助かったが、いい迷惑だ。
「書記は二年一組の山際さんに決まりました。三人は前に出てください」
先生の横に立たされ、それぞれあいさつをさせられた。
「三年一組の黒田祥子です。このたびは生徒会長に選ばれ、分不相応だと思いますが、どうかよろしくお願いします」
会釈をする黒田先輩にみんなが拍手をした。
「三年二組の
再び拍手が起こる。次は喜子の番だ。私の手に力が入る。
「二年一組の山際喜子です。微力を尽くしますのでよろしくお願いします」
私は強めに拍手をした。会釈後、頭を上げた喜子の顔が赤らんでいたが、まっすぐ私の方を見て微笑んだ。
新たに決まった生徒会役員を残して、私たちは解散になった。部屋を出て教室に戻る時、一色が私に囁いた。
「私は藤野さんに投票したのに、残念だったね」
「よしてよ。中途半端に票が入ると、かえって恥ずかしいわ」
教室に戻って帰り支度をする。その時、教室の入り口に喜子がいることに気づいた。
「藤野さん!」
「喜子さん!もう終わったの?」
喜子は私のそばに寄って来た。
「一年間の予定の簡単な打ち合わせだけで、すぐ終わったわ」
「そうなの」
「それから行事のときは、非公式ながら誰かにお手伝いを頼むことができるらしいの。藤野さんにお願いできないかしら?」
「私で役に立てるなら、かまわないけど」
「ありがとう、藤野さん!・・・それと、黒田先輩があなたに用があるって」
「生徒会長が!?」
喜子が後を振り返ったので、私はその先を目で追った。教室の入り口に黒田先輩が立っている。あわてて黒田先輩のそばに寄る。
「あの、ご用があると伺いましたが?」
「さっきはあなたの成績を聞いたりしてごめんなさいね」
「い、いえ・・・」黒田先輩が謝罪したことにちょっと驚いた。
「委員長って成績だけで決まることが多くて、中には生徒会の仕事に向いていない人もいるの。でも、あなたはそういう人には見えなくて」
頭が良さそうには見えないってことかな?否定はしないけど。
そう思っていたら、黒田先輩が私にさらに近づいて顔をのぞき込んできた。
「だから、書記の山際さんの補佐として、生徒会の仕事を手伝ってほしいのよ」
美人のアップは迫力がある。私はその圧に後ずさりしそうだった。
「喜子さん、いえ、山際さんに、私にできるお手伝いならするって言っていたところですけど」
「そう、それは良かった。助かるわ」笑みを浮かべる黒田先輩。
「それと、あなたのことは明日香から聞いているわ」
「明日香?」聞いたことのある名前がほぼ初対面の人の口から出て、一瞬理解が追いつかなかった。
そのとき、一人の女子生徒が廊下をどたどたと走って来た。
「美知子くーん、会議は終わったかい?新しい台本について相談しようよ」
そっちを見ると、水上先輩が走って来るところだった。
「杏子?」黒田先輩が水上先輩に気づいて言った。水上先輩も黒田先輩に気づいた。
「あれ、祥子じゃないか。僕の美知子くんになぜ迫ってるんだい?」
名前で呼び合う仲なのか?
「私は今度生徒会長に選ばれたから、藤野さんにお手伝いをお願いしているところよ」
「生徒会の手伝い?そんなのつまんないから、僕たちの漫才を作ろうよ」
「相変わらず馬鹿なことを言って!藤野さんは私のお手伝いをするの!」
水上先輩と黒田先輩が両手を突き出し、四つに組んだ。そのままの状態でにらみ合う。
「何なの、この二人?」美女二人のつかみ合いだが、あまり美しい絵面じゃない。
「お、お二人はどういう関係ですか?」と四つに組んでいる水上先輩と黒田先輩に聞く。
「杏子は私の従妹なのっ!」と答える黒田先輩。
「違うっ!祥子は僕の従姉なんだ!」と水上先輩。いえ、言ってることは同じなんですが。
黒田先輩の印象が水上先輩とまったく違うので最初は気づかなかったが、よく見ると確かに二人は顔が似ている。血がつながっていそうな美人どうしだった。
それに黒田先輩は明日香とも似ている。明日香は美少女なだけでなく意思が強そうで、実姉の水上先輩よりも黒田先輩に似ているのかもしれない。
「せ、生徒会のお仕事はお手伝いしますので、今日はこれで失礼します」と、黒田先輩が水上先輩を抑えている間に私は自分のカバンを持って教室を飛び出そうとした。
しかし、私の動きを見た水上先輩が黒田先輩の手を振り払うと、すかさず私の右手をつかんだ。
「漫才の台本も頼むよ!」
その勢いでカバンを床に落としてしまう。
「頼まれても困りますよ。そっちの才能はありませんから」
すると今度は黒田先輩が私の左手をつかんで引っ張った。
「杏子、藤野さんに無理強いはよしなさい!」
二人に両腕を引っ張られた瞬間、私は大岡裁きの子争いを思い出した。二人の女が子どもを自分の子だと主張しあう話だ。
大岡越前守は二人の女に子どもを両方から引っ張るように言う。子が「痛い」と叫ぶと、本当の親が手を離し、偽物は手を離さなかった。その様子を見て本当の親に子どもを引き渡したという名裁きだ。
「引っ張らないで、痛いわ!」と私も叫んだ。
しかし水上先輩も黒田先輩も、私の手を引くことをやめなかった・・・。
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