第12話 二年生に進級

春休みが終わり、二年生一学期の始業式の日になった。


松葉女子高校では二年生に進級する時にクラス替えがある(三年生に上がる時はない)。そのため学校の昇降口に新しいクラス割が貼ってあった。これで自分の下駄箱の位置も決まるのだ。


喜子は二年一組だった。私が二組で、今年は一色が同じ組になるようだ。麗子は三組だった。一年生の時のクラスメイトの四分の三が入れ替わることになる。


二階にある二組の教室に入って出席番号順の席に座ると、まもなく中村先生が入って来た。中村先生は一年生の時の担任だったので、先生が代わらないことにほっとする。


始業式が始まるので廊下に並んで体育館に行くようにと中村先生に指示される。そして始業式が終わると引き続き入学式があった。新一年生が体育館に入場して来る。なお、この前女子高の見学に来た明日香と真紀子が入学するのは来年の予定だ。


入学式が終わって教室に戻ると、まもなく中村先生も教室に入って来た。


「では改めて、私が担任の中村です。一年生の時に英語の授業を担当していたので、知らない人はいませんね?」


みんなが「はい」と返事をした。


「それではみなさんに自己紹介をしてもらいます。出席番号順でお願いします」


そう指示されて、最初に一色が立ち上がった。


「私は一色千代子です。探偵をしていますので、何か事件か謎があったら、遠慮なく相談してください」


相変わらずの一色だったが、探偵好きなことを知らない生徒もいて少しざわついた。


その後は普通の自己紹介が続いた。私の番が近づく。「私は普通の人間には興味ありません」とでも言ってみたい衝動に駆られたが、さすがに無難な自己紹介にとどめた。


「藤野美知子です。何のとりえもない平凡な女ですが、仲良くしてください」


「藤野さんって、最近水上先輩がよく会いに来るわよ」と一年の時に同じクラスだった生徒が囁いた。


「そうなの?慕いあう関係なのかしら?」と別の生徒が囁き返したが、違います。エス関係ではありません。


そんなことを考えているうちに生徒の自己紹介が一通り終わり、


「それではまずクラスの委員長を選出します」と中村先生が言った。


「立候補者はいますか?他薦でも構いませんよ」


委員長か。勉強ができる人がなるから、学年で一番か二番の成績を取る一色が適任かな、と思っていたら、突然その一色が立ち上がった。


「私は藤野さんがいいと思います」


「はあっ!?」あまりにも意外な発言だったので驚いた。委員長なんてとんでもない。


「私より、一色さんの方がふさわしいと思いますが」とすぐに反論したが、


「藤野さんは去年の松葉祭しょうようさいで合唱の指揮をして私たちをリードしてくれました。委員長にふさわしいと思います」と一年の時の同級生が発言した。


「一色さんはあれだし・・・」と別の誰かが囁く。それは否定できない。


「ほかに候補者はいませんか?いなければ藤野さんに決めますが」


とたんに教室中に拍手が鳴り響く。「自分がなりたい」と主張する奇特な人はいなかった。


「それでは藤野さん、一年間委員長をよろしくお願いします」先生が宣言して決まってしまった。とほほ。


「次に副委員長を決めたいと思いますが、藤野さん、どなたかを指名しますか?それともまた候補を募りますか?」


「はあ・・・」新クラスなので知った人が多くない。


「一色さんではいかがでしょうか?」探偵馬鹿だが、頭がいいから頼りにはなるだろう。


「みなさん、一色さんでよろしいですか?」


ぱちぱちと拍手が鳴る。誰も委員長、副委員長になりたくないから即決だ。


「二人は次の休み時間に職員室に来て、放課後になったら生徒会室に行ってください」


休み時間になるとさっそく一色が寄って来た。


「委員長、これからよろしく」


「やめてよ、その呼び方」


委員長って何の仕事があるんだろう?今までは一年二組の委員長、つまり喜子にまかせっきりで、あまり意識したことがなかった。


確か、授業前と後の号令をして、それから松葉祭しょうようさいの演し物や、体育祭の出場競技を決める時の司会をしていた。


さらに授業の準備を手伝わされていたので、授業前に先生のところへ顔を出していた。


生徒会の役員ではないけれど、生徒総会の手伝いをしていた気がする。今日の放課後に生徒会室に行くのは、顔合わせのためだろう。


副委員長は、委員長が欠席の場合に代理を務める。一年二組の副委員長はあまり目立たない子で、委員長の補佐で黒板書きをしていただけだった。


時間があまりないので一色と職員室に向かう。


「一色さん、私を推薦するなんてどういうつもりよ?」一応文句を言っておく。


「お互いさまじゃないか。でも、君は適任だと思うけど」


「失礼します」と言って職員室に入り、中村先生を見つけてそばに行った。


「藤野さん、一色さん、一年間、委員長、副委員長をよろしくね」


「は、はい。・・・自信ありませんが」


「はい。藤野さんにお任せください」と一色。おい。


「なに、先生と生徒会の手伝いと、クラスを仕切るくらいよ。藤野さん、あなたなら大丈夫」


全然大丈夫じゃありませんが。


「授業の準備とか手伝うんでしょうか?」


「たまにプリントを持っていくのを手伝うくらいかしら。いちいち授業の前に聞きに行くのは大変だから、手伝いが必要な授業がある場合は、担任の私のところに話が来ることになっているの。朝とお昼に私のところに確認に来てちょうだい」


「わかりました」けっこう面倒だな。喜子はこれを一年間していたのか。頭が下がる。


「今日の授業の準備は何かありますか?」


「午前中の授業はないわ。午後の授業の前にもう一度確認に来て」


「はい」


「それから、まもなく生徒会役員の選挙が始まるから、その候補者選びがあるわね」


生徒会長などの役員の選挙。・・・そんなの去年やったっけ?どうにも記憶があいまいだ。


ちなみに生徒会長は三年生から選ばれて、卒業まで務める。進学校なら二年生の時に選ばれるのだろうが、松葉女子高は進学校ではない。大学や短大への進学を考えている人が生徒会長になったら大変だろうな。


「職員室に行くのは交代制にしない?」教室に戻る途中で私は一色に提案した。


「そのくらいならいいよ。君は朝と昼休みとどっちがいい?」


「朝にしようかしら?」


午後は実習が多いので、準備の手伝いやら、クラスメイトへの連絡やら大変そうだ。食休みもしっかり取りたいし。


「いいよ、私は。・・・これからは相棒だね。事件が起こったら一緒に解決しよう」


「そうそう事件は起こらないわよ」多分。


放課後になると一色に声をかけて一緒に生徒会室に向かった。この部屋に入るのは初めてだ。


おそるおそるドアを開けて中に入ると、喜子が既に来ていて、私の姿を見つけると嬉しそうに手を振った。


「藤野さん、委員長になったのね?」と喜子が言った。


「ええ。喜子さんは一組の委員長?いろいろわからないところがあるから教えてね」


「一色さんもありがとう。藤野さんを推薦してくれて」


一色は喜子を見てにやっと笑った。


「どういうこと?」


「ごめんね、藤野さん」喜子が謝った。


「一色さんが藤野さんと同じクラスになったことに気づいたので、私が一色さんに、藤野さんを委員長に推薦してはどう?と提案したの」


「え?何で?」


「藤野さんは面倒見がいいから、委員長に向いていると思ったのと、・・・こうして生徒会の仕事で一緒になる機会が増えるからと思ったのよ」


後半が主目的ではないだろうか?


「私もその意見には賛成だった。私が謎を解こうとしている時、君はいつも冷静かつ客観的に観察していた。だから、クラスメイトからいろいろな意見や要望が出た場合に、委員長として公正に判断できるだろうと思えたんだ。山際さんに頼まれたからだけじゃないんだ」と一色。


「ほめてくれるのは嬉しいけど、重圧だよ」


その時、日本史を教えている上毛美津子こうげみつこ先生が生徒会室に入って来た。五十代の厳しい先生として知られていて、生徒会の顧問もしている。


「はい、みなさん、クラス順に席についてください」


ばたばたと指定された席に着く各クラスの委員長たち。雑談はなく、すぐに静かになる。


「私が生徒会顧問の上毛こうげです。まず、一年一組から委員長と副委員長が自己紹介をしてください」


各クラスの委員長と副委員長が、順に立って氏名と役職を述べていく。私は、一色がまた変なことを言い出さないか心配だったが、相談する余裕もなく順番が来た。


私と一色が起立する。


「二年二組の委員長の藤野美知子です。よろしくお願いします」


「同じく、副委員長の一色千代子です。よろしくお願いします」


一色が妙なことを言わなかったので、ほっとして着席した。


全員の自己紹介が終わると、上毛先生が再び口を開いた。


「みなさんは各クラスの委員長、副委員長であるとともに、生徒会の構成員となります。そしてその最初の仕事が生徒会役員の選挙です。


 生徒会役員は、伝統的に三年生から選ぶ生徒会長と副会長、二年生から選ばれる書記の合計三名です。この三名を中心に、教師の監督の下、体育祭や松葉祭の企画・運営を行います。


 生徒会長と副会長は、三年生の各クラスから一名ずつ候補を出してもらい、ここにいる生徒会構成員で選挙を行います。書記も、二年生の各クラスから一名ずつ選ばれた候補から選挙で選びます」


候補者の選挙演説や全校生徒の投票はないんだ、と思った。ちなみに生徒会の自治が広く認められるようになったのは、大学紛争に代表される学生運動が契機になったらしいが、今はまだ学生運動が表立っていなかった。


「各クラスの候補は、委員長または副委員長でも構いませんし、それ以外の生徒でも構いません。明日の朝、クラスの総意をまとめ、放課後に再びここに集まって投票を行います。なお、去年の書記が、今年の生徒会の役員にならなかった場合、自動的に生徒会の補佐になってもらいます。・・・何か質問はありませんか?」


誰も何も質問しなかったので、この日の生徒会は終了となった。


教室に戻ると、私は一色に質問した。・・・上毛先生に質問する勇気はなかった。


「各クラスの候補から抱負を聞くこともなく、いきなり選挙をするの?」


「生徒会長と副会長は、一年と二年の時の委員長としての活動ぶりで、ふさわしい人が自然に選ばれると思うよ。最有力候補は、去年書記をした三年一組の黒田先輩だね」


「そうなんだ」


「二年生の書記は、たいてい一組の委員長、つまり今年なら山際さんが選ばれる可能性が高い。山際さんを知っている人なら投票してもおかしくないし、誰もよく知らない一年生なんかは、たいてい最初の候補者、つまり一組の候補者を選ぶからさ」


けっこういいかげんだな、と私は思った。ただ、そうなると、喜子が来年生徒会長になる可能性が高いということになる。


少しだけ気が楽になって、一色と別れて家に帰った。


「ただいまー」声をかけると、母が玄関に出てきた。


「おかえり、美知子。今日は遅かったわね」


「それがね、今日、二年二組の委員長に選ばれちゃった。その後、生徒会の会議に出たりして遅くなったの」


「あなたが委員長になったの!?」目を丸くする母。その声を聞いて武も出てきた。


「そうなの、突然指名されちゃってね、私も驚いたの」


「姉ちゃん、すげー。お祝いに何か食べに行こうよ」と武が言い、


「お父さんが帰らないと決められないから、また今度ね」と嗜められていた。

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