第10話 女子高見学
「ここが私の教室、一年二組よ」
そう言って教室の中に入って行った。
「お姉様の机はどこ?」明日香が聞く。
「ここよ」と教えると明日香はその席に座った。真紀子も隣の席に座る。
「教室自体は中学と代わり映えがないけど、勉強は難しいんでしょ、みっちゃん」
「うん、中学の時よりはね。・・・特に数学が難しいかな」国語、英語、理科、社会も簡単じゃない。
「でも、この学校は家庭科に力を入れているから、裁縫や手芸の実習が多いわよ。マキちゃんはどう?そういうの得意?」
「う~ん、微妙かな」
「私も~」と相づちを打つ明日香。
「まあ、私も得意な方じゃないけどね、何とかやってるわ」と二人を安心させるために言う。ちなみに私の家庭科の成績は通信簿の五段階評価の三だ。
「さあ、ほかの教室も見ようか」
私たちは一年二組の教室を出て、東校舎の中を北の方向へ歩いた。
「四組の奥にあるのが第一理科室と第二理科室ね」実験台が並んでいる部屋を見せる。
「生物や物理、化学、地学の講義や実験をする部屋よ」
「どんな実験をするの?」と明日香が聞く。
「一年のときは生物の実習で、フナの解剖をしたわ」
ぎょっとした顔を見せる真紀子と明日香。
「魚をさばくから、料理の実習に近いわよ」違いは内臓を詳細に観察することだ。
「昔はカエルの解剖をしていたみたいだけど、麻酔の効きが悪くて、内臓を引きずりながらカエルが逃げ出して、パニックになったことがあるそうよ。・・・それに比べれば、フナの解剖は楽だわ」
顔を青ざめている真紀子と明日香。松葉女子高の株が下がったら大変だ。
「ほかの高校でも、同じような実習をするんじゃない?」と、付け加えておく。
次に北校舎を回る。
「北校舎の一階には、家庭科室が二つ並んでいるわ。ミシンの部屋と料理の実習をする部屋ね。あと、図書室もあるの」
北校舎の途中に、体育館につながる通用門がある。
「あっちは体育館。今はバレー部が練習をしていると思うけど、見てみる?」
うなずく二人。私たちは体育館に向かった。
「体操服の着替えはどこでするの?」と真紀子が聞いた。
「女子高だからね、男子がいないから、教室で堂々と着替えているわ」
体育館に入ると、予想通りバレーボール部が練習をしていた。
「ここは体育の授業だけじゃなく、全校集会や、
私は二人の顔を見た。「ところで、二人は入りたい部活とかあるの?」
「私は、入るとすればスポーツじゃなく、音楽関係かな」と明日香。
「音楽関係なら、合奏部と合唱部があるわ」
「合唱か・・・。私は一人で歌う方が好きなんだけど」
私は苦笑いした。合唱部でソロは、あまりないかな。
「私は通学に時間がかかるから、部活は難しいかも」と真紀子が言った。
「華道部だと、毎日部活をするわけじゃなく、月に一回くらい、土曜日の午後に華道の先生を呼んで実習してるわ。・・・今日はやってないみたいだけど、そんなのならできるんじゃない?」
真紀子は考え込んでいるようだった。入学してから決めればいいさ。私のように帰宅部の生徒も少なくないし。
北校舎に戻ると、図書室の中をのぞいた。
「あら、いらっしゃい。藤野さんだっけ?」
図書室の暗号事件の時の図書委員・・・確か四組の、直子という人だった・・・が、私の姿を見かけて声をかけてきた。
「中学生の見学者を連れて来たんだけど、中に入れていい?」
「どうぞ、どうぞ」図書委員は気楽に許可してくれた。
「あれから、本がさかさまになることはあったの?」小声で聞く。
「あれっきりで、最近はあんなことは起こってないわ」
「そう、良かった」曲がりなりにも喜子が疑われた事件だ。再発してなくてほっと胸を撫でおろした。
明日香と真紀子を連れて図書室の中に入ると、そこに喜子と一色がいた。
「あ、藤野さん」「やあ、藤野さん」二人が同時に声をかけてきた。
「その人たちは誰?」
「この学校を見学しに来た中学生よ」
「水上です」「内田です。お邪魔します」二人が自己紹介をする。
一色は『水上』と聞いてびくっとした。記憶になくてもトラウマがあるようだ。
「うちの中学より難しそうな本が並んでますね」と真紀子が言った。
「芸能雑誌や、ファッション雑誌はないのね」と残念そうな明日香。
二人とも熱心な読書家ではなさそうだ。図書室を出て西校舎に回る。
「西校舎は、保健室以外はほとんどが部活の部室よ。通用門から外へ出ると、すぐにグラウンドがあるから」
西校舎の真ん中にある通用門を出る。
グラウンドではソフトボール部が部活をしていた。バレーボール部と同じくらい活発だ。
「ここがグラウンドで、北側にプールがあるわ」
「プールもあるの?いいわね」と真紀子が感心した。田舎じゃ川で泳いでいたそうだ。
「じゃあ、次は二階に上がるわよ」
「はい」「はーい」
西校舎の二階に上がる。
「ここにも部室が並んでいるわ」そう言って西校舎を北へ歩く。
突き当りの応接室の前にまだあの大きな姿見があった(第2章第1話参照)。その前に三人で立って全員の姿を映す。
髪を直す明日香。真紀子もまじまじと自分の顔を見ていた。
「いつもかわいいわね、私は」と明日香がぬけぬけと言った。
「そうね、明日香は美人だわ」と真紀子も同意する。
「あら、真紀子・・・マキもとってもかわいいわよ」明日香も真紀子をほめた。
確かに、二人とも私よりはかわいらしい。
「お姉様も頼りがいがあって素敵ですよ」
頼りがいって、女性の外見のほめ言葉じゃないだろ。
「そうね、みっちゃんといると安心するわ」真紀子も同調した。
二人とも・・・。私はやけくそになって足を少し開くと、腕組みをした。
「そうね、私について来なさい!はっはっは」
「はい、お姉様!」「ついて行くわ、みっちゃん!」
「あ、こっちに美術室と音楽室があるから」素に戻って、北校舎の廊下を指さす。
北校舎から東校舎に曲がったところに二年、三年の教室が並んでいる。
「ここが杏子先輩の教室よ」二年三組を示して説明した。
ちらりと中をのぞいたが、水上先輩はいないようだった。
「杏子先輩って?」真紀子が尋ねた。
「明日香ちゃんのお姉さんよ。・・・今日はもういないみたいだけど」
「ふっ」明日香が遠い目をした。
私たちは一階に降りた。見学を始めてから一時間以上経っていた。
「学校の中はこんなところね。何か質問はある?」
「いいえ、よくわかったわ」と真紀子。「思った通りだったわ」
「じゃあ、駅まで送っていくわ」私はそう言って昇降口に向かった。
三人で駅までぶらぶらと歩く。途中で、商店街の位置など、近所の地理を説明した。
駅に着くと、真紀子が切符を窓口で購入した。タイミングよく、あと十分もたてば田舎方面に行く電車が来るようだ。
「じゃあね、みっちゃん、明日香、今日はありがとう」
「気をつけて帰ってね」
明日香は真紀子の前に近づくと、右手を差し出した。
「待ってるわよ、マキ」
真紀子が明日香と握手する。
「ええ、これからもよろしくね」そう言って真紀子は改札口に入って行った。
「マキちゃんと仲良しになれそうね」
「まあね。思ったより良さそうな子だったわ」
「明日香ちゃんは松葉女子高をどう思った?」
「女の子の入る高校としてはいいと思う。今年の四月にすぐに入学できないのがもどかしいわ」
「そう、好感触で良かったわ」
翌週の半ばに、学校から帰ると家に真紀子からのハガキが届いていた。「松葉女子高に進学することに決めた」という内容だった。
二月になったある日、家に帰ると明日香から電話がかかって来た。
「お姉様、先日の女子高の案内はありがとう」
「どういたしまして」
「ところでお姉様は、二月十四日が何の日か知ってる?」
「バレンタインデーでしょ?」
「さすがはお姉様。そう、聖バレンタインが恋人を祝福する日よ」
「そうらしいね」余計なことは言うまいと思う。
「そして神様に愛されし私、明日香の、誕生日でもあるの」・・・さいですか。
「・・・じゃあ、お友だちを呼んでお誕生会でも開くの?」
「中学にもなってそんなことしないわよ。・・・そんなことしたら、招待された子がお返しに自分の誕生日にみんなを招待しなくちゃならないでしょ?そんなことができない家の子もいるからね」
へー、友だちのことを思いやっているんだ、と素直に感心した。
「でも、お姉様には祝ってほしいの」私のことも思いやってくれよ。
「それで?何をしてほしいの?」
「二月十四日は火曜日だから、十八日の土曜日の午後にうちに来てほしいけど?」
「土曜日の午後でいいの?」
「お休みの日は姉さんがいることが多いんだけど、土曜日の午後は夕方まで帰って来ないことが多いから。」
「その日はちょうど学年末試験が終わる日なんだけど」
「試験が終わった日なら、なおさら姉さんはどこかに出かけるわ」
「わかったわ」
二月十三日(月)から始まる週はまるまる学年末試験が行われた。十八日(土)に試験が終わると、私はいったん家に帰ってカバンを置き、セーラー服を着たまま明日香の家に向かった。そして明日香の家に着くと、玄関のドアホンを鳴らした。
「いらっしゃい、お姉様!」すぐに明日香が出迎えてくれた。
「杏子先輩は家にいないの?」小声で聞く。
「カバンを置きにも来ないわ」と明日香が答えたのでほっとした。
「お邪魔します」と言って水上家の玄関に上がった。
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