第9話 三学期

三学期になってまもなく、私は校内で一色と出会った。


「一色さん!」声をかける。


「やあ、藤野さんか。おはよう」


「おはよう。・・・あの、一色さんは、初もうでの時大丈夫だった?」


一色は遠くを見るように目を細めた。


「あの時、何かの謎を解いたような気がするんだけど、記憶がなく、気づいたら家に帰っていた。山際さんが送ってくれたらしいが、それすら記憶にない・・・」


相当ショックだったんだろうな、気の毒に。


「ところで、何か事件は・・・」と一色が口を開いた。


「起こってないわよ」くい気味に返答する。


「そうかい?・・・私は校内で怪奇現象を見つけたんだけど、放課後見に行かないかい?」


私は一色の言う怪奇現象に興味を引かれ、放課後になったら一色のいる一年四組を訪れた。その怪奇現象とは影法師事件(第2章第1話参照)のことである。三学期中にはほかに神隠し事件(第2章第2話参照)でも一色につき合ったが、既に紹介したのでここでは省略する。




一月十五日の日曜日(成人の日)、家に電話がかかってきた。私がそばにいたので黒電話の受話器を取った。


「もしもし、藤野ですが」


「私、水上明日香といいます。美知子さんはいらっしゃいますか?」


「明日香さん?」


「あら、お姉様だったの?ちょうど良かった。今度の土曜日の午後はあいてるかしら?」


「今のところはあいてるけど」


「来年の進学先を考えるために、松葉女子高校を見学したいので、案内してくれない?」


「い、いいけど、杏子先輩には頼まないの?」


「お友だちと用事があるみたい」と明日香はつんとして答えた。


水上先輩は、妹をほっておいて、取り巻き連中といつも何をしてるんだろう?そう疑問に思ったが、関わりたくはなかったので、何も言わなかった。


「わかったわ。午後二時頃に松葉女子高の校門まで来てもらえる?場所はわかるわね?」


「はい。ありがとう、お姉様」


私が受話器を下ろすと、間髪入れずにまた電話がかかってきた。明日香が何か言い忘れたのかと思って、私はすぐに受話器を取った。


「もしもし、藤野ですが」


「あ、みっちゃん?私、真紀子です」


真紀子とは、私の父方の祖父母が暮らしている田舎で友だちになった内田真紀子のことである。私がまだ小学生の頃、夏休みに祖父母の家に行き、その地域のラジオ体操に参加した時に二歳年下の真紀子と仲良くなった。お盆の時期限定だけど、たまに会って遊ぶことがあった。


「あ、マキちゃん?久しぶりだね。元気?」


「元気ですけど、それより、今度の土曜日の午後はあいてますか?」


私は妙な偶然に胸騒ぎを覚えた。


「土曜日の午後は、多分三時頃まで学校にいるけど、何か用があるの?」


「実はみっちゃんの通っている松葉女子高を見学したくて・・・」


「いいけど、マキちゃんも松葉女子高を進学先のひとつとして考えているの?」


「ええ。・・・受験は一年も先だけど、親や先生と近く進路相談をするから、早めに見ておきたいの」


「もし、松葉女子高に入学したら家から通うの?大変だよ」


「でも電車で一時間くらいだから、駅までの行き帰りの時間を入れても通えるんじゃない?」


「わかったわ。・・・マキちゃんも土曜日は授業があるんでしょ?いつ頃こっちに来られるの?」


「そうね、駅に着くのが二時過ぎかな?」


「あのね、もう一人、中学二年生の子から同じ時に見学したいと頼まれているの。一緒でいいかしら?」


「将来同級生になるかもしれない子ね。私はかまわないわ」


「じゃあ、二時過ぎに駅の改札口で待ってるわ」


「ありがとう、みっちゃん。よろしくね」


受話器を置くと、部屋に戻って新年会の招待状をさがす。確かそこに水上先輩の家の電話番号が書いてあったはずだ。


私は引き出しの中に目的の紙切れを見つけると、すぐに水上家に電話をかけた。


何回かの呼び出し音の後、受話器を取って返事をする声が聞こえた。


「はい、水上でございます」


明日香でも水上先輩でもない声だ。母親かも。


「あの、私、松葉女子高の一年生の藤野と申します。明日香さんはいらっしゃいますでしょうか?」


「明日香さんですか?杏子さんでなく?」


「はい、明日香さんの方です。先ほど頼まれた件で連絡したいことがありまして」


「しばらくお待ちください」そう言って受話器を置くことんという音がした。


電話の向こうで「明日香さーん、明日香お嬢さーん」と呼ぶ声がする。母親でなくお手伝いさんか。


「なに?」「藤野さんという方からお電話です」


するとばたばたと走る音が聞こえてきて、「もしもし、美知子お姉様?」と興奮した様子の明日香の声が聞こえた。


「明日香さん、申し訳ないんだけど・・・」


私は、田舎から中学二年生の女の子が土曜日の午後に見学に来ることを説明した。


「明日香さんと重なるんだけど、向こうは来るのに時間がかかるから、別の日にはしたくないの。・・・一緒に見学してもらってもいいかしら?」


「いいけど」ちょっと残念そうな声だった。


「その子、マキちゃんって言うんだけど、二時過ぎに電車で来る予定なの。駅まで迎えに行かないといけないので・・・」


「いいわよ、お姉様。私も一緒に行くわ」


私は明日香が折れてくれてほっとした。


「悪いわね、明日香さん。・・・マキちゃんは気だてのいい子だから、もし将来同級生になったら、いい友だちになると思うわ」


「・・・ひとつお願いがあるの」


「なあに?」


「その子のことをマキちゃんと呼んで、私のことをさんづけで呼ばれると、よそよそしく感じるから、私のことは呼び捨てにして」


「いやいや、杏子先輩の手前もあるから、さすがに呼び捨ては・・・」


「じゃあ、明日香ちゃんでもいいから」


「わかったわ、明日香さ・・・ちゃん」


「お願いね」そう言って明日香は電話を切った。




翌日(昭和四十二年には日曜日と祝日が重なっても、翌月曜日を休みにする振替休日の制度はまだない)学校に行くと、休み時間に職員室に行き、クラス担任の中村先生に話しかけた。


「先生、今度の土曜日の午後に、本校に入学希望の中学二年生が二名、見学に来たいということですが、よろしいでしょうか?」


「あなたが案内してくれるの?」


「はい、問題なければ」


「いいわよ、よろしくね。・・・ただし、男性が入るのは基本遠慮してもらってね」


「わかりました」


一月二十一日の土曜日になり、午前中の授業が終わると、すぐに帰宅して昼食をとった。そして学校にとんぼ返りだ。


午後一時半頃から校門前に立っていると、まもなくコートに身を包んだ明日香がやってきた。


「美知子お姉様ー」


「明日香ちゃん!早いわね」


「お姉様こそ、約束より早く来てくれて」


私に抱き着く明日香。私は明日香の肩をそっと抱くようにして明日香の体を離した。


「もう、お姉様ったら」文句を言う明日香。


「今日は悪いわね。もう一人来ることになって」


「それはいいんだけど。・・・どっちが妹分としてふさわしいか、はっきりさせとかないといけないしね」


「相手はいい子なんだから、けんかしないでね。・・・とりあえず駅へ行きましょう」


すると明日香が右手で私の左手を握った。このくらいならいいか・・・。


駅に着くと、二人で改札口の前に立って待った。手はつないだままだ。


電車を何本かやり過ごしてから、お目当ての人物が改札口にやって来た。真紀子だ。


「マキちゃーん!」私は明日香の手を振りほどいて近寄った。


「みっちゃん!」真紀子は駅員に切符を渡すと、私に走り寄って来た。


手を取り合う私と真紀子。「久しぶりだね」見つめあって微笑みあう。


「感動の再会はそのくらいにして、お姉様」後ろから明日香が近づいてきて言った。


「お姉様?・・・みっちゃんって、妹がいたっけ?」


「本当の姉妹のように慕い合ってる仲よ」


「・・・あなたが一緒に女子高を見学する人?」


「そうよ。私は水上明日香」


「私は内田真紀子。・・・私もみっちゃんの妹分よ」


真紀子は私から手を離すと、にっこりして右手を明日香に差し出した。


それを見て明日香も右手を出し、握手をする。いい友達になれそうだと私はうなずいた。


「真紀子さん、さあ、松葉女子高の見学に行きましょうか」


「真紀子と呼んで、明日香さん」


「じゃあ、私も明日香でいいわ」


「それじゃあ行きましょう」


明日香がそっと近づいて私の片手を握った。それを見て、真紀子が私のもう一方の手を握る。


真紀子は、明日香に対抗してではなく、この状況を楽しんでいるだけのようだった。


まもなく、松葉女子高の校門前に着く。


「ここよ、松葉女子高は」


初めて見る真紀子は、校舎の外観を見て目を輝かせた。「歴史がありそうな学校ね。素敵だわ!」


古い校舎で、素敵とは言い難いと思うが。


「じゃあ、入りましょうか」


「はい」「はーい」


私は二人を連れて校門内に入って行った。そのまままっすぐ昇降口に向かう。


「ここでスリッパに履き替えてね」そう言って来客用のスリッパを出す。


真紀子と明日香がスリッパに履き替えると、まず南校舎の廊下に入る。


「この学校は上から見ると口の字形になっていて、その四辺をそれぞれ南校舎、東校舎、北校舎、西校舎と呼んでいるの。今いるところが南校舎の真ん中で、両側に職員室や教材の準備室があるわ。そして東校舎に一年生の教室があるの」


そう説明して東の方に歩いて行った。

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