第7話 新年会

水上工務店の裏手の社長宅の玄関に近づくと、ドアホンがついていたので鳴らした。するとすぐにドアが開いて、中学生くらいの女の子が出てきた。


水上先輩の妹だろう。姉に似て美人だが、髪を伸ばし、かわいらしい服を着ていて、正統派の美少女だった。


「初めて見る方ね。どなた?」


「松葉女子高の一年の藤野と言います。水上先輩に呼ばれて来ました」


「あなたが藤野さんね。どうぞお入りください」


そう言われて玄関に入り、靴を脱ぐと、誘導されるままに部屋に入った。そこは二十畳くらいある洋間で、テーブルにソファーが並んでいた。テーブルの上の大皿にはお菓子やハムサンドが盛られている。


そして部屋の片隅に、何も家具が置いてない空間がある。


既に取り巻き連中が来ていて、私を見ると一斉ににらんだ。石化しそうで恐ろしい。その真ん中に水上先輩が座っていた。


「やあ、美知子くん、ようこそ。・・・明日香、頼むよ」


私はコートを脱ぐと、案内してくれた美少女に言われるままに、テーブルの端にある椅子に座った。そしてその美少女は、コップにペプシコーラを注いで、私に渡してくれた。


「私は水上明日香みなかみあすかです。杏子の妹で、中学二年生です」


「こ、これはどうも、ごていねいに・・・」


水上先輩とその取り巻きたちのかん高い笑い声が響いてきた。


「藤野さんは姉のそばに行かなくてよろしいの?」


「いや、私はそういうんじゃないんで」


私の言葉を聞いて、明日香という美少女は私を見つめた。


「・・・そう、まともそうな人が来て良かったわ」


明日香の常識人っぽい言葉に私はちょっと安心した。


「失礼ながら、水上先輩・・・杏子先輩って、ちょっと変わってますね」


私がそう言うと、明日香は身を乗り出して私に話しかけてきた。


「そうですの!あれでも昔は素敵な姉でしたのよ。髪を肩まで伸ばし、清楚な立ち居振る舞いで私の自慢の姉でしたのに、高校に入学してまもなく、髪を短く切ったかと思うと、行動ががさつになり、女の子を何人も連れ回したりして、まるで別人のようになってしまったの」


たまっていたうっぷんを晴らす相手がいなかったのか、私に向かって立て続けにしゃべりだした。


「それどころか、将来は漫才師になりたい、適度に不細工な相方がほしいとか、わけのわからないことを言い出す始末で・・・」


適度に不細工な相方?・・・それを聞いて私はむかっとした。私はそんなに不細工じゃないぞ!・・・多分。


私は落ち着こうとコーラをぐびりと飲んだ。すかさず明日香が注いでくれる。


「松葉女子高校ってそんなに変な学校なの?それとも近くに相当変な方がいるのかしら?」


「松葉女子高は普通の学校だよ。水上先輩ほど変な人は・・・(この時脳裏に喜子や一色の顔が浮かんだ)・・・あまりいないよ」


「よりによって何で漫才なの?私も両親も理解できなくて・・・」


「え?杏子先輩は大阪出身だから漫才が好きだって言ってたけど」


「私たち姉妹も両親もこの町の出身で、大阪なんて行ったことすらありません!」


明日香の言葉に私の頭も変になりそうだった。水上先輩はどんな人間なのだろう?


すると突然水上先輩が立ち上がるのが見えた。


「じゃあ、そろそろ恒例の隠し芸大会を始めよう!」


はあ?聞いてないぞ。


「明日香、いつもの歌声を頼むよ!」


そう言われて明日香は渋々立ち上がった。そして部屋の空いているスペースに移動した。そこがステージらしい。


「それでは、ペギー葉山さんの『学生時代』を歌います」


拍手喝采となる。私もあわてて拍手をした。


伴奏がまったくないアカペラだったのにすばらしい歌声だった。曲自体も爽やかだが、それをかわいらしく歌い上げていた。


歌い終わると精いっぱいの拍手を送った。


少し上気して私の隣に座る明日香。


「とてもすばらしかったわ」と私は明日香をほめた。「本物の歌手になれるわよ」


「お上手ね、藤野さんは。・・・そんなにほめられても困るわ」


「じゃあ、次はよっしー!」水上先輩が叫ぶと、取り巻きの一人が立ち上がった。


「それでは、テレビ体操をします!」


よっしーと呼ばれた女子生徒は、床に四つん這いになると、口でちゃらちゃんと歌いながら、お尻を上げたり、顔を上げたりしていた。相当シュールな絵面だ。


水上先輩は腹を抱えて笑っていた。


「いいよ、いいよ、よっしー、腕を上げたね。・・・じゃあ、次はみっきー!」


「私はヨガのポーズをします!」


そう言ってみっきーと呼ばれた女子生徒は、床の上で座禅を組んだかと思うと、立ち上がってクックロビン音頭のようなポーズを取ったり、スカートなのに三点倒立をしたりした。


水上先輩はまたまた大喜びだ。


「何なの、あれ?」私は明日香に尋ねた。


「あのような、体を張った芸をしないと、姉さんの取り巻きにはなれないのよ。・・・私は歌で勘弁してもらっているけど」


明日香が恐ろしいことを言った。


取り巻きたちの隠し芸?が一巡すると、水上先輩は私を指差した。


「じゃあ、次は美知子くんに隠し芸をしてもらおう!」


水上先輩はそう言って立ち上がると、私の方に近づいてきた。


「そ、そんな話聞いていません!隠し芸なんてできません!」


水上先輩は私のそばまで来ると、顔をのぞき込んだ。


「新年会と言えば、隠し芸に決まっているじゃないか。元日にも『新春かくし芸大会』というのをテレビでやってたし」


「知りませんし、見てません!」


「興ざめなことを言う美知子くんには、罰として僕の助手を務めてもらおう」


「はあ?」


水上先輩は私の手を引いて立たせると、そのままステージまで引っ張って行った。


「ちょっと打ち合わせするから、少し待って!」そう言うと、水上先輩は私に囁いた。


「それじゃあ君には、僕の漫才のツッコミをしてもらおうか」


「そんな。あの台本の内容は覚えていませんよ」私も小声で言い返した。


「僕が勝手にやるから、君はうなずいたり、ツッコんだりしてくれるだけでいい」


「そ、そうですか?」水上先輩に押されると、どうも断りきれない。


「じゃあ、いくよ!」そう言って水上先輩はテーブルの方を向いた。


「どうもー!・・・一週間のご無沙汰でしたーっ」


玉置宏たまおきひろしですか!?」そう言って私は水上先輩のおなかの辺りをたたいた。


くすくすという笑い声がする。徐々に自分で書いた台本の内容を思い出してきた。


「昭和四十二年になりましたねー。美知子くん、今の総理大臣が誰か知ってるかい?」


「え?誰でしたっけ?」


「佐藤B作だよ」


「A作でしょっ!」水上先輩をたたく。


「君は野球が好きかい?」


「いいえ、あまり興味ありませんけど」


「去年はまた巨人が日本シリーズで勝って、日本一になったんだよ」


「そうですか」


「巨人軍の、王選手、金田選手、広岡選手って有名だよね?」


「一応お名前は」


「ところで、去年テレビで『銭形平次』という時代劇が始まったね。見てるかい?」


「見たことありますよ」


「銭形平次の決め手は何だい?」


「お金を投げて悪人に当てることですね」


「貯金はたまらなかったろうね」


「悪人を捕まえるためですから!」


「さて、銭形平次が悪人を捕まえた後に、さっき言った王選手と金田選手と広岡選手が通りかかったけど、その時何て言ったと思う?」


「わかりません」


「落ちていた投げ銭を見つけて、『おう、金だ、拾おーか!』」


「ダジャレですかっ!」


「王選手がいるなら、長嶋選手も当然来るはずだよね」


「そうですね」


「でも、長嶋選手は女性ファンに囲まれていて、出遅れてお金を拾えなかったんだって」


「そうなんですか?」


「長嶋選手は嘆いただろうね。『おんながー!しまったー!』」


「はあ?」


「おん『ながーしま』ったー」


「またダジャレですか、もういいわ!」


やっと終わった。水上先輩の取り巻きたちが盛大に拍手をしているが、漫才が受けたというより、水上先輩の労をねぎらっているんだろう。


私はまた明日香の隣に座った。その明日香が私をじとーっと見ていた。


「藤野さんは・・・姉さんの同類だったんですね」


「ち、違います!無理矢理やらされたんですっ!」


「・・・やっぱり松葉女子高に進学するのはやめようかしら」


ああっ、学校の評判が!


「よし、じゃあ、ポッキーゲームをしようか!」そう言って水上先輩はポッキーというお菓子の箱を高々と掲げた。


とたんにきゃーきゃー騒ぎ出す取り巻きたち。どうやらポッキーの両端を二人でくわえて、少しずつ近づいていくというゲームらしい。おぞましい。


「藤野さんはあの中に入らなくていいの?」明日香が聞いた。


「とんでもない!・・・もう帰ってもいいかな?」


「そうね、姉さんは漫才ができて満足したみたいだから。・・・じゃあ、私の部屋に来る?」


私はこの場から逃れたくて、明日香の後についてそっと部屋を出た。明日香は自分だけの部屋を持っていて、女の子らしく飾り付けていた。


「かわいらしい部屋ね」


「そう?藤野さんのお部屋はどんななの?」


「うちは小学生の弟と同じ部屋だから、すぐ乱雑になるわ」


私たちは畳に敷かれたカーペットの上に腰を下ろした。


「もう少し、松葉女子高のことを教えていただけるかしら?姉さんはあまり話してくれないの」


そう言われたので、私は誤解を与えないように、授業や実習の様子、体育祭や松葉祭しょうようさいの様子などを説明した。


「聞いた限りでは楽しそうな学校ね。・・・女子高と共学と、どっちがいいかしら?」


「さあ・・・。その人にもよると思うし」

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