第6話 一色VS水上先輩

「じゃあ、まず水上先輩に確認するよ・・・先輩はキャンディーの袋の口をハサミで切ってましたね?あの時初めて開封したということで間違いないですか?」と一色が水上先輩に確認した。


「杏子さんを疑うなんて!」と取り巻きの一人が声を上げたが、水上先輩はそれを制した。


「いいから、いいから。・・・ああ、あの時初めて開封したよ」


「わざわざハサミを持ってきて?」


「手で袋を裂いて変になるのが嫌いでね、いつもハサミを使うんだ。だから、キャンディーの袋をポケットに入れたときに、ハサミも入れておいたのさ」


「そしてみんなに一個ずつ配った。・・・誰かに二個あげたということはないですか?」


「ああ。・・・僕の手元は誰かが見てたんじゃないかい?」


「ええ、えこひいきがないよう、私たちが見張ってましたわ」


取り巻きの一人がいい、ほかの取り巻きもうなずいた。そこまでするか?


「じゃあ、可能性を一つずつ当たっていこう」と一色。


「まず、袋の中に最初、キャンディーが二十九個しかなかったという可能性」


「きちんと数えない人が多いものね」と私。


「ということは、工場の包装過程でのミス?」と喜子。さすが、私と言うことが違う。


「でも、三十個入りと書いてあるのに三十個なかったら、社会的に大問題となる。法律違反にもなるだろうし、第一市民が黙っちゃいないさ」と一色。


「お菓子が一個少なかったら大問題だよ」と武が口をはさんだ。


「それに個数をいちいち数えなくても、全体の重さを計ればキャンディー一個分の不足でもわかるはずだから、検査も簡単よね」と喜子。「包装ミスはあり得ないわ」


「次に、誰かがもらっていないふりをして、二個目をもらったという可能性」


「杏子さんも全員の顔を知っているわけではないから可能よね。私たちにはできないけど」と取り巻きの一人が言った。


「確かに水上先輩にとっては初対面の人もいるだろう。私を含めて。でも、みんなが注目している中で二回もキャンディーを受け取ろうとしたら、水上先輩を含めて、誰かが気づく可能性は高い。・・・そんな危険を冒してまでキャンディーを欲しがる人がいるだろうか?」


武なら欲しがるだろうな、と私は思った。だが、武が一個しかもらっていないことは、私がずっと見ていたから知っている。見てないと、何をするかわからないから。


「関係ない人が混ざってもらっていったという可能性も否定される。藤野さんが全員の顔を知っているようだから」と一色が続ける。


「そして、水上先輩がキャンディーを配る際に、落としたり、放り投げたりしたこともなかった。・・・私も見てたから」


それも確かだ。水上先輩の一挙手一投足が注目されていた。


「じゃあ、何でキャンディーが一個少ないのさ?商品に不足はなかった、僕が配る時にアクシデントはなかった、誰も二個取らなかった、無関係の人が取っていった可能性はない・・・となると?」


「それを解く鍵は」と言って一色は私を指さした。「藤野さん、君の弟さんのマフラーにある!」


次の瞬間、水上先輩が一色千代子の小柄な体を抱き上げると、自分の唇で一色の唇を塞いだ。


顔を赤くして硬直する私たち。声を出すこともできなかった。


一分ほどそのままでいて、そして水上先輩は一色の体を下ろした。


顔を真っ赤にしてふらつく一色。倒れそうになるのを、私と喜子でその体を支えた。


「もういいよ」と水上先輩が言った。「僕が持ってきたキャンディーのことで、誰かを犯人扱いなんてしたくない。・・・もういいよね、一色くんだったっけ?」


「はふぃ〜」一色は声にならない声を出した。だめだ、再起不能だ。


「じゃあね、これで失敬するよ」そう言って水上先輩は帰り始めた。


取り巻きたちが後を追う。「さっきのは何ですの?」という水上先輩を責める声が聞こえていたが、まもなく人混みにまぎれて見えなくなった。


「すげ〜」と武が言った。「女どうしでキスするの、初めて見た」


その言葉を聞いて、喜子が顔を赤らめた。何を考えたのだろう?


女子小学生たちも、とんでもないものを見たという顔で硬直していたが、硬直が解けるとおじぎして、足早に去って行った。


残った私たちも散開する。ふぬけになった一色は喜子が送って行くそうだ。


私も武と一緒に家路につく。


「武、今日見たこと、家で言うんじゃないよ」と私は注意するのを忘れなかった。松葉女子高が変な女の集まりと親に思われたら大変だから。


家に着くと、武はお茶の間でコートを脱ぎ、「ご飯まだ?」と母親に聞いていた。


私は部屋に入って、まず、ポケットにぎゅうぎゅう詰めになっている武のマフラーを取り出した。そのとたん、畳の上に破れたおみくじと一個のキャンディーが落ちた。


「ええっ!?」


水上先輩にもらったキャンディーはもう片方のポケットに入っている。それと同じものがもう一個・・・?


まさか、私が犯人だったのか?・・・いやいや、無意識でキャンディーを取るなんてできない。第一、マフラーが詰まっているポケットにキャンディーは入らない。


ひょっとして、武がマフラーを脱いだ時に、もう既にキャンディーがポケットに入っていた?・・・いやいやいや、あれは水上先輩がキャンディーの袋を切る前だったぞ。


でも、私のコートに触ったのは水上先輩だけだ。スカートをめくろうとした時に。


・・・水上先輩が犯人だとしたら、この事件の全容が見えてくる。


最初に、キャンディーの袋にハサミで小さな切れ込みを入れ、キャンディーを一個取り出しておく。それを何かの口実をつけて、私のポケットに入れる。袋の口をわざわざハサミで切ったのは、その切れ込みをごまかすためだ。


それから一人一人にキャンディーを配っていく。そして一個足りないことに気づいたふりをし、みんなに確認してもらうと、私が自分のポケットにもう一個入っていることに気づくというシナリオだ。


その場にちょうど三十人いなくても、キャンディーの残りの数を数えれば、同じ状況が作り出せるだろう。


そんなことをする目的?・・・それはおそらく、水上先輩が私を責め、無理難題・・・たとえば漫才の相方・・・を押しつけようとしたとか。しかしその目論見が、武がマフラーを私のポケットに押し込んだことで台無しになってしまった。マフラーの下からキャンディーが出てきたら、さすがにみんながおかしいと気づくだろう。


一色はその真相にたどり着いたので、水上先輩に口封じされたんだ。文字通りの方法で・・・。




正月三が日の朝食は、既に説明した醤油のすまし汁のお雑煮で、昼はたいてい焼いた餅に海苔か納豆か砂糖醤油かきな粉をつけて食べる。


夕飯はおせち料理をおかずにご飯というパターンだ。


さすがにワンパターンなので、四日の朝食のお雑煮は私が作ることにした。


まず鍋にお湯をわかし、切ったかまぼこと白ネギを入れて煮込む。かまぼこからいいだしが出るし、ネギは煮込むと甘くなる。そして合わせ味噌を溶かす。


別の鍋で、焼かずに茹でておいたお餅をお椀に取り、味噌味の汁をそそぐ。


それを食卓に出すと、父親は、


「これは味噌汁か?美知子が作ったのか?」


と聞いたが、母親が口をつけて「おいしい」と言ってくれた。


「確かに、これはこれでうまいな」と父も食べてほめてくれた。


出勤する父を見送るが、私たちはまだ冬休みだ。母親とまったりしながらテレビを見る。武はこの寒いのに、また野球をしに出かけていた。


昼食はおせち料理をおかずにする。そろそろ食べきらないと傷んでくるそうだ。


「夕飯は何にしようかしら?」母親が言った。限られた予算で毎日の献立を考えるのは大変だ。


「おせち料理が続いたから、洋風でクリームシチューなんてどう?」と私は提案した。


「くりいむしちゅー?どんな料理なの?」


「鶏肉とジャガイモ、タマネギ、ニンジンを煮込んで、クリームシチューのもとを入れるだけよ。カレーと作り方はほぼ同じね」


「へー。じゃあ,材料を買って来ようかしら」


その後、私は母親とともに買い出しに行った。「クリームシチューミクス」という粉末状のルーが売られていたので買う。


夕方からシチュー作りを始めた。作るのは簡単で、じきにいい匂いが立ちこめてきた。


「これはライスカレーみたいに、ご飯にかけるの?」母親が聞いてくる。


「ご飯にかける人と、かけずに別々に食べる人がいるみたい。その人の好き好きよ」


父親がまもなく帰って来た。武も、一度昼食を食べに帰ってきて、また出かけていたのが帰って来た。二人とも皿に盛られたご飯の上に鶏肉や野菜とともに白い液体がかかっているのを見て目を丸くした。


「なんだ、これは?」


「クリームシチューっていう洋食よ。美知子が作ったの。食べてみて」


母親は初めて作った料理は「美知子が作った」と言うことが多い。まずくても、父親があまり文句を言わないからだ。


だが、今度の料理はお気に召したようだった。


「ほう、乳くさいかと思ったが、なかなか滋味があってうまい」


「俺もライスカレーの次に好きー」と武。


舌に合って良かったよ。


明日はぜんざいを作る予定なので、まずあずきを下ゆでし、煮汁を捨ててあく抜きをした。このあく抜きを繰り返した後、新しい水を加え、弱火であずきを煮る。あずきが柔らかくなったら砂糖と塩少々を混ぜて火からおろした。


翌朝、昨日作った餡を温め直し、軽く焼いた後お湯につけて柔らかくしたお餅にかけて完成させた。


「今朝はぜんざいよ。美知子が作ったの」と母親。


「たまには甘い朝食もいいな」と娘に甘い父親。


「うめぇっ!」小学生の武は甘いぜんざいに喜んだようで、おかわりをした。


「今日、お年玉でプラモデルを買いに行く」と母親に言う武。


「じゃあ、お姉ちゃんについて行ってもらいなさい」


「ええっー?」武は文句を言ったが、私はおもちゃ屋に興味を持った。


「何を買うの?」二人で家を出ると、武に聞いた。


「戦車にしようかな」


商店街のおもちゃ屋に着くと、店舗の中は半分近くがプラモデルで占められていた。戦車、戦艦、戦闘機などが主流で、車やオートバイなどもある。なお、ロボットのプラモデルは鉄人28号しかなかった。武は戦車のプラモデルを見比べていた。


「五百円全部使って、こっちの大きいのにしたら?」と口を出してみる。


「それだと電池が買えない」


どうやら戦車にはモーターがついていて動かせるようになっており、そのために乾電池を何本か別に買う必要があるらしかった。


武が迷っている間、私はいろいろな戦車の箱を見比べていた。けっこう種類が多い。私自身は詳しくないが、戦車好きな男子は多いだろうな。


そんなことを考えているうちに武は三百円くらいの戦車を買うことに決め、店のおじさんのところに持っていき、乾電池も注文していた。


「お年玉がなくなったよ」プラモデルが買えて嬉しくもあるが、財布が空になったことを嘆く武。


「ていねいに作りなさいよ」と一応注意しておく。


家に帰ると、お茶の間で雑誌をめくりながらまったりと過ごす。隣で武がさっそくプラモデルを組み立てていて、説明書を読んでもよくわからないと言うと、私が説明書を見て作り方を教えてやった。


「姉ちゃん、プラモデルを作ったことがないのに、なんでわかるんだよ?」


「年の功より亀の甲と言ってね、大人になると頭が良くなって、何でもわかるようになるのよ」と答えておいた。・・・言い回しは合っていたかな?


こんな感じで冬休みをのんびり過ごしていたが、ついに冬休みの最終日、一月八日の日曜日になった。


今日は水上先輩主催の新年会に出席しなければならない。冬休み最後の一日がつぶれてしまう。気乗りしないが、出ないわけにもいかなかった。冬服の上にコートを着て、マフラーと手袋をつける。ゲートルはまた何か言われそうだから、家に置いておこう。


母親に手みやげはいらないかと聞かれたが、先輩本人がいらないと言っていたから大丈夫と答えておいた。


以前もらった招待状に書かれていた住所へ行くと、『水上工務店』という看板が立っている、やや大きめの建物を見つけた。この建物の中に工務店の事務所、作業場、社長宅が入っているようだ。

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