第14話 東北の妖怪(一寸法師)(4・捜査)

朝食をいただいて白井さんと一緒にとりあえずのんびりしていると、十時頃におじいさんが起きてきた。


「おはようございます」「おはよう、おじいちゃん」とあいさつする。


「おはようさん」と言って座卓の前に座り、おばあさんにお茶をもらってすするおじいさん。


「昨夜は遅くまで飲まれましたか?二日酔いとか大丈夫ですか?」と聞く。


「わしはいつも通りの飲み方をしてたから大丈夫だよ。ただ、由美と坂田さん、だったかな?浴びるように飲んでいたので、嫁に行けるか心配になった」


私は苦笑した。「由美さんは美人だし、普段は猫かぶってますから、十分お嫁に行けますよ」


「そうかのう?」


「それより、白井さん・・・小夜さんが心配していますから、秋頃に見られたという妖怪のことを聞いていいですか?」


「ああ、かまわんよ。食事や仕事は昼過ぎからするから」


私は承諾を得ると荷物の中からスケッチブックとメモ帳と筆記用具と巻き尺を出した。


「まず、階段を上がったところに和服を着た子どもぐらいの身長の人が立っていたということですね?」


「ああ、小学校に上がるか上がらないかぐらいの子どもの大きさだった」


「すみませんが、階段の下までつき合ってください」と私は頼んで、おじいさんと白井さんと一緒に階段の下に移動した。


私は横にいた白井さんに頼んだ。「白井さん、階段の上まで上がってみてくれる?」


「はい」と返事をして白井さんが階段を上った。本来なら助手をしてくれるはずの坂田さんに頼むのだが、潰れているのでどうしようもない。


白井さんは階段を上り切ると、引き戸が閉まっている物置部屋の入口を気にしていたが、階段の下にいる私たちの方を向いて「上りました」と言った。


「白井さんよりかなり小さい人だったんですね?」


「そうだ。小夜の身長の半分よりは高かったかな?」


「白井さん、そこで正座してみて」と私は声をかけた。言う通りにする白井さん。


「今の白井さんとくらべてどうですか?」


「もう少し高かったかの」


「白井さん、そのままで少し腰を上げて前屈みになって」


「はい」跪座きざの体勢を取る白井さん。


「あのくらいの高さですか」


「だいたいそんなものだったと思う。顔は小夜より一回り大きかったが」


「やっぱり、一寸法師の妖怪なんだわ!」と白井さんが階上から言った。


私は階段を上ると、巻き尺で今の状態の床から白井さんの頭の先までの高さを測った。


「やっぱり一メートルぐらいね。白井さん、もういいわよ。下に降りましょう」


私は白井さんをつれて階下に降りた。そしてもう一度狭い階段を見上げる。


「おじいさんはいつも階段を見上げているのですか?その日、たまたまですか?」


「普段は気にしておらんが、その日は階段の下を通ったときに物音だか気配だかを感じて見上げたな」


「そのとき見た顔と服装を教えてください。顔はスケッチブックに描いてみます」


三人で客間に戻ると、私はスケッチブックを開いた。


「顔は角が丸みを帯びた四角で、左右が繋がりそうなげじげじ眉毛で、頬骨が張っておった。目は大きく見開いていた。前髪は短く、耳は見えなかった・・・」とおじいさんが説明し、私は聞いた通りにスケッチブックに顔を描いていった。


「階段の上は薄暗いみたいですが、顔の造作が見えたんですね?」


「一階は障子越しの光で明るかったから、顔は何とか見えたな。・・・無精ヒゲの有無はさすがにわからんが、はっきりしたヒゲはなかった」


「こんな感じですか?」とざっと描いた似顔絵を見せる。


「もう少し眉毛も目も細かった。鼻の穴がもう少し開いていた気がする」


「これでどうですか?」と私は修正した似顔絵を見せた。


「だいたいそんな感じかのう」とおじいさん。「こいつと一瞬見つめ合ったから、顔はまだ鮮明に覚えておる」


「こんな顔の人は今まで見たことがないのですね?」


「ああ。大人だろうと子どもだろうと、見知った人の中にこんな顔をしているのはひとりもいない」


「服装は着物だったそうですね?どんな着物でしたか?」


「昔の男の子が普段着で着てたような薄茶色の和服で帯を締めておった。柄は覚えておらん」


「羽織袴のような上等なものではなかったんですね?」うなずくおじいさん。


「どうもありがとうございました。後は物置の中を調べたいと思います。・・・おじいさんは物置の中身をあまりよく知らないとお聞きしましたが?」


「ほとんどが終戦直後に食い物と交換したもので、以前、いくつか売りに出したことがあるが、ほとんど値が付かんものばかりだった。だから残りは箱にしまったままで、何が入っていて、どんな価値があるのかわからんのだ」


「置いてある箱の中を見てもよろしいでしょうか?」


「ああ、勝手にやってくれ」


その後、おじいさんは遅い朝食を摂って畑仕事に出かけた。私は白井さんをつれて物置部屋に入った。


「ここに置いてある箱をすべて調べるの?」と聞く白井さん。空箱を含めて四、五十個はありそうだった。


「ううん、大きな箱だけよ」と言って、私は手前にあった小さい箱を脇にどけた。


大きめの箱は部屋の奥の方にいくつかあった。しかし最大のものでも縦四十センチ、横二十センチくらいだった。中は空だったり、陶器が入っているような重さのものもあったが、それらは中を見ずに横に置いていった。


そして箱をどけた奥に木製の長持ちが置いてあるのに気がついた。縦の長さが一メートル二十センチ前後、奥行きと高さが六十センチくらいだ。


私と白井さんとで長持ちの蓋の両端に手をかけ、蓋を持ち上げる。中にはくしゃくしゃになった白い布が巻かれて置いてあるだけで、価値のありそうなものは何ひとつなかった。


「空っぽですね」と残念そうな白井さん。


私はかまわず中にあった布を広げてみた。


「あ」私は布の中から一房の黒い毛を見つけてつまみ上げた。


「それはなんですか?」


「人毛、つまり人間の髪の毛みたい」私は毛の手触りからそう判断した。


「ひっ」と声を上げる白井さん。「まさか、ここに人の死体・・・子どもの死体でも入っていたのでしょうか?」


「死体から髪の毛が抜けたのなら、もっとたくさんの毛が落ちているはずよ。それに自然に毛が抜け落ちたなら、死体が腐り始めていたはず。この布には腐って滲み出た汁の痕跡はないわ」


私の言葉にますますおびえる白井さん。確か一色の知り合いに法医学の先生がいると聞いた。一色を介してその先生に聞けば、もっとはっきりするだろう。


「この布は綺麗だし、落ちていた毛も接着剤で根元をくっつけているみたい。・・・考えられるのは人形の髪の毛ね」


「人形ですか?・・・確かに人形の髪の毛に人毛を使うことがあると聞いたことがあるような・・・」


「高さが一メートルくらいで、着物を着ていたとなると、市松人形かもしれないわね。・・・以前に古田さんから今回の事件の話を聞いたとき、人形の可能性を考えて図書館で調べてみたの。市松人形は大きなものだと一メートル近くもあるし、首や足が動かせるものもあるわ。それに昔の市松人形は着せ替えができたそうよ」


「じゃあ、おじいちゃんが見た着物を着た子どもみたいな人影は大きな市松人形だったんですか?・・・その市松人形が自分で歩いて出て来たんですか?こ、怖い!」


「人形がひとりで歩くわけないじゃない。人が人形を持って出たのよ」


「え?・・・でも、おじいちゃんは子どもの背丈の人影しか見てないですよ?」


「私がさっき描いた似顔絵を見たでしょ?あんな醜い顔の人形なんてないわよ」


「ど、どういうことですか?」


「要するに泥棒が入ったのよ。その泥棒はおじいさんたちの留守中に物置部屋で市松人形を見つけた。そしてそれを持ち出そうと物置部屋を出たときに、ちょうどおじいさんが帰って来た・・・」


「そうだとしたら、子どもサイズの人形を持った大人の泥棒が見えたんじゃないですか?」


「その泥棒はあわてて隠れようとして身を屈めたの。ところがそのとき人形の首が床に落ちてしまった。動かせる首が元々取れかけていたのね」


「それで?」


「人形の首が落ちた音におじいさんが気づいて階段を見上げたとき、人形の後に身を隠そうとしていた泥棒の顔がたまたま人形の顔があった位置に来たの。そのため泥棒の顔を持つ市松人形に見えたのね。・・・よく見れば人形の胴体の後に泥棒の体がはみ出していたと思うけど、薄暗がりにいた泥棒が黒っぽい服を着ていて、人形の服が比較的明るい色で、さらにおじいさんが泥棒の顔を凝視したために、泥棒自身の体には気づかなかったのかもしれないわ」


「よくそんなことを考えつきますね?」白井さんがあきれたように言った。


「当時、物置部屋の中の箱が手当り次第に荒らされていたわけじゃなかったんでしょ?だから泥棒は、最初からどのくらいの大きさの市松人形があるのかわかっていたのよ。さっき私が探したように」


「なぜその泥棒はそんな大きな市松人形があることを知っていたのですか?おじいさんやおばあさんは知らないのに」


「そのあたりは想像するしかないけど、こういうことがあったんじゃないかしら?」と私は自分の考えを説明した。


「その市松人形は戦争前には都会の裕福な家にあった。でも、戦争直後にお金や食糧がなくなって、その人形と物々交換で食糧を得ようとこの家に来たの。・・・その市松人形がもともと高価な着物を着ていたとしたら、先にその着物をどこか別のところに売ったのかもしれないわ。でも、人形を裸にしておくのがしのびなくて、男の子のボロい着物を着せたの。・・・やがてその家に売るものがなくなったので、その人形を布に包んで持って来た。その対応をしたのがあなたのひいおじいさんで、おじいさんとおばあさんは知らなかったのでしょうね」


「な、なるほど。・・・事実みたいに聞こえるわ」


「ひいおじいさんはとりあえずその人形を土蔵の中の長持ちにしまったのよ。なぜなら専用の箱がなかったから。当時、食糧を買い出しに田舎へ来た人々は列車にぎゅうぎゅう詰めに乗ったから、大きな箱は邪魔だったんでしょうね」


「その市松人形は長持ちにしまわれたまま、壊れた土蔵から物置部屋に移されたんですか?そのときにも見つからなかったのは、たくさんの箱を移したからですね?」


「そう。土蔵にあったいくつかの品は売ってみたけどあまり値が付かなかった。高価なものがたくさんあれば、全部の箱を調べて所蔵品の一覧を作るはずだから、その時に人形が発見されたと思うわ。でも、高価なものがなかったので、残りの箱や長持ちは中身を調べずに放っておかれた。そのためおじいさんとおばあさんは知らずじまいだったのよ」


「さすが元生徒会長!説得力があるわ!・・・でも、それならその泥棒も、市松人形がこの家にあることを知らなかったんじゃないの?」


「ここも想像だけどね、その泥棒は昔からその人形のことを知っていたのよ。大きな人形で、もし有名な人形師が作ったものだったら高値で売れるから、以前から狙っていたのかもしれないわ。でも、市松人形は終戦直後に売られてしまった。そこであきらめていたところ、つい最近、この家に売られていたことを知ったのね」


「でも、終戦から二十年以上も経っているんですよ。まだあるかわからない市松人形を盗みにくるでしょうか?」


「終戦直後にはまだ小作人たちが家に出入りしてたんでしょ?その人たちの中にひいおじいさんが人形を受け取って土蔵にしまったこと、その後ろくに調べもせずに旧子供部屋に移したことを知っていた人がいたのかもしれないわ。それがどういう経緯か知らないけど泥棒の耳に入ったので、泥棒は確信を持って盗みに来たのかもね」


「結局、妖怪『一寸法師』なんていなかったんですね?」


「そ〜う〜だったのね〜」そのとき突然低い声が室内に響いた。私たちが声が聞こえた方向、物置部屋の入口の方を振り返ると、そこに髪が乱れた女が床を這って来るのが見えた。


「きゃあっ、蛇女!」白井さんが叫ぶ。


「違うわよ、白井さん。柴崎さんよ」と私は教えた。


二日酔いで顔が青ざめた柴崎さんが、気持ち悪いのを我慢して這うように階段を上って来たところだった。


「柴崎さん、二日酔いは大丈夫?」


「大丈夫じゃないけど、大体の話は聞かせてもらったわ〜」と柴崎さん。その後に同じく顔色が悪い坂田さんの姿も見えた。


「それで、その泥棒をどうすればいいの〜?」


「そうねえ。おじいさんから盗難届を出してもらって、警察に捜査してもらうしかないでしょうね。私が描いた似顔絵を付けて」と私は答えた。


「でも、盗まれたと思われる人形がどんな人形だったのか誰も知らないから、捜査は難航するかもしれないわね」

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