第13話 東北の妖怪(一寸法師)(3・旧家)

柴崎さんの祖父母の家は、駅からさらにバスに乗ってしばらくかかるということだった。


駅前の停留所で路線バスに乗り込む。切符は柴崎さんが車掌さんから買ってくれた。間もなく発車したバスはすぐに住宅街を抜けて田畑の広がる郊外を進んだ。


小一時間乗っていただろうか?とある停留所でバスを降りる。周囲には田畑が広がり、所々に雑木林が見える。少し離れたところになだらかな山並みがあった。ここからは家屋がまばらに見えるが、家と家との間隔はかなり開いていた。


「こっちよ。十分くらい歩くからね」と柴崎さんに言われ、舗装されていない道を歩き出す。


やがて小さな集落に着いた。何軒かある家の中の、一番大きな家が柴崎さんの祖父母の家だった。見た目は平屋だが、屋根が高くなっている。敷地内には荒れた土蔵と、農機具を入れる納屋のようなのも建っていた。


柴崎さんと白井さんは母屋の開けっ放しの玄関から中の土間に入って言葉をかけた。


「おじいちゃん、おばあちゃん、遊びに来たわよ!」


すると奥から老夫婦が出て来た。


「おお、由美に小夜か。よう来たの。電話をくれれば駅まで迎えに行ったのに」とおじいさん。


「ちょうどバスの発車時刻だったから、飛び乗ってきたの。あ、こちらが友だちの藤野美知子さんと坂田美奈子さんよ」


「遠いところからようこそ来なさった」とおばあさんが言った。「とりあえず上がってください。すぐにお茶を淹れますから」


「初めまして。藤野美知子です。よろしくお願いします」


「同じく坂田美奈子です。よろしくお願いします」と私たちはあいさつした。


「さあさ、どうぞ、どうぞ」と言われたので、私たちは靴を脱いで客間に上がらせてもらった。私の田舎の家よりも広く、歴史がありそうな感じだった。


荷物を部屋の隅に置き、手みやげを差し出す。お礼を言うおじいさん。座卓に着くと、おばあさんは奥から茶器を持って来て、魔法瓶から急須にお湯を注いだ。


「歴史のありそうなお宅ですね」


「所々修繕はしているが、建物自体は江戸時代に建ったもんだ」とおじいさんが教えてくれた。


「ところで由美や、どちらのお嬢さんが妖怪を封じてくれる祈祷師の方か?」


「祈祷師じゃないわよ。妖怪の正体を暴く妖怪ハンターこと、降魔の巫女は、こちらの藤野さんよ」と柴崎さんがまた私をおおげさに紹介した。


「おお、巫女様、どうぞよろしく頼みます」と頭を下げるおじいさんとおばあさん。


「い、いえ、巫女なんかじゃなくて、妖怪の仕業に見えた現象をそうでないと解き明かしたいと思っているだけですから」


「何にしてもありがたい話です。まあ、その件は明日にして、今夜はのんびりとお過ごしください」とおじいさんが言った。


「おじいちゃんは妖怪が恐くないの?」と聞く白井さん。


「あれから何も起こらんから、落ち着いてきたところだ。見間違いだったのかもしれんし」


「けっこう大騒ぎになったんでしょ?見間違いなんかじゃないわよ」と柴崎さんが言い返した。


「そうかの?」とおじいさんは言って私たちの方を向いた。


「わざわざ来てくださったのでその話は明日ゆっくりしましょう。今夜はささやかな馳走を味わってくだされ」


「は、はい。ありがとうございます」


「お料理が来たら手伝うけど、その間に二人に家の中を案内するわ。二人が寝る部屋は私たちがいつも寝ている部屋でいいのね?」と確認する柴崎さん。


「とりあえず荷物をその部屋に持って行きましょう」と言われたので、私たちはお茶を飲み干してから立ち上がった。


廊下はなく、和室が何部屋も繋がっていた。私たちが持って来た荷物を寝室として使わせてもらう十畳間に置くと、さっそく物置部屋に上る階段を見せてくれた。


階段は玄関にほど近い、母屋の奥側に作られていた。手すりのない、かなりの急角度な階段で、一段一段の奥行きも狭かった。


既に夕方で、八月の戸外はまだ明るかったが、階段の下から二階にかけては薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせている。


柴崎さんが階段横のスイッチを入れると、階段を昇ったところの天井にある白熱電球が点灯した。そして急な階段を柴崎さんを先頭にして、私、坂田さん、白井さんの順に上った。


上り切ったところは踊り場のようになっていて、九十度右側に物置部屋の入口の引き戸があった。その引き戸を引き、中に入る。


明かり取り用の細い窓が一方の壁のあまり高くないところに付いていたが、反対側には窓がなくて薄暗かったので、すぐに柴崎さんが電気を点けた。


部屋の半分以上のスペースに大小の箱が床に乱雑に直置きされている。箱は紙製や木製のものが入り混じっていた。


「ここは確か警察の人に見てもらったのよね?」と聞く。


「はい。駐在さんが一通り調べたと聞いています。でも、最初から妖怪が出たと騒いでいたので、泥棒の可能性は考えてもらえず、鑑識の人が詳しく調べるということまではしていないはずです」と白井さんが教えてくれた。


私は近くにあった小ぶりの箱を開けてみた。中には紙で包まれた漆器が入っていた。買い出しに来た人が米や野菜の代金代わりに置いていったものだろうか?・・・私に漆器の善し悪しは鑑定できないが、箱書きもないし、そんなに高価な品には見えなかった。それどころか、普段使いしていたような痕跡が漆器の縁に認められた。


その漆器を再び紙に包んで箱の中に戻す。ちょっと面倒だ。


「今日は旅の疲れもあるし」のんびり列車旅を楽しんでいただけだが。


「もうすぐ暗くなりそうだから、今日はこれまでにして、明日から本格的に調べましょう」と柴崎さんたちに言った。


客間の方に戻り、とりあえずみんなで座る。


「この近くに観光地ってあるの?」と、遊ぶ気満々の坂田さんが聞いた。


「少し離れたところに湖があって、ボートに乗れるわよ」


「それはいいわね!おもしろそう!」


そんなことを話していると仕出し屋が料理を持って来た。


「お料理を頼んだの?普段食べているような家庭料理で十分だったのに」と言うと、


「私も小夜も友だちをここまでつれて来たことがなかったからね、張り切ってるんじゃないの?」と柴崎さんが言った。


「由美、小夜、料理を並べるのを手伝って」とおばあさんが声をかけてきた。


すぐに私も立ち上がる。坂田さんも私の姿を見てあわてて立ち上がった。


「あら、お客さまはお座りになっていて」


「いいえ、手伝います」


仕出し屋が持って来た大きな箱を開けると、中にいろいろな料理が入っていた。鯉の甘煮うまに身欠みがにしんの山椒漬け、具沢山の汁物(汁は魔法瓶に入れてあった)、お造り、野菜の焚き合わせなどがあった。


お造りは赤身の刺身で、マグロともう少し赤みの濃い切り身があった。海から遠いのにマグロ?と思ったが、流通が発達した現代では珍しいことではないだろう。


さらにおばあさんがおそばを湯がいてくれた。


一方、おじいさんは日本酒の一升瓶を持って来た。「暑いから冷やでいいだろう」と言いながら。


白井さんは高校生だし、私もアルコールに弱いので日本酒は遠慮した。代わりに冷やした三ツ矢サイダーをもらう。柴崎さんと坂田さんは飲む気満々だった。


食事の準備が終わると、「それでは由美と小夜のお友だちに乾杯!」とおじいさんが言って冷や酒をグッと飲み干した。


「よろしくお願いします」と言って私たちも飲み物を飲む。


それから料理の数々をいただいた。どれもおいしかったが、驚いたのはお造りだった。


マグロのお刺身は予想通りの味だった。もう一種類のお刺身はマグロよりも弾力性があって、簡単に咬みちぎれなかった。


「これって・・・お肉?」


「そうよ。馬刺よ」と柴崎さんが言ったので驚いた。


「でも臭みもないし、おいしいわね」と坂田さん。


「そうね。・・・馬刺なんて初めて食べたけど、けっこうおいしいわね」と私も同意した。馬刺は熊本が有名だと思っていたけど、この辺でも食べるんだ。


お腹いっぱいになった頃におばあさんが、


「お風呂をわかしておきましたから、お入りなさい」と言ってくれた。


柴崎さんと坂田さんの方を見ると、まだ酒盛りを続けている。


「小夜、藤野さんを案内してあげて。なんならあなたも一緒に入りなさい」とおばあさんが言った。


「はい。じゃあ、こちらにどうぞ」と小夜さんが立ち上がって、まず荷物を置いてある部屋に行った。


「タオルと石けんやシャンプーはあるから、着替えを持って行ってください」と言いながら小夜さんも準備した。


そして浴室に案内される。古い家屋だからお風呂も昔ながらの五右衛門風呂だと思っていたら、今風のタイル貼りのお風呂だった。


「このお風呂、新しいわね?」と聞くと、


「最近まで薪でわかす五右衛門風呂だったんだけど、毎日沸かすのが面倒なのでガス風呂に変えたの。ついでにお風呂場もリニューアルしたのよ」と教えてくれた。


一緒に服を脱いで浴室内に入る。湯船は木製で、檜のいい香りがした。


「檜風呂なの?ぜいたくね」


浴槽は二人で十分入れる広さだったので、体を流してから一緒にお湯につかった。


「今日はわざわざ来てくれてありがとう」と小夜さんがお礼を言った。


「気にしなくていいわよ。私と坂田さんはただで旅行ができて、とても楽しんでいるから」


「それより、妖怪を退治してくださいって頼んでおきながら、おじいちゃんがあまり気にしてないようですみません」


話ではおじいさんが怖がっていると聞いていたのに、そんな素振りを見せなかったことを気にしていたようだ。


「時間が経てば怖さも薄れていくだろうし、ひょっとしたら小夜さんを心配させて、来させようと思っておおげさに言ったのかもしれないわよ」


「そうかしら?・・・私が怖がったら、逆にここに来ないようになるかもしれないのに」


小夜さんの考えを聞いてなるほどと思った。じゃあやっぱり、おじいさんが怖がっていたのは本当だったんだな。


「とにかく明日調べてみるから」と言うと小夜さんはうなずいてくれた。


風呂を出て部屋に戻ると既に布団が敷いてあった。部屋が広いので四組の布団が横に並んでいる。柴崎さんと坂田さんはまだお酒を飲んでいるようだった。


「先に休もうか?」と私は小夜さんに言って、奥の方に敷いてある布団に潜り込んだ。


一日中電車に揺られていたせいか、私はすぐに眠りに落ちた。


朝目が覚めた時、最初はどこにいるのかわからなかったが、隣に寝ている小夜さんの顔を見て、小夜さんの田舎に来ていたことを思い出した。


その向こう側には昼間と同じ服装で、かけ布団をかけずに柴崎さんと坂田さんが大の字になっていびきをかいていた。酔いつぶれるまで飲んでいたようだ。


私はそっと起き上がってお手洗いに行った。その帰りに客間を通ると、おばあさんがひとりで昨日の宴会の後片づけをしていた。


「お手伝いします」と私は言って、食い散らかした食器を集め始めた。


「あら、気を遣わないで」と言われたが、


「大丈夫ですから。ごちそうさまでした」と言ってゆずらなかった。


「昨夜は遅くまで飲んでいたみたいですね。私はお風呂をいただいてからすぐに眠ったので、柴崎さんと坂田さんがいつまで飲んでいたか知らないんです」


「私も適当に下がって休みましたよ」とおばあさん。「いつまで経っても飲むのをやめようとしないから」と言って、部屋の片隅に転がっている空になった一升瓶に目をやった。


昨夜、あの一升瓶の封を切ったのを見た。三人であれだけ飲んだのか、と私は半ばあきれてしまった。


「柴崎さんや坂田さんは元より、おじいさんもすぐに起きて来れなさそうですね」


「おじいさんはいつものことだから、十時頃には起きてくるでしょう。普段は六時頃には起きていますからね」


私が座卓の上を布巾で拭き終わった頃に、おばあさんがお茶を淹れて持って来てくれた。


「これから朝食の準備をしますから、しばらく座っていてください」と言われる。


おばあさんが台所に引っ込んだ隙に私は玄関を出て外気に触れてみた。爽やかな清々しい空気だった。

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