Too Heavy To Love

山野エル

想うには重すぎる

「わたしのこと、嫌いにならないでね」


 幼馴染みの彼女は、いつからか僕にそう言うようになった。確か、小学生に入る前には事あるごとに真剣な眼差しを向けてきた。


「嫌いになんかならないよ」

 そう返すたびに、彼女はホッとしたような表情を浮かべるのだ。僕としても、そう返すしかなかったし、彼女の傷ついた顔を想像すると冗談でも「嫌いになった」なんて言えなかった。


 正直なことを言うと、本当はずっと彼女のことが好きだった。

 お互いの両親も僕たちをカップルのように見ていたし、友人たちもそうだった。からかわれても、悪い気はしなかった。

 だから、同じ高校に進学した時、風のうわさで彼女が僕と同じ高校を受けようとして勉強を頑張ったと聞いて、僕は勇気を振り絞る決心がついたのだ。

 友人が言っていた。告白は絶対に面と向かって口で伝えなきゃダメだ、と。


 高校3年間で、僕たちはクラスは別だったけどいつも一緒だった。それなのに、彼女とは軽く手を繋いで、遠慮がちにキスをしただけだった。

 高校2年生の文化祭終わりの夜、男になろうとして彼女の腕を引いて家に入ろうとしたが断られてしまった。あの時、彼女が引っ込めた手の信じられないくらい強い力に、僕は怖気づいてしまった。それでも、彼女は言ったのだ。


「わたしのこと、嫌いにならないでね」


 大学も同じだった。僕のそばにはいつも彼女がいて、受ける講義やサークルも違ったけど、やっぱり男女の関係は進展しなかった。付き合っているはずなのに、彼女とは得体のしれない隔たりを感じた。どこかにデートに出かけることもほとんどなかったのだ。

 だから、ちょっと我慢の限界を感じていた。


「僕たちってさ、ずっと一緒だったじゃん」

「うん」

 大学もお互い実家から通っていて、彼女とは近くの小さな公園で話すことが多かった。コンクリートでできた階段に隣り合って座るのが習慣になっていた。これが僕たちのデートというやつだった。子どもの頃からずっと変わっていないのだ。

「ただ、このままだと……、僕たちは距離を置いた方がいいと思うんだ」

 彼女は物憂げな瞳を向けた。

「わたしのこと、嫌いになったの?」

「好きだからこそ、苦しいんだよ。君は子どもの頃と同じ関係でいたいのかもしれない。でも、僕はもう一歩前に進みたいんだよ」

 長い沈黙が返ってきた。僕はそれに耐えられず、結論をぶつけた。

「別れよう」

 瞬間、彼女の手が僕の腕を掴んだ。

「別れたくない。わたしにはコウくんしかいないんだよ」

 その手を振りほどこうとして、言葉を失いそうになった。彼女の細腕は僕がいくら力を込めてもびくともしないのだ。一抹の恐怖心が思わず僕の口から飛び出てしまう。

「離してくれよ!」

 彼女はびっくりしたように手を離した。急にそうされたので、僕は地面に尻餅をついてしまった。彼女は立ちあがった。

「どうして別れるっていうの?」

「普通のカップルみたいにどこかに出かけて一緒にご飯を食べたり、遊園地で遊んだりとか、そういうことを君としたことがないんだよ。いつも約束しようとしてもはぐらかすだろ。本当は僕のことを男として好きなわけじゃないんだろ?」

「そんなことない! 大好きだよ!」

 彼女はそう叫んだが、僕はもう決めていた。一緒に居ることが当たり前だった日々に別れを告げよう、と。

 立ち上がって公園を出ようとする僕の前に彼女は両手を広げて立ちはだかった。それを肩で突き飛ばすようにして脇を通り抜けようとした。

 巨木にぶち当たるような感覚があって、僕は思わず後ずさりしてしまった。彼女は静かに言った。


「気づいてるでしょ? わたしがおかしいって」


 彼女の言葉の意味がいまいち飲み込めなかった。僕とデートすらしないということを言っているようには思えなかったからだ。

 彼女はそばのベンチにゆっくりと近づいて僕の方を見た。

「びっくりしないでね」

 そう言って、そっとベンチの座面に手を置いた。


 メキメキメキ! と音を立ててベンチが真っ二つにひしゃげてしまった。


 自分の目を疑った。得体のしれない恐怖が込み上げてくる。

「わたしね」彼女は自分の手を見つめていた。「子どもの頃から一度もトイレに行ったことがないんだ。今まで食べたり飲んだりしたものすべて、消化されてわたしの身体の一部になったままなの」

「な……、なに言ってるんだ?」

「新陳代謝するはずの細胞も全部、わたしの中に圧縮されて残されたままなの。両親も研究機関の人も知ってる」

 華奢な体だ。そんなはずはない。だが……。

「ずっと話そうと思ってたんだ。でも、嫌われるかもしれないと思ったら、言うことができなかったの。お店にも行けない。遊園地にだって。わたしが椅子に座れば、全て壊してしまう。だから、あのコンクリートの階段くらいしかわたしを受け止められない」

「そんなこと……、あるはずがない……。君は本当は僕のことが好きじゃないのに、バカみたいなウソをついてるだけだ……」

「ウソじゃない!」

 彼女が叫んだ。微かに彼女の周囲に陽炎が立っているように見えた。僕は彼女と決別をするために走って公園を出た。


 公園から少し離れた時、轟音が街に響いた。振り返ると、公園から上空に向かって火柱が上がっていた。

 この世の光景とは思えない光と熱波の渦を見つめていると、その光を背に彼女がこちらに近づいてきた。その身体はあちこちがひび割れて赤熱している。まるで、今までそのエネルギーを抑え込んでいたかのようだ。さっきの火柱も彼女の中で高密度に圧縮された物質が生じた高熱を放出したというのか? 焼け爛れた口元を拭って、彼女は言う。


「わたしのこと、嫌いにならないで」

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Too Heavy To Love 山野エル @shunt13

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