第13話

「魔法っていうのは魔法特性を介して発動する異能の事を言う」


 ダンゴの自宅から出立して三日目の夜。

 焚火にあたりながらダンゴは魔法について口にした。


「…………唐突に魔法の説明なんかして、どうしたの?」

「いやさ、明日突入するわけだからさ。入る前に魔法について改めて説明しておこうと思ってね。大切な事だからね」


 真面目な顔をして語ろうとするダンゴの言葉に耳を傾ける。


「簡単な結界や単純な魔力操作とかも一応は魔法に含まれるけど、基本的にはさっきも言った通り魔法特性を介したものが魔法だ。僕の時戒現象やルーナの――――」

「セイグリッドシャイン」

「そう、それ。魔法特性は魂に刻まれた個人の異能。だから全く同じ魔法特性でなければ他者の魔法を使う事は基本的に不可能なのも知っているよね? まあ同じ魔法特性でも他者の魔法を使うのは結構難しいらしいけどね。消費する魔力やリスクといったものを設定してたりするから、その詳細が分かっていないと同じ魔法特性でも使えないし」

「うん。でも、使う方法が無いわけではないんだよね?」

「その通り。いくつかの制限はあるけど、自分の魔法特性と異なる魔法を使う方法はあるんだ」


 残念な事に私は魔法にそこまで詳しいわけではない。

 だから他者の、自分の魔法特性以外の魔法を使用する方法がある事は知っているけどその方法までは分からない。

 だけど、その方法はリスクがある事を知っている。


「そしてこれがその方法の一つで作られた、僕の魔法が記された札だよ」


 にも関わらずダンゴはそう言って自分の魔法が記された5枚の札を私に差し出した。


「二倍速しか使えないし使い捨てになっちゃうけど、全く使えないって事は無いだろうから持ってて」

「…………良いの?」


 自身の魔法を誰にでも使えるようにするということは、自らの魔法の詳細を晒す事と同義。

 弱点は当然として、発動条件やリスクといったもの。そして、この札に書かれている術式を複写する事で量産される危険性も出て来る。

 だからなのか、自身の魔法を誰にでも使えるようにする者はそう居ない。

 そんな事をするのは余程の奇人変人か、自分の生きた証を残そうとする死が近い人だけだ。

 そしてそんな人達が自分の魔法を後世に残す為に作られたのが魔導書だ。


「良いんだよ。大した魔法じゃないから。本当に危ない魔法は明かせないけど二倍速程度なら明かしても問題無いしね。それに――――」

「それに?」

「明日からあそこに突入するわけだから。念には念を入れておきたいんだ」


 そう言いながらダンゴは視線をある方向に向ける。

 視線の先には紫色の瘴気で覆われた一つの街があった。

 中の様子は伺う事が出来ないが良い印象を抱く事は出来ないだろう。最悪、中に居る人達は全員全滅している可能性だってある。


「何があっても問題無く対処できるわけじゃないけど、手札が少しでも多ければ何とか出来るかもしれない。出来る事は少しでもやっておきたいんだ」

「…………ならありがたく受け取る」


 ダンゴが差し出した5枚の札を受け取り懐にしまう。

 正直な事を言えばかなりありがたい。私の魔法は強力と言えば強力だが、小回りがきくものが非常に少ない。5回しか使えないから使いどころはよく考えなければいけないが、状況によっては私の魔法よりも役に立つだろう。

 ただ強いだけの私の魔法と違って、ダンゴの魔法特性が羨ましい。


「それじゃあ、明日は早いからもう休もうか」

「分かった」


 火を消し毛布を被ってくるまる。

 明日は瘴気に覆われた街に突入し中の様子を探る。

 出来る事なら何事も無ければ良いが、多分一筋縄ではいかないだろう。そんな思いが胸中を過ぎりながら私とダンゴは眠りにつく。

 そしてその翌日。私の予想通り街に突入すると同時に強制的に分断されることとなる。


   +++


 一週間程前、絶望が姿形を成したものが唐突に街に襲いかかった。

 前兆が無かったわけではない。勇者が命を落としたという噂が流れた事や、その噂が流れた日から発生していた紫色の瘴気が街を覆い始めた時からいつかはこうなる事は分かっていた。

 故にこの街の住人はこれから訪れるであろう脅威に対し対策を打ち出した。

 武器の製造や兵士の訓練、避難経路に食糧と飲み水の備蓄。

 大凡考えられる対策や準備を時間の限りがある中、必死に行った。

 唯一の誤算があるとするならば――――この街の住人がした対策や準備は無意味だった事だろう。


「はぁ…………はぁ…………はぁ…………っ!」

「居たぞっ! こっちだっ!」


 ローブを深く被った少女が袋を背負って街中を駆け回り、その後ろを魔族の群れが追いかける。

 現在、この街は魔族によって九割がた制圧されている状況だった。

 領主は強襲してきた魔族によって捕らえられた上で処刑され、戦う事が出来る兵士達もほぼ全滅状態。

 兵糧があった食糧庫もその殆どが占拠されているという散々な状態だ。

 食料を確保する為には敵に占拠された食糧庫に忍び込んで盗み取るという方法を取らなければならない。


「待て、このクソガキっ!」

「誰が…………!」


 ゴブリンの静止の声に対し反吐を吐き捨てるように言い放つ。

 魔族がこの街に来てから行った狼藉の数々を思い返せば当然の対応だった。

 女子ども関係無く虐殺を繰り広げ、少女の知り合い家族も含めて大勢の人間が命を落とした。

 投降した人間もあまり良い待遇ではない。あれなら家畜の方がまだマシだろう。

 奴等の言葉に従って立ち止まっても殺されるだけ。それならばまだ逃げ続けた方がマシな選択である。


「くそっ、このガキ速い…………!」

「土地勘の無いお前等なんかに追いつけるものかよ!!」


 種族による身体能力の差はあれど、入り組んだ道は土地勘の無い魔族はどうしても足を止めたりしなければいけない場所が多い。

 それに対し土地勘のある少女は最短距離かつ一度も止まる事は無く、次第に距離を離していく。


「よし、これなら――――」

「逃げられる、とでも思ったかぁ?」


 だが、その逃亡劇も長く続く事はなく、少女の前方に突如現れた一体のオークに身体を掴まれてしまう。

 待ち伏せされていた、その事実に気付き顔を顰めながらオークの腕から逃れようと悶える。

 しかしオークがそんな事を許す筈もなく、力強く握り締められてしまう。


「が、ぁ……………」

「このままぶっ殺してやるど」


 胴体を万力の如き力で締め上げられ、少女は抵抗する事はおろか呼吸する事すら出来なくなってしまう。


「待て! そいつを殺すなっ!」


 薄れ始めた意識の中、少女の耳に届いたのは自身を握り潰して殺そうとするオークを一人のゴブリンが静止する。

 だがそれは少女を助けようとするものではない。

 むしろその逆で、少女を苦しめる為だった。


「それだけの食料を抱えていたんだ。恐らくこの小娘以外にも生き残りが居る筈だ。殺すのは情報を搾り取ってからだ」

「わがっだ」


 情も慈悲も無い冷徹な判断を下したゴブリンの言葉にオークは従う。されど腕の力が弱まる事は無く、同じ力で握り締め続ける。

 意識を手放す事も出来ず、ただ只管に苦痛を与え続けられる事に絶望しながらも、少女に出来る事はただ魔族を睨み付ける事だけ。

 そして、魔族達が少女を尋問する為に連れて行こうとした瞬間、それは現れた。


「いやー、まいったまいった」


 黒衣を纏った長い黒髪の人間が酷く困った表情をして、抜き身の片刃の剣を肩に担ぎコツコツと足を鳴らして歩いていた。

 少女のような若々しい容貌でありながら纏う雰囲気は老人に近い。

 だが、どれだけ不気味であっても人間である以上、見逃すわけにはいかない。

 そう考えた一体のゴブリンが武器を向けようとして、地面に崩れ落ちた。

 倒れた拍子に首が身体から別れて転がり、それを黒髪の人間が踏み砕く。


「突入したと思ったら分断されるなんて…………侵入者が複数人居たら別々の場所に転送されるようになってるのかな? 本当に迷惑」


 踏み砕いたゴブリンの頭部が消失するまでの間、苛立ち混じりに黒髪の人間は踏み躙る。

 そして、視線を残りの魔族達に向ける。


「この苛立ちはお前等で発散するとしようか」


 そう呟いた黒髪の人間は、可憐な容姿とは正反対の酷く凄惨な笑みを浮かべていた。

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仲間に裏切られた勇者を助けた結果、依存された 霧ヶ峰リョク @kirigamineryoku

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