第6話 図書室の後輩

 放課後。


 俺はある場所へと向かっていた。

 部活動に所属していない俺にとって、放課後の校内には用なんてないのだがここ最近は少し事情が異なる。


 校内を歩き回ること数分。


 俺は目的地へと辿りついていた。

 場所は図書室。

 

 別に、図書室自体に用事がある訳じゃない。

 用があるのは、ここにいるあるひとりの生徒だ。


 俺は早速図書室に足を踏み入れる。


「ええっと――、いた!」


 俺はその後ろ姿を目に収めると、彼女の元へと近づいて行く。


 紫の髪をショートカットに切りそろえた、一年の女子生徒。

 女子にしては高い身長の彼女は、今日も図書の整理に努めていた。


「よっ、お仕事ご苦労さん。俺も手伝うよ、東」


 彼女は驚きもせずこちらに振り向く。

 感情が読み取りずらい、無に近い表情。


「――先輩。今日も来てくれたんですね」


 淡々とした声のトーンで答える彼女は、東怜。

 目元のほくろが特徴的な、図書委員所属の生徒だ。


「ああ、なんせ俺は暇だからな。後輩の手助けくらいさせてくれ」


 すると東は、無表情のまま続ける。


「ありがとうございます。でも、前にも言いましたがこれは私が好きでやっていることです。ですから、気を遣わなくて大丈夫ですよ。それに、私といても先輩の時間を無駄に使うだけですから」


 それが当たり前であるかのような口ぶり。


「あー、言い方が悪かったな。別に、気を使ってるわけじゃないよ。俺だって、好きで東を手伝ってるんだ。こういう時間も、案外悪くないよ」


 俺は素直にそう答える。


 東は少し考えたそぶりを見せ、


「――そう、ですか。私といても、つまらないと思いますが……。先輩は、変わった人ですね」


 そう言って、彼女は作業に戻るのだった。


 確かに、東は感情が読み取りずらい。

 顔も声も、常に一定のように感じられるからだ。

 けど、実際は違う。

 今だって、僅かな変化ではあったが確かに心を感じた。

 

 彼女と出会ったきっかけは、今でも覚えている。


 正道とのじゃんけんに負け、図書館に二人分の本を返しに行くことになったある日の放課後。

 そこで、一人黙々と本の整理をしている東を見かけた。


 今思い返せば、理由は色々とあった。


 彼女の傍らに置いてあった本が、大量であったこと。

 クールな雰囲気が、詩織に重なって見えたこと。

 あと、まあ、その、――可愛かったこと。


 とにかく、様々な要因が重なったことで、俺はつい彼女に声をかけてしまったのだ。


 それから、俺が積極的に声をかけ続け今日に至る。


 東を手伝うという行為において、下心がないと言えば嘘になる。

 でも、それ以上に、なんだか放っておけないのだ。


 少しではあるが、彼女と話していて分かったことがある。

 彼女はきっと、まだ何も知らないのだ。

 世の中の、楽しい事ってやつを。

 それが、幼い頃の詩織と重なって仕方がない。


 だから、余計に気になってしまう。

 いろんな楽しい事や、バカなことを知って欲しいと思う。


 高々一年長く生きているだけの男が何言ってんだって感じなのは分かってる。

 けど、それで東の心を少しでも動かせるというのなら、これほど素晴らしいことはないだろう。


 手始めに、遊びにでも誘ってみようか。

 場所は、そうだな――


「なあ、東。今度の放課後、二人で遊びに行かないか?」


「遊びに――、ですか?」


 想像もしていなかったのだろう。

 彼女は目をパチクリとさせる。


 それだけで、なんだか微笑ましい気持ちになる。


「それは、私と遊ぶ……ということでしょうか?」


「正解。てか、この状況で他に誰がいるのさ」


 俺は軽く笑ってみせる。


 彼女は困惑しているように見えた。


「その、誘いはうれしいのですが、きっと時間の無駄だと思います。私は人間として欠落しているので、先輩の楽しいという気持ちを理解できません。私には、先輩の時間を消費するほどの価値は無いです」


「……、はぁ」


 まったく……。

 こんなこと言われて、放っておけという方が無理な話だ。


「先輩? どうかしましたか?」


「どうかしたどころの話じゃないよ。『欠落してる』だか『価値が無い』だか、そんな悲しいこと言わないでくれ。俺が東と遊びたいって言ってるんだから何も問題ないんだって。よしっ! 決めた。まずはゲーセンに行こう!」


「げ、げーせん? ですか?」


 学生が放課後に遊びに行くところなんて、ゲーセンくらいが丁度いいのだ。

 あとはカラオケとか?

 でも、いきなりカラオケはハードルが高いだろう。

 別に、女子と遊んだ経験がほぼないから他の場所を知らないなんてことはない。

 ないったらない。

 陽葵?

 あいつは、ほとんど男友達みたいなもんだから。

 一切参考にならん。


「そう、ゲーセン。きっと楽しめるぞ」


 俺は自信満々に答える。


 東は再び黙り込む。


 そして、一度目をつむり――


「はい、分かりました。先輩がいいのなら、私に断る理由はありません」


「よっしゃ! じゃあ、次また具体的な予定は決めよう。なんだか楽しくなってきたな」


 そうと決まれば、初心者でも楽しみやすい機種をセレクトしておかねば。


「つぎ……」


 東がぼそりとつぶやく。

 そして、


「――先輩は、やはりおかしな人ですね」


 そう言う彼女の表情は、いつもより幾分か柔らかく感じた。



「さてと――」


 学校からの帰り道。


「あと二日、か……」


 俺はステラの話を思い出していた。

 


「いい、ユーキ。私たちに残された時間は、今日を除いてあと三日よ。この三日を使って、あなたの勇者としての力を目覚めさせるわ」


 ステラは真剣な面持ちでそう言い放つ。


「三日、か……。余裕はないな。その三日という数字に根拠はあるのか?」


「もちろん。彼らは私が使用した転移魔法の残滓を追ってこちらにくるはず。その解析にかかる時間が、約三日なのよ」


「なるほど……。というか、場所さへはっきりと分かっていれば案外簡単に異世界にこれるもんなのか?」


「いいえ。世界を渡るというのは、決して簡単な行為じゃないわ。そうね、条件としてあげられるのは大きく三つ。一つは異世界内の座標。二つ目は世界転移の魔法術式自体を知っていること。そして三つ目が、宮廷魔導士千人分ほどの膨大な魔力。これらをそろえることができれば、誰でも異世界へと渡れるわ」


「誰でもって……」


 宮廷魔導士というのがステラの世界でどれほどの存在なのかは知らない。

 が、口振りから察するに異世界への転移はほぼ不可能ということでは?


「まあ、恐らくあなたが今考えていることであってるわ。つまり、極一部の存在しか世界を渡れないということ。そして、これらの条件をそろえることができる国が四つあるわ」


「四つも!?」


 多くないか!?

 勝てる未来が見えないんだが。


「安心しなさい。いくら大国とはいえ、往復することを考えると送り込める刺客は一人よ。だから、あなたが倒すべき敵はたったの四人。ほら、簡単でしょう?」


「ああ、そうだな。俺が件の勇者くらい強ければ余裕かもな」


 ステラの話を聞いた俺は、投げやりな返事をする他なかった。


「――ん?」


 その時、俺はある疑問を抱いた。


「ということは、ステラの国もそれだけの魔力を用意できるくらいの大国だったってことか?」


「いいえ、それは違うわ。フローレスが収める民は優秀だけれど数が少ないのよ。だから、必要魔力の半分は私が補った。おかげで今の私は魔力がすっからかんよ」


「は、はぁ!?」


 つまり、宮廷魔導士五百人分の魔力を一人で代替したってことか!?

 それも凄いがなにより――


「じゃ、じゃあ、敵が襲ってきた時、ステラは何もできないと?」


「そうよ。だから、絶対にあなたが必要なの」


「マジか……」


 無意識の内に、俺はステラを戦力として数えていた。


「本当に、俺がやるしかないんだな……」


 けど、ならどうして、ステラはあんなにも自信満々で不安を見せないのだろうか。

 自慢の魔力は残り少なく、頼れる相手は何もしらない高校生だた一人。

 それなのに、何が、彼女をそこまで強くしているのだろうか。


 俺は、出会った日から変わらないそのをしばらくの間眺めていた。



 と、改めて自分の置かれている状況について考えていたら、いつの間にか家に帰ってきていた。


「ただいまー」


 鍵を使って家に入る。


 詩織は部活。

 両親は仕事だ。


 俺は二階にある自室へと足を運ぶ。


 ステラはもう戻ってきているだろうか。


 そんなことを考えながら、俺はドアのぶに手をかける。


 ガチャリ。


 抵抗なく開く扉。


 その先には――


「んっ。おかえりなさい、ユーキ」


 現代の服装に身を包んだ、ただの金髪美少女がいた。


「は?」


 想定外の光景に開いた口がふさがらない。


 青を基調としたワンピースと、ワンポイントの丸メガネ。

 そんなおしゃれを極めたみたいな女が、アイスコーヒー片手に俺のパソコンを我が物顔で使っている。


 ――ガチャリ。


 俺はそっとドアを閉じた。


「――待て。待て待て待て。見間違いだ。そう、見間違いに決まってる。というか、そうでないと困る。じゃないと……」


 俺は覚悟を決めてもう一度ドアを開く。


 ガチャリ。


「ちょっと、なにを遊んでいるの? 私は確かにずっと気を張る必要は無いといったけれど、学校が終われば話は別だともいったはずよ。早くこっちにきなさい」


 俺の目の前には、さっきと変わらない、いや、少し怒った様子のステラが俺を待ち構えていた。


「勘弁してくれ……」


 俺は天を仰ぐ。


 今まではファンタジーな服装だったから逆に受け入れられていたが、そんな現代の服装をきてしまえば、嫌でも意識させられる。


「最悪だ。なんでそんなに似合ってるんだよ……」


「ん? なによ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」


 くそっ!

 こっちの気も知らないで……。


「その服装のことだよ。急に現代人の装いに変わってたから驚いたんだ。一体どうしたんだよ」


「ああ、服装のこと。なら、もっと普通のリアクションを取りなさい。帰ってきて早々に変な動きをするから、何事かと思ったじゃない」


「俺にとっては重大なことなの! で、何がしたいんだ? イメチェンか?」


「そうね、その側面もあるけれど、どちらかと言えば魔力消費を抑えるという目的の方が大きいわ」


「魔力消費?」


 予想外の返答。


「ええ、外に出ている間常に認識阻害の魔法を展開するのは効率が悪いでしょう? だから、私がこちらの世界に合わせた方が楽なのよ。『郷に入れば郷に従え』ってやつかしら」


 なるほど。

 言われてみればその通りだ。


「この世界の常識はある程度理解したつもりなのだけど、この服装、変かしら?」


 ステラにしては珍しく、少し不安げな様子。


 くそっ。調子狂うな。


「あー、そのー。なんというか、悪くないんじゃねーの。一般的にな! 第三者的目線の話!」


 決して! 俺の好みだとかそういう話ではない。


 それを聞いたステラは――


「ん、まあ当然ね。だって私が選んだんだもの。似合っていないはずがないわ」


 一瞬にして普段の様子を取り戻し、アイスコーヒーを優雅にゴクリ。


「ユーキ? なにつっ立ってるのよ。早くきなさい」


 そう言って、俺を呼びつけるのだった。


「……」


 俺の心配を返せ!!

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ある朝鬼畜異世界姫に腹パンされて「私を守りなさい!」と言われた話 KYスナイパー @nonono117

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