第11話

「今朝、この店に灯りがついてるのを見た時は安心したよ」


 その日も朝食の営業が終わる九時ぎりぎりにやって来た白アヒルのフェルディナンドは、カウンターの席から銀色ウサギのエミールに話しかけた。

 他の客はもうおらず、白黒ミニブタのアンナは店の前の掃き掃除に取りかかっていた。

 よって、店の中には二人しかいない。


「夕べ、カタリナのスナックで飲んでたら、この店の前にジュリアーノが立ってるのを見たって、靴屋の旦那が言っててさ。何だか妙に気になって、帰りにこの店の前まで来てみたんだけど、閉店時間はとっくに過ぎてるから誰もいないし店も真っ暗だし…」


 エミールはカウンターの中で無言でパセリを刻んでいたが、その手を休めてフェルディナンドに言った。


「店は開けますよ。定休日以外はね」


 ほんの少しだけ沈黙した後、フェルディナンドが尋ねた。


「ジュリアーノは本当に帰ってきたのかい」

「ええ。でも、昨日の夜の船でまた発ちました」

「私には挨拶もなしか。次に帰ってきた時に、きつく言ってやらにゃならん」


 フェルディナンドは、やれやれと首を横に振って、ため息をつく。


 ふとエミールが窓の外に目をやると、掃き掃除を終えたアンナが、いつの間にか持ち出していたらしいスケッチブックを開いて、店の前の風景をデッサンしていた。


 このところのアンナは、絵の勉強を基本からやり直すと言って、身の回りのものをちょこちょこデッサンしている。


 エミールは、ポタージュスープの鍋に火を入れた。今朝も寒い。アンナのデッサンはいつも数分で終わるから、もう少ししたら店の中に戻ってくるはずだ。


 思った通り、アンナはこの後すぐ店に入ってきた。


「表の掃き掃除、終りました」

「休憩に入れ。俺はもう少ししたら仕入れに出る」


 エミールは、朝の営業が終わった後も、軽い賄いを出している。

 それでさっき温め直したポタージュスープをカップによそい、ホットサンドイッチを作ろうと、フライパンを取り出した時だ。


「すみません、お二人ともちょっとの間ご協力ください」


 奥の控室にコートを置きに行くであろうと思われたアンナが、その場に足を止め、スケッチブックを開いて、カウンター越しに向かい合っているエミールとフェルディナンドの姿をデッサンし始めた。


 いきなりモデルにされてしまった二人は、戸惑ってもじもじとする。


「普通にしてていいです。すぐ終わりますので…」


 アンナは素早く紙の上に鉛筆を走らせる。口元は笑っているが、目は真剣だ。


「ま…、今朝もこの店で朝食を食べられて良かったよ」

 照れ隠しに、フェルディナンドがぎこちなくエミールに言い、エミールもぎこちなく返事をする。

「こ、これからもご贔屓に」


 そして、ホットサンドイッチを少し焦がしてしまった。


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Emile's breakfast サビイみぎわくろぶっち @sabby

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