第138話 こくは……く……?

 放課後———。

 授業が終わり、生徒会の行事も一通り済んだところで、下校を始める。

 生徒会室を出て、扉の鍵を閉めいつも通りに還ろうとしたところで、俺の行く手を一人の少年が遮る。


「む? どうした、ロザリオ」


 ロザリオ・ゴードンだ。

 この世界の、元々ゲーム世界であるはずの『紺碧のロザリオ』の主人公であるはずのロザリオだ。

 本来彼が主導でこの世界は回るはずなのに、いろいろあって影が薄くなっている。

 悪役貴族であるシリウス・オセロットを殺して、この世界を救う真の力に覚醒するはずなのに———それはアリシアが先んじて覚醒している。アリシア誘拐未遂事件の時もなんだかよくわからないがいなかった。

 しばらく姿を見せなかった。

 そのことを問いかけても思いつめた表情をするばかりではっきりと答えようとはしない。


「いえ……実は頼みがありまして……」


 今もまた———思いつめたような表情をしている。


「頼み?」

「はい……俺を———、」


 胸に手を当て、俺の目を見据えて彼は言う。


「———俺を、男にしてくれませんか⁉」


 サ—————————————————————……っと、心の距離が開く音が聞こえた。


「お前を、男に?」

「はい」

オレが?」

「はい」

「…………………そうか」


 逃げたい。

 今すぐ走って逃げだしたい。


「何故?」


 何なら怖い。

 男に告白されるのがこんなに怖いことだとは思わなかった。

 尻の穴にキュッと力を込めて、何が起きてもいいように……いや、何かが起きたら即座に逃げ出せるように全身に筋肉に力を込めた。

 突然の緊張に、頭が上手く回らないで口から短い文章の言葉しか発することができない。


「それは……俺が一番尊敬している人間が会長だからです」


 全く目をそらさずに言ってのけるロザリオ。

 少しはそらせ。

 怖くてたまんねーよ。前もそうなんじゃないかと思ったけど、やっぱりこいつそっちの気があるんじゃないのか? それでもギャルゲーの主人公か? この世界はお前と付き合うヒロインがたくさんいるギャルゲー世界『紺碧のロザリオ』だぞ。お前は女の子を口説かないといけない人間なんだぞ? それなのに、お前女に興味があるそぶり一切ねーじゃねーか。


「それで———男にしろ、と」

「はい」

オレ がお前を?」

「はい」


 はい、じゃないが。

 やっべ、こっからどうルート修正しよう……どうこいつを女に興味が持てるようになるのか矯正しようかと思っていると、彼は一歩前に踏み出した。


「————ッ!」


 ロザリオが接近してきたので、思わずビクリと肩を揺らしてしまった。悪役貴族らしくないリアクションで、情けない限りだったが、そんな振る舞いに気を払えるほど、今の俺には余裕がない。


「会長……俺にも、修行をつけてください!」


 そういって、彼は頭を深々と下げた。


「———修行?」

「はい」


 しゅ……ぎょう……?

 段々と頭が回り始める。

 もしかして……俺は勘違いをしていた?


オレがお前を……か?」

「はい! 俺も強くなる必要があるんです! だから、アリシア王女にやった時と同じように俺にも修行をつけてください!」


 ハァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…………!


 安心した。

 告白じゃなかったとわかり、胸に手を当て深く撫でおろす。


「紛らわし言い方をするな……たわけが」

「紛らわしい? 何がです?」

「いや、何でもない……それにしても唐突なことだな。強くなりたいとは」


 元々、いじめられっ子で上昇志向が強い男ではあったものの、その焦り故に魔剣という悪い力に手を染めた過去を持っている。

 だから、焦らずにゆっくりと実力をつけようとしていると思っていたが……。


「ちょっと事情がありまして……戦わなければいけない相手が、倒すべき相手がいるんです……」

「そうか。まぁ、それならば良いだろう」

「本当ですか⁉」


 こういうのを安請け合いと言うんだろうな……。

 だが、こいつにはこの世界を救う力がある。それを覚醒させないことにはこのゲーム世界『紺碧のロザリオ』には各ヒロインに合わせたラスボスが存在しており、不安である。

 その手助けのためには俺は命すらも投げ出す覚悟だ。

 悪役貴族シリウス・オセロットに転生したからには、その役目を全うしようという気がいは持っているつもりだ。


「だが、直ぐには修行をつけられんぞ? オレはいろいろと忙しい。アリシアの時のようにすぐに黄昏の森で修業をつけると言うわけにはいかん」


 父、ギガルトが本格的に古代兵器ゴーレムを使って国を揺るがす悪事を始めそうだし、今は魔族———リタの問題も浮上してきた。

 そこを放置してこの街を離れることはできない。


「はい、わかっています。ですが……これで俺も会長の弟子ですね☆ 王女みたいに可愛らしく〝ししょー〟と呼んだ方がいいですか?」

「やめろ‼ 気持ち悪い!」


 今、鳥肌が立ったわ!


「ハハ、じゃあ会長。弟子二号として宜しくお願いします。これから、あなたの手となり足となり、付き従えさせていただきます」


 そう言って爽やかに手を振って去っていくロザリオ。


「ああ、こき使ってやる」


 その背中に一応の声をかけるが、まぁ扱いとしてはこれまでと変わらないだろう。

 元から生徒会役員ではあるし、俺に一度ぶちのめされ、改心して慕ってきたという経緯がある少年だ。

 ここで、思いつめたように宣言せずともよかっただろうに……。


「何か、焦っていたな……」 


 彼の様子は、俺にはそう見えた。


「まぁ、それにしてもこんだけ慕われるのも困ったものだ……」


 俺はこの世界からとっとと去りたいというのに———。

 とっとと殺されても構わないというのに———。

 そう思えるほどには———この悪役貴族、シリウス・オセロットは罪を重ねすぎている。


「————あ」


 そんなことを思っていると———ロザリオとすれ違いで、ある少女がやってきた。


「アン……ビバレント……」


 今、一番話したかった〝復讐者〟の娘がゆっくりとした足取りで向かってくる。

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