第137話 ウチくる。

ウチに来る? 師匠が?」


 昼。

 生徒会室での業務中、ふとそんな話に話題が切り替わりアリシアが目を丸くした。


「あ、あぁ……」

「そっか……そっか!」


 なんだその嬉しそうな表情は。

 アリシアはキラキラと目を輝かせて、「にへ~……」と若干口元をほころ ばせている。


「嬉しそうだなアリシア」


 彼女がもし犬であったのなら、ブンブンとその尻尾は振られていただろう。


「え⁉ あ、そんなことは……ないけど!」


 自分の喜び様を隠そうとしてか腕を組んでプイッと顔を横に逸らしてしまう。

 だが、そこに見える耳は赤く染まり、横髪の間から覗く彼女の口角は上がっていた。


「別にどうということはないぞ? ただ、父の新しく開発した魔道具のお披露目に付き添うだけだ」

「魔道具? そういば、オセロット家ってガルデニア王国の魔道具開発機関の主任だったっけ?」


 横からミハエルが口を挟む。

 机に脚をかけて背もたれに大きく体を預けた、大変行儀の悪い姿勢だがこう見えても隣国のプロテスルカ帝国の皇子である。

 生徒会役員の一員でもあるので、もっと行儀よくしろと何度も𠮟りつけたが、よほど甘やかされて育ったのか一向にその素行は良くなる気配がない。


「そうだ。その新兵器が完成したというのでな。その起動実験の披露を王の前でやろうというのだ。ミハエル、お前は一応プロテスルカの皇子だ。だからついてくるんじゃあないぞ」


 と———いうのも古代兵器ゴーレムだ。

 シリウスの顔をした魔導人形で、今まで一応秘密扱いだっただけで何度も俺が私用で持ちだしている。

 モンスターハント大会は勿論、学園の決闘でも〝仮面で顔を隠した謎の兵士〟だとか〝分身の術〟だとか適当な理由をつけて人前に晒している。

 その光景を何度も見させられている生徒会の面々は、一目見たらすぐにピンと来てしまうだろう。

 だから釘を刺してみたが、まぁただの冗談だ。

 プロテスルカ帝国の皇子はそこまで暇ではないだろうし、俺が今まで私用で古代兵器を使っていたことをチクるような人間ではもう、ないだろう。

 そう思えるぐらいには、ミハエルは変わった。


「付いて行くわけないじゃん。そんな新兵器を披露するなんて場。今僕が行っちゃったら面倒なことが起きる。ただでさえ、プロテスルカ帝国とガルデニア王国との関係がピリついちゃったんだしさ。アリサおばさんのせいで」


 肩をすくめて、苦笑いを浮かべるミハエル。


「そう、だったな……」


 先日の王女アリシアの誘拐未遂事件の首謀者はアリサ・オフィリア———プロテスルカ帝国の将軍の娘だった。それも〝戦争を起こす〟という動機で———。

 事件は未然に防がれ、アリサ・オフィリアも無念のままガルデニア王国から出て行くことになったが、人の口に戸は立てられないもので、両国内で戦争へ向かう気運がじわじわと高まりつつあった。

 そんな中での新兵器開発。

 想定敵国の皇子であるミハエルはさぞ穏やかじゃないだろうと思い、自分の無神経さを悔いるが……一方のミハエルはあっけからんとしていた。


「ま、その新兵器っていうのがどんなものなのかは純粋な男心で興味事態はあるけど。僕はプロテスルカとガルデニアがまた戦争になるなんて御免だよ。この学園はなんだかんだで居心地がいいからね」


 そういって彼は「ふ~……」と気分がよさそうに息を吐く。

 椅子を大きく傾かせ、前足を浮かせてゆりかごのように揺らすさまはまるでこの部屋の王様の様だ。

 大変行儀が悪い。

 この皇子はやっぱり近いうちに矯正しなければいけないなと思いつつも、視線をアリシアへと戻す。


「まぁ……新兵器お披露目その程度のことだ。だから、特になにか邪魔をすると言うわけでもないが、一応王女であるお前の家に行くのだ。すれ違ったら挨拶ぐらいさせてもらうぞ」


 アリシアは城に現在住んでいるわけではない。

 この聖ブライトナイツ学園という騎士学園に通うために、校舎近くの〝貴族別邸〟と呼ばれるいうなれば別荘で寝泊まりしている。

 だから普段から王城にいるわけではないだろうが、ずっと帰っていないわけでもないだろう。

 だから一言言っておいたのだが……。


「そうか……師匠がウチへ……そうか……そうかぁ……」


 へへへ……と笑って、なぜか立ち上がってスカートの端をつまむその様子はなんだかたくらんでいるように見えた。


「あの……お兄様、なんだかルーナは余計なことを口走ってしまったような気がします……」


 この……オセロット兄妹がガルデニア城に行くと言う話は、ルーナが「今度、王城にお邪魔させていただきますのでよろしくお願いします」とポツリと漏らしてしまった言葉から始まった。

 何故だかおかしな様子になっているアリシアにルーナは不安になったようで困り眉毛で俺を見る。


「いや、問題ない……」


 何事もないだろう……多分……。


「へへ……師匠に〝見せ〟なくちゃ♪」


 スカートの端をつまんでくるんとターンするアリシアが、何を見せるつもりなのかは知らないが……そんなに大事になるようなことではないだろう。


 ———たぶん……。

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