第136話 魔族特有の魔法

 ————なんてことをしてくれたんだ、リタ!


 心の中で叫ぶ。

 暗黒の魔力の爆裂が起き、古代兵器ゴーレムの大群からやってきた光と暴風から顔を思わず腕で守る。


「貴様……リタ! 古代兵器ゴーレムを破壊するなど何を考えてい……る……」


 やがてその暴風が収まると腕を視界からどかして前を見る。


「こうすれば、良かったんでしょう……ご主人様?」


 そこには驚きの光景が広がっていた。

 古代兵器ゴーレムは、健在だった。


「これは、貴様がやったのか……、リタ?」

「うん」

「どうやったのだ?」

「お見せした通りです」


 いや、そんなことを言われてもわからない。

 だってそんなこと、あるわけがないのだから。

 そんな現象———起こりうるわけがないのだから。


古代兵器ゴーレムが元に戻っている……」


 初めて見た時の姿に。

 この世界に来た当初の、のっぺりとしたデッサン人形のような無機質なフォルムに変質していた。

 五十体の古代兵器ゴーレムのその全てが。


「こんな魔法、見たことがない……」

「そうなのですか……?」


 不安そうにリタが俺を見上げる。


「魔族なら、皆使えます……」

「皆使える?」

「はい」


 そう言って、リタは一番先頭にいた古代兵器ゴーレムの手を取る。


「———改変魔法」


 リタの全身から再び魔力の波動がほとばる。

 具現化された光る魔力の光が彼女の肉体の表面から外へと一度広がったかと思うと、それがある一点へ向けて収束していく。

 その矛先にあるのは、古代兵器ゴーレム

 一番彼女の近くにいた古代兵器ゴーレムへ魔力が収束していき、その中へと入っていく。

 まるで古代兵器ゴーレムがリタの魔力を吸い込んでいるような光景だが、違う。実際は逆だ。

 リタが古代兵器ゴーレムに魔力を注ぎ込んでいるのだ。 

 そして———姿かたちが変質していく。

 うねうねと動くはずのない硬くなった硬質の土人形の身体がスライムのように中から変形し、新しい姿を形成していく。


「これが……改変魔法……」


 今度は、のっぺりとした土人形から銀髪のロリへと、隣に立つリタそっくりに形が変わっていた。


改変魔法リライト———この世界にあるありとあらゆるものを想像した通りに変化させる力。この世界の書き換えは魔族なら皆使える。当然———、」


 ジッと俺の目を見るリタ。


「———あなたも」

「俺も?」


 だが、それを使った光景を前にしてしまうと気後れしてしまうというか、こんな凄い魔法、自分で使えるとも思えない。


「使ったことがないし、使える気もしないのだが……」

「……そう、ですか」


 弱気なことを言うとリタはがっかりしたように瞳を伏せる。


「やはり、まだ完全には覚醒していないようですね……魔王ベルゼブブ様」

「……覚醒も何も、オレが魔王だということは勘違いということはありえないか?」


 ちょっとすっとぼけようなんて思ってみる。

 リタがここにこうしているのは、彼女の〝直感〟。ただそれだけが理由だ。

 俺に触れた時に、同じ魔族であると、その長である魔王であると彼女の心が感じ取ったから。本当に俺を慕う理由はそれだけだった。

 俺が魔王であると喧伝けんでんしたわけでも、魔王としての特別な力を披露したからというわけでもない。

 ただ一つの自らの直感だよりで、俺を魔王と思っているのだ。

 ならば、それは間違っている可能性が高いのではないか。

 そう問いかけるが———リタは首を振った。


「いいえ。あなたから感じられる魔力は、以前に触れた魔力と全く同じです。千年前に与えられたぬくもりと同じ優しい暖かさです……私がそれを、間違えるはずもありません」


 ふわっとした笑みを浮かべた。

 少し、ドキッとした。

 リタの浮かべた笑みがあまりにも優し気だったからだ。

彼女の胸の内には優しい感情が溢れているのだと、見ただけでわかる微笑みだったからだ。

 子供のような無邪気さもあれば、母のような包容力のある微笑み。

 全幅の信頼を置くような、そんな親しい相手に送る笑みだった。


「ご主人様はまだ目覚めていないだけです。いつか、ご主人様は魔王としての力と記憶を思い出されます。ですから、自分は魔王ではないなど自信を無くされる必要は……ありません」

「いや、別に自信がなくなったわけでは……」

「この程度のことは、魔王様なら容易たやすぐに、行うことができますよ」


 そう言いながら、リタは古代兵器ゴーレムの姿を元に戻しながら、スタスタと出口へ向けて歩き出す。


「……行きましょう?」

「あ、ああ……」


 もう仕事は終わった。

 古代兵器ゴーレムの問題は解決したし、ならばすぐにでも学校に向かわなければいけない。

 だけど、ひとつだけ気にかかることがある———、


「万物を書き換える力だと言ったな?」

「はい……」


 その背中に問いかける。


「ならば何故、俺と戦っている時にこの力を使わなかった?」


 あの街道での戦い。

 この力を使っていれば、リタは俺に負けなかったのではないか。もっと手があったのではないか。

 もしかして手加減をしていたのではないかと思ってしまう。

 そんな疑問を抱いていたがリタは———、


「使えば———魔族だとバレてしまいますから……」

「それはいけないことなのか?」

「当然です。魔族だとわかれば———人間が皆私たちを血眼ちまなこになって探し出し、くびり殺しに来るでしょう」


 答える彼女の瞳は、何も映していなかった。

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