第135話 古代兵には顔の修正が必要なようです。

「どうするのだ……これを……!」


 学校に行く前に古代兵器をどうにかしなければいけないと、俺は地下室にルーナと共に入った。

 そこにいるのは五十体の古代兵器ゴーレム

 全個体、俺。シリウス・オセロットの貌を張り付けた。古代兵器ゴーレム だった。


「モンスターハント大会で生徒救出のために、元々ただののっぺらぼうだった人形であった〝これ〟を。生徒に土人形だと気づかせないために人間そっくりの容姿にしようとしたらこうなった! ルーナに頼んだらこうなった!」


 両手を広げてルーナを責め立てるような気持ちを含ませて声を張るが、これに対してルーナは目をそらして口を閉ざす。


「流石にこれは王の眼前には出せんぞ!」


 自分とそっくりの人形などは王様の前に出せない。

 そんなものを次世代の戦力にしてくださいと売り込むなど、どんなナルシストなのだと思われる。

 下手をすれば嗤い者になる。

 そんなの気にしなければいいのだが———やはり単純に恥ずかしい。


「普通の顔に修正しなければいけない。今日中にこの古代兵器ゴーレム を」

「……………」

「どうした? ルーナ。珍しく不機嫌そうだが……」


 ルーナは珍しく不貞腐れている様子だった。

 おとなしい従順な妹にしては珍しい表情を、ネガティブな感情を表に出していた。


「このままではダメなのですか?」

「は?」

「このまま、古代兵器ゴーレムはお兄様の姿形のままでよろしいのではないですか?」


 ルーナは、俺に対して口答えをしていた。

 兄に対して怯え切って、自らの考えすら口に出さない妹が、真っすぐに俺の目を見据えて、逆らっていた。

 そんなこと初めての事だった。


「貴様……、そんなにこの古代兵器ゴーレムの顔を変えるのが嫌なのか?」


 初めて逆らうのが、こんなことか?

 人形の顔を兄の顔から変えるという、そんな程度のことが?


「はい」


 はい、じゃないが。


「どういうことだ? ルーナよ。この兄の顔のままではいかんということ、そんな簡単な理屈はわかるな?」


 どうしてだよ! と突っ込みで叫びたくなる気持ちを必死で抑える。シリウスらしい行動ではないというのもあるが、大声を上げてルーナを怯えさせるのは下策だと思ったからだ。


「わかりません」

「…………」


 わかりませんと来たか……。

 どうすればいいんだろう……なんでわかんないんだろう。こんな簡単な理屈……。


「ルーナ、あのな……?」

「お兄様。愚かながら、この愚妹ぐまいから一つ意見をさせてもらってもよろしいでしょうか?」

「うん?」


 珍しいことが続くな……逆らうどころか、進言しんげん までするなんて。

 自分の意志を表すのが一番苦手であるはずのこの妹が……。


「王様にお披露目をするのならば、この世で一番美しい姿がふさわしいかと存じます」

「うん」

「それこそが———お兄様なのです」


 初めて意見することが、〝これ〟か?


「あのな、」


 まるで子供に言い聞かせるように落ち着いた声のトーンを心掛ける。


「ルーナよ。父上は少なくともこの古代兵器の姿を知らない。それはわかるな?」

「はい」

「それはオレが無断でこの古代兵器ゴーレムの姿かたちを変えたからだ。そこはわかるな?」

「はい」

「この顔が美しいとかそういうこと以前に。これは父の所有物だ。それの姿かたちを元に戻さなければならない。勝手に人の所有物に対していわば傷をつけたのだ。それを元に戻さねばならない。わかってくれるな?」

「はい……」


 理路整然とした理屈で、渋々と納得してくれるルーナ。

 いや……渋々納得するなよ。

 オレはお前を、妾が産んだ母親の違うルーナを「犬の子」と呼んで虐待していた悪役貴族だぞ?

 そんなに慕う理由もないだろう。


「ですが……私の手ではできません……」

「は?」

「お兄様の顔に傷を入れることなど、この愚妹ぐまいのルーナにはできかねます……!」


 目の端に涙を浮かべ、踵を返し、古代兵器ゴーレムの貯蔵室から走って出て行ってしまった。

 その背中を俺は茫然と見つめることしかできない。


「そんなにか……?」


 そんなにだったようだ。 

 ルーナがいなくなった部屋はシンと静まり返り、五十体のシリウス・オセロット(偽)の顔がシリウス・オセロット(本物)を見つめている。


「……これ全部、俺一人で修正するのか?」


 今日の夜は徹夜だなと、頭を抱える。

 と———、


「がっこ……遅れるよ」

「うわっ‼」


 突然話しかけられてビックリする。

 いつのまにやらルーナと入れ替わりでリタが来ていた。

 相変わらずの無表情で俺を見上げている。


「いたのか……」

「いなかった。さっき来た。妹とすれ違った。なのにご主人様は来なかった……もうすぐ始業時間なのに」

「ああ……」


 短く断片的な言葉でわかり辛いが、もう登校時間だと言うのに地下に籠もり続けている俺を心配して見に来てくれたと言う事だろう。


「何か悩んでいる様子だったけど、〝コレ〟をどうにかしないといけないの?」

「あ、あぁ……」


 リタが俺の顔そっくりの古代兵器ゴーレムを指さす。

 一応、古代兵器ゴーレムはオセロット家の秘密兵器で、オセロット家以外の人間に見せてはいけない物なのだが……まぁ、もうすぐ世間に披露する予定の物だし、一応リタも今はオセロット家の使用人だ。父も激怒するほどには至らないだろう。


「この人形たちの顔。その全てをオレの顔から別の顔へ。なるべく人形らしい、兵器らしいものへと変えねばならない。父は古代兵器ゴーレムが俺の顔であるということを知らないからな。それを今日中にやらねばならんのだ」


 腕を組んで、チラリとリタを見る。

 若干、助けてくれないかな……と期待を込めた瞳で。


「まかせて」


 その願いが届いたのか、リタはトンと胸を拳で叩く。


「これ等の外見を変えるのが、ご主人様のお望みであるのなら……叶えてみせる」


 全身に魔力のオーラを迸らせるリタ。

 その姿を見て俺は「おお」とやる気になってくれた彼女に感心して見せた。

 が…………、なにやら様子がおかしい。


「ふっ……!」


 リタが両腕を胸に前にかざすと、〝そこ〟に黒い魔力のエネルギーが溜まっていく。

 目に見えるほどの具現化した魔力の玉を、彼女はどんどん膨らませていく。

 こいつ———魔法使えたのか……。


「ん、ちょっと待て、何をする気だ?」

「魔族のを使うのは久しぶりだけど————やってみせる。あなたのためだから……!」


 魔族の……法……魔法のことか? 


「ちょっと待て……! リ、」


 ———破壊するつもりじゃあないだろうな⁉


「はあああああああああああッッッ‼」


 リタが黒い魔力の塊を、棒立ちしている古代兵器ゴーレムたちへ向けて放った。

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