第134話 興奮する父

「城からお呼びがかかった……ですか?」


 珍しく朝にやってきたかと思えば突然そんなことを言いだすギガルトに若干警戒しながらも腕を組む。


「そうだ! 貴様らは明日には城に向かってもらう。そこでガルデニア王と話すのだ!」


 やはり———リタの件だろう。

 彼女を匿っていることが王室にバレてしまったのだ。匿うつもりはなかったのだが彼女が転がり込んできた。それから彼女が魔族と判明し、俺の身体の中に魔王がいるとリタに看破されてしまったので今後の身の振り方を考えて手元に置くのがベストだと判断したまでだ。

 流れだ。

 彼女がここでメイド服を着て傍に立っているのは流れでそうなっている。

 すぐには王女誘拐事件の実行犯がオセロット邸にいるということはバレないとタカをくくっていたが、ギガルトのこの興奮した様子から見ると……甘い見通しだったようだ。


「それは私独りで行ってもいい申し立てですかな?」


 なるべく言い訳をしようと、面倒ではあるがリタを庇おうと、この状況を逃れる手を考えながらも言葉を紡ぐ。

 恐らく、父ギガルトはリタを連れて行けと怒鳴り始めるだろう。

 お呼びがかかった一番の理由は、リタがここに居ることなのだろうから。


「一人だと? 何を言っているシリウス?」


 ほぉら、やっぱりだ。

 不快そうに眉をしかめるギガルトに、つい辟易してしまう。

 まぁそれでも言葉を尽くすだけつくすか……。


「あの、父上、」

「〝ルーナ〟も伴って連れて行かねばならないのはわかっていよう」


 ルー……ナ……?

 思ってもいない名前が出てきたので、そちらを見る。

 ルーナも驚いているかと思っていたが、彼女は彼女で静かに目を閉じてその言葉を受け止めていた。ギガルトがそう言いだすのを予想していたかのように。


「ルーナも伴ってですか? それはまたどうして?」

「そんなの決まっていようが!」


 怒鳴るなよ……わかんねぇよ……。

 それでもギガルトにいら立っている様子はない。ただただ興奮し、高揚していた。

 まるで子供のように。

 念願叶った無邪気な子供のように。


「———ついに古代兵器ゴーレムを王国の戦力として王に認めさせる時が来たのだ!」

古代兵器ゴーレム を……ですか?」


 意識が足元へ向く。

 オセロット邸の地下室。

 そこには魔力で動く土人形———人型の戦闘兵器が隠されていた。

 ギガルト・オセロットはその古代兵器ゴーレムを王に認めさせ、王国の軍事力として売り込んで自分の地位を高めようという志を持っていた。 

 あまつさえ、その古代兵器ゴーレムを用いて、クーデターを起し国家を転覆させようとすら、ギガルトは計画している。

 その計画がついに一歩進んだと言うわけだ。


「それは早急すぎやしませんか?」


 ギガルトは前々から古代兵器の大量同時使役たいりょうどうじしえき を目指して動いていた。

 一人の術師の送る魔力で何万という古代兵器を操る。

 それでこそ、兵士を使わずに魔道具で軍隊を構成する意義があるというものだ。

 ただそれには壁があった。

 古代兵器ゴーレムには安全対策セキュリティシステムがあった。

 元々、「古代の兵器」の名の通り、現代で作られた魔道具ではない。

 ガルデニア王国の地下に眠っていたもので、それをギガルトは掘り起こしたにすぎない。そんな元々の主人ではない新参者に対して古代兵器ゴーレムは従おうとしない。新しい主人と認めようとしなかった。

 古代兵器ゴーレムを操ろうとすると術者に激痛の電撃が走る。

 そういうプロテクトがかかっていた。

 かかっていた……のだ。


古代兵器ゴーレムには術者に電撃を与えるプロテクトシステムがあります。それがある限り、王に認めさせることはできないでしょう。もちろんその先にある父上の念願である古代兵器ゴーレムの量産化さえも……」

「だが、ルーナが操っておるではないか」

「知って……おられたのですか」


 知らないと思っていた。

 ルーナ・オセロットが既に古代兵器ゴーレムを使いこなしていることなど。それを使って数々の修羅場を俺と共に潜り抜けてきたことなど、家庭を顧みないギガルトは知らない物だと思っていた。

 毎日、この国の貴族のご機嫌伺いのために飲み歩いているだけの凡愚だと思い込んでいた。


「知らないことがあろうか。ルーナはどうやら古代兵器ゴーレムを使いこなせるようになったようだし、これも日々の鍛錬の成果であろう。よくやったぞルーナよ!」


 嬉しそうに言葉をかけるが、対するルーナはにこりともせずに頭を少し下げるだけだった。


「はい、ありがとうございますお父様」

古代兵器ゴーレムの量産化の体制もようやく整った。城の地下の魔導機関による古代兵器精製所は既に完成しておる。あとは王に古代兵器をお披露目し、許可を貰うだけだ。その準備をしろ!」


 俺を指さし、偉そうに命令を飛ばすギガルト。

 その態度に少しカチンとくるが、ここで波風を立てても仕方がないと俺もルーナに倣って小さく会釈をする。


「了解しました。父上」

「明日、王の眼前で古代兵器ゴーレムの稼働光景を見せ、兵士として運用できると見せる。そのためにルーナに練習させておけ、シリウスよ!」


 そんなこと直接今、ルーナに言えばいいのにどうして俺を仲介させるのか。

 なんだかギガルトの傲慢さが感じ取られる言動だが、まだ大人しく従っておこう。


「わかりました、父上」

「フン……ッ! ではつつがなくな。ちゃんと古代兵器ゴーレムを綺麗にしておけよ。王の前にさらすのだ。汚れでも一つあろうものなら、オセロット家の家名にそのままこびりついているものと思え」


 怒ったように肩を振り回して背を向けたかと思えば、ガッハッハと笑いながら歩き去っていくギガルト。

 感情の起伏が激しいお方だ。

 本当に典型的なよくいる権力に目がくらんだオッサンという感じだ。


「フゥ~……まぁ何はともあれ、まだリタのことが問題にされていなくて助かった。古代兵器ゴーレムの量産化は……あの父が何をしたいか知っているから、手は打たねばならないだろうが。先延ばしで考えよう。とりあえずは古代兵器ゴーレムを見せつけるだけなら……」


 とくには問題はないだろうとリタを見上げると、やはり何もわかっていないような顔で虚空を、ボーっと見つめていた。


「それではお兄様。お父様から古代兵器ゴーレムを綺麗にするように言われましたので、ルーナはこれから学校に行く間の時間、地下室で古代兵器ゴーレムのお顔を拭かせていただきます」


 食事を終えたルーナが口元を布巾で拭きながら立ち上がる。


「ああ、頼んだ」


 俺も食べ終わったらすぐに向うかなと思いながらも返事をする。


「はい。古代兵器ゴーレムはお兄様のお顔をされているのです。そこに汚れが一つでもありましたらこのルーナ。一生の不覚で、一生自らを許すことができないでしょうから」

「うむ。うん……?」


 古代兵器 ゴーレムはお兄様のお顔……?


「マズい—————‼」


 ガタッと椅子に音を立てさせ立ち上がる。

 父は———ギガルトは恐らく今の古代兵器ゴーレムの姿を知らない。

 シリウス・オセロットの姿かたちに外見を改造された古代兵器ゴーレムの姿など———!

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