第133話 ことの始まり

 カチャカチャと食器の音が響くオセロット邸の食堂。

 この家の長男である俺、シリウス・オセロットと妹であるルーナ・オセロットが使用人が用意した食事を食べている。

 いつもの朝の光景だ。

 二人の貴族の兄妹が執事とメイドに見守られながら朝食をとる。

 転生した現代日本人である俺にとって、見つめられながら食事をするという習慣が最初は慣れなかったものの、しばらくするとすっかりなじんでしまった。下着と一緒だ。

 それもこれも貴族らしく振舞おう、悪役貴族シリウス・オセロットらしく振舞おうと心掛けているからだ。

 だから、毅然とした態度で食事をとり続ける。

 そんな俺に対して、対面に座っているルーナは落ち着かない様子だった。

 ジッとある一点を見つめている。

 そこにいるのは、


葡萄ぶどう ジュースをお注ぎいたします」

「うむ」


 俺の減ったワイングラスに葡萄の果汁を注ぎ込むリタ。

 彼女は俺のすぐ横に待機しており、大きな金属製の葡萄ジュースがたっぷり入ったポットを持ち続けている。そして自らの役目と言わんばかりに少しでも俺の飲み物が減ると注ぎ込む。

 例え、それが一口減っただけだろうと。


「……あの、お兄様」

「なんだ? 妹よ」

「その方は……いったい?」


 ルーナが眉を潜めてリタを見つめる。

 ルーナにしては珍しい表情をしていた。いつもは従順でおとなしい、兄であるシリウスに逆らうどころか自ら意見を出すことすらもはばかるそんな妹だ。

 そんな彼女が〝訝し気〟と呼ぶにふさわしい視線をリタに向けている。その瞳からリタに対する不信がありありと感じ取れた。


「ああ……こいつはリタ。昨日からメイドとして雇うことになった」

「それはそれは……急な、お話でございますね」

「ああ、こいつとはちょっとした知り合いでな。よりどころがなくなったというので仕方なく雇ったと言うわけだ」

どころ というのは———『スコルポス』のことでしょうか?」

「……………」


 ずばりと指摘され、若干焦る。

 そういえばルーナは知っているのだった。

 リタがマフィア組織『スコルポス』の一員であることを。

 何故ならば、以前開いたモンスターハント大会という全校生徒を鍛えるという名目でやったエンターテイメントイベントの運営にルーナは携わり、安全管理のために快く協力してくれた外部組織こそが『スコルポス』だった。

 学校のイベントにマフィアの手を借りるなよと冷静になると思うが、悪役貴族である俺が運営しているのだ。その程度の刺激スパイスはある。

 そこでマフィアと妹は手と手をとりあって、大会を無事終わらせるよう尽力していたのだった。


「ああ……そこにいられなくなったのでな。知り合いも少ないということで、オレを頼らざるを得なくなったというわけだ」

「はぁ……では、やはり『スコルポス』は解散してしまったのですね」

「…………耳が早いな」

「い、いえ……『スコルポス』の方々が表向きの場として経営してた大型商店『イタチの寄り合い所』がもぬけの殻になっていましたので……それに彼らは先日のアリシア王女誘拐に携わっていましたので……」


 おずおずと答えるルーナ。

 そうなのだ。

 『スコルポス』はやらかした。

 このガルデニア国王女を誘拐しようとしたのだ。悪行を家業とするマフィア組織と言えどもそこまでの所業は看過できない。存続を許されずに王国直下の護衛騎士隊が『スコルポス』のボスを捕えようと血眼になって探している。

 そんな状況下で呑気に表の顔である商店『イタチの寄り合い所』を経営し続けることなどできない。

 『スコルポス』は雲隠れした。

 いまではどこでどうしているのかもわからない。

 もしかしたら虎視眈々と———次の手を打っているかもしれない。


「ですので……リタさんがここにいるのは大丈夫なのでしょうか?」


 チラリとリタの顔色をうかがいながらルーナが意見をする。


「大丈夫……とは?」

「その……アリシア王女を攫ったのはリタさんでしたので、ここでメイドとして雇うというのは、かくまっているとガルデニア王室から捉えかねないか、と……」


 不安そうだ。

 こうして意見をするのも兄の身を立場を案じての事なのだろう。それだけ優しい妹なのだ、ルーナ・オセロットは。


「案ずるな妹よ。この程度は座興よ。すねに傷あるやつを傍に置いておくのも面白い。王室のご機嫌伺いを常にするほどこのシリウス・オセロットは臆病ではない。もしも来たとしてもこの手で跳ねのけて見せようぞ」


 グッと拳を握り見せつける。 

 すると妹は、


「———流石でございます。お兄様」


 深々と首を垂れた。

 何が流石なのかわからないが、敬意を払ってくれているようだ。

 適当にあまり脳を使わないで答えた言葉なのに、妹は全肯定してくれている。

 それだけ思考する能力を奪われているのだろう。

 どうしてもそう邪推してしまう。

 俺がこの世界に来る前……いや、転生した俺という人格が覚醒する前か。

 シリウス・オセロットの元々の人格は、この優しい妹を虐待していた。精神をギリギリまで追い詰めるほどすり減らしていた。

 それはシリウスが『紺碧のロザリオ』というこのゲーム世界で元々〝悪役貴族〟という〝役〟であったから。そういう振る舞いロールをしているのだろうと思っていた。

 憎まれる悪役として、憎たらしい立ち居振る舞いをしなければいけないのだと思っていた。

 だが、それもどうやら———違うようだ。

 チラリと俺はリタを見上げる。

 その身体から、目には見えないが感じ取れるものがある。

 禍々しい人ならざる魔力のオーラを。

 リタは———魔族だ。

 その魔族が、俺を、シリウス・オセロット個人を頼ってやってきた。

 そこにはシリウス・オセロットが単純な悪の貴族ではない何かがあるような気がした。


 ————バァン‼‼‼


 突然、食堂の扉が開かれ驚いて目を向ける。

 あまりに唐突な出来事に俺ですら少し心臓を跳ねさせ、音を立てた人物を注視すると、その人は予想できる範囲のはるか外の人間だった。


「父上⁉」


 金の刺繍の入った派手な貴族服を着た壮年の男。この家の当主、ギガルト・オセロットだった。


「シリウス! 話がある!」


 テトラと呼ばれるここら一体の地方の領主であるギガルトは多忙で滅多に帰ってこない。家にいたとしても夜に少し寄るだけで寝ることはなく朝になるといなくなってしまう。

 そんな父が朝に家族の前に姿を現すと言うのは初めての事だった。

 ずんずんと近寄って来る父に対して、若干の緊張を表情に出してしまう。

 そんな俺に対して父は言い放つ。


「シリウス‼ 王室からお呼びがかかったぞ!」

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