第三部 復習の終わりと魔族の復活

第132話 新しい朝と新しい〝メイド〟。

「おはようございます。ご主人様」


 少女の声で、意識が覚醒する。

 重たいまぶたを開き、ぼんやりと視界がはっきりとしていくとすぐそばに可愛らしい人形のような少女の顔がある。

 銀色の髪に宝玉ルビーのような瞳をしたロリの少女。


「…………おはよう。リタ」

「はい、おはようございます」


 俺はおそば付きのメイドに朝の挨拶をする。

 シリウス・オセロットのおそば付きとなったロリメイド———リタに。

 彼女はクローゼットの中から俺の制服。シリウス・オセロット特注の白い学ランを取り出しながら、テトテトと俺に歩み寄り、


「バスローブをお脱ぎください、ご主人様。お着替えをさせていただきます」

「ああ……」


 彼女に促されるがままに腰ひもをほどこうと手にかけるが、リタは自分で「脱げ」と言っておきながら白ランをテーブルの上に置くと俊敏な動きで俺の足元に膝を落とし、自らの手でバスローブを脱がそうとする。

 それがメイドの役目だと言わんばかりの雰囲気が彼女の全身から発せられる。


「やめろ。そこまではしなくていい。服を脱ぐぐらい自分でできる」

「ですが。これもメイドの仕事ですから」


 一生懸命腰ひもをほどこうとするリタの手を掴み、抵抗する。

 細くて華奢な腕だ。少し力を込めればぽきりと折れそうな枝のような二本の二の腕。

 だが、引っぺがそうとしてもなかなか動かない。

 シリウス・オセロットは聖ブライトナイツ学園という魔法騎士を育てる学園の中で五本の指に入るほどの実力者。人間離れした強大な魔力を持ち、それが自然な防壁として体の表面を覆うほどに桁違いの才能を持つ男。魔力はこの世界ではそのままエネルギーとなり、身体能力が増加ブーストされる。つまりは魔力が大きければ大きいほど、単純な筋肉にる能力も増加される。

 シリウスの筋力ちからは岩をも砕ける。

 その力でもリタの手はピクリとも動かない。

 問答無用で俺のバスローブを引っぺがしに来る。


「この、馬鹿力が」

「それだけが取り柄ですので」

「ああ、よく知っているよ。一週間前にお前とオレは激闘を繰り広げたばかりだからな!」


 彼女は、敵だった。

 元々はメイドなどではない。

 聖ブライトナイツ学園の生徒会長であるシリウス・オセロットの敵。マフィア組織『スコルポス』の戦闘員の大斧使いのリタとして立ちはだかり、死闘を繰り広げた。

 それも聖ブライトナイツ学園が置かれている国、ガルデニア王国と以前戦争をしていたプロテスルカ帝国との争いを、また勃発させようと考えていたプロテスルカ貴族の悪女———アリサ・オフィリアの手によってガルデニアの王女アリシアが誘拐されそうになったことがきっかけだ。その誘拐事件に『スコルポス』は関与し、その実行犯として参加していたのがこのリタだった。

 アリシアを助けるために俺はリタと戦い、アリシアを奪還した。

 そんな敵と味方で激しく争い、俺は彼女に右腕すら折られたのに———今はそんなことはなかったかのようにリタは俺に奉仕する立場にいる。


「……あの時は申し訳ございませんでした。あなた様が〝魔王様〟とは知らず手を上げてしまい……あの時に折ってしまった右腕の償いは何でもさせていただきます。〝魔王様〟が望むのならば、わたくしの命でも、身体でも、心でも、好きに蹂躙してくださって構いません。この体は、リタは、あなたに付き従うために生まれてきた存在モノですから」


 従順にこうべを垂れるリタ。それでもやはり俺の服を脱がそうとする手を止めようとはしない。


「付き従うために生まれてきたのなら、オレ の意に沿ってこの手を離してくれないか?」

「それとこれとは話が別ですので」


 別では、ない。


「いいから離せ! 服を脱ぐぐらい一人でできる!」


 体を大きく捻り、腰ひもを強く引っ張りリタの体制を崩す。

 リタは「あ」と声を上げて前のめりになり、俺の右側に腰を捻る動きに合わせてつんのめって床に倒れる。


「あ」 


 と、今度は俺が声を上げてしまう。

 リタを振り払おうとはしたが、転ばせようとまでは思っていなかった。

 ぶつけた鼻を赤くしながら体を起こすリタを不憫に思っていると彼女は顔を上げてまた、


「あ」


 と、口を大きく開けた。


「な、何だ?」


 こっちが心配していると言うのに、リタは何かに気づき呆けたような、魂を抜かれたような表情をしていた。

 そして、少し頬を赤くする。

 何かに見惚れているように。


「———ご立派ですね」


 りっぱ……?

 何が?

 彼女に視線を辿る。

 ゆっくりと視線を下の方にやる。やる————。


「おや?」


 俺の下半身が丸出しになっていた。

 俺は下着をつけていなかった。

 この世界の風俗、貴族の習慣らしく寝るときに下着はつけない。

 この世界に転生した当初こそは慣れなかったが、今ではノーパンで寝ることの快適さに気づき、数か月間〝それ〟で過ごしている。

 寝るときはバスローブ一丁という習慣。

 当然、腰ひもがはぎ取られてしまえば、前が開いてその下の肉体からだ が公開されてしまう。

 普段隠されている下の剣も、外にさら される。

 朝らしく、男性の肉体の仕組み状仕方なくそそり立つそれを、ロリの少女の眼前に突きつけてしまうことになる。


「———流石です。〝魔王様〟」


 ————恥ずかしい。


 〝しもつるぎ 〟にリタは恭しく首を垂れるが、俺はいち早く体を隠したかった。女のような悲鳴を上げて自らの身体を抱きしめたい衝動にかられた。

 それは———できない。

 何故なら俺は———悪役貴族、シリウス・オセロットだから。

 この世界に〝悪〟として君臨しなければいけない———シリウス・オセロットなのだから。

 だから、そんなオレ にふさわしいセリフは、


「だろう?」


 の———、一言だった。


「はい———、流石は魔王様でございます」


 もう一度同じことを言うリタ。

 俺のモノに対して敬意を込めて首を深々と下げながら。

 だが、何処に対して敬意を持っているのか。 

 確かに俺は魔族の王である、古の魔王ベルゼブブを体内に宿しているかもしれない。

 だけど———少なくともソコにはいねえよ?


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