第四部 悪役貴族と白鳥になる妹
第205話 この世界にも文化祭はあるらしい
あの地下都市でのなんやかんやから数週間の時が過ぎた。
シリウス・オセロットの体の秘密。
魔族の秘密。
ビバレント家の秘密。
その他いろいろ……。
悪役貴族としての根幹を揺るがす真実が雪崩のように頭に入っては通り過ぎて行った。が、聖ブライトナイツ学園という『紺碧のロザリオ』というゲーム世界内の騎士学園の日常は続いていく……。
その日々は空想の中にあるのか、それとも地球とは別の異世界での現実なのかは俺にはわからないが……。
今の
悪役貴族———シリウス・オセロットとして。
◆
「あっついなぁ~……」
聖ブライトナイツ学園三階、生徒会室にて。
真紅の髪の美少女、アリシア・フォン・ガルデニアは制服の第一ボタンを外して大きく胸元を開け、手で扇いで風を送り込む。
彼女はこの学園のある王国、ガルデニアの第三王女であるのだがそうとは思えないほどだらしない仕草だ。
「下品だぞ」
一応指摘しておく。
「そんなこと言ったってししょーは熱くないのか?」
熱い。
俺がこの世界に三か月の時が過ぎて———今は七月。
日本とは全く違う剣と魔法の異世界ではあるが、ゲーム世界が元である故か一年十二か月と春夏秋冬の四季は共通している。
なので、俺はじりじりと窓から差し込む日差しに今も背中を焼かれ続けている。
「熱くはない。心頭滅却すれば火もまた涼し、だ」
「しんとーめっきゃく? ししょーは偶によくわからない難しい言葉を使うなぁ」
流石に日本の慣用句はこの世界の人間に通じないか……同じ日本語で会話しているのに不思議なものだ。いや、もしかしたら俺が口を動かして発している言葉は日本語ではなく、何か特別な力でこの世界の言語として自動的に翻訳されて発せられているのかもしれない。
そうだとしたらどうやっても彼女たち、この『紺碧のロザリオ』のゲーム世界の住人が発している言葉を日本語としてしか聞き取れない俺には認識できない。
ふわっ……。
考えてもしょうがないことを考えていたところ、頬に柔らかな風が当たった。
「む? ルーナか?」
「はい、お兄様」
横を見てみると
「生徒会長であるお兄様の席は一番窓際。であれば一番外からくる熱を浴びる場所にいらっしゃいます。そのような誰にでも耐えられることのできない熱による苦痛を少しでもこの不出来な妹、ルーナは和らげたいと思っているのです」
「……そうか、励めよ」
「はい」
誰にでも耐えられると思う……割と。
そりゃ確かに我慢弱い子供は夏の日差しに対して根を上げるかもしれない。が、転生する前はバリバリの日本のサラリーマン。地球温暖化とコンクリートジャングルによって地獄と化した街中を真っ黒なスーツ姿で歩き回ったこともある。営業で。
あの時代の辛さに比べたら……。
最も———この世界にいつまでいられるかはわからないが。
所詮、この肉体は、この世界は仮初のものだ。
「……あと
壁には
今のページは『七ノ月』とその下に日にちが七つ区切りで羅列されている。
その裏には恐らく『八ノ月』と書かれてあるページがあり、その下の日付の十五日にはこう書かれているだろう。
決闘祭、と。
この聖ブライトナイツ学園で年に一度開かれるビッグイベントで〝魔法騎士〟としてどれだけ優秀な存在であるかを示す大会のこと。
それは現代日本学校でいうところの体育祭のようなものでもあり、期末テストのようなものでもあり、就職試験のようなものでもある。
この結果により1・2年生はそれ以降の半年間の騎士ランクという名の学園内での
そして『紺碧のロザリオ』の悪役であるシリウス・オセロットはその『決闘祭』で命を散らす。
そういう運命である。
シリウス・オセロットは主人公の前に立ちふさがる鬼畜外道の悪役なのであるからして。
主人公、ロザリオ・ゴードンに殺されなければいけない。
ゲームのシナリオ通りに。
「ところでロザリオがまだ来ていないようだが?」
生徒会長席である部屋の扉の対面にある場所から見て右手側の真ん中。そこが柔らかな笑みを浮かべる優男、ロザリオ・ゴードンの定位置なのだが、まだ空席だ。
「クラスの会議がまだ終わっていないそうです」
ルーナが答える。
「会議?」
「ああ、なるほど時期だものな」
と、アリシアが納得の声を上げる。
「時期……とは何のことだ? アリシア」
「いや……もうすぐ『決闘祭』なんだから、前夜祭って言われている『
「……そんなイベントあったのか」
「いべんと……?」
一応、『紺碧のロザリオ』はプレイ済みだ。サラリーマンになる前の大学時代の暇な時期に、本来たしなんでいないギャルゲーというジャンルのものを気の迷いで購入し、全ルート制覇した。
だけどその5人のヒロインのルートのうち、どのルートもそんな『剣忘祭』なんてイベントはピックアップしていなかったような……。
「ギャルゲーならそんな文化祭みたいなイベント。やっておくのが普通だろうに……」
「ぎゃるげ? ぶんかさい? ししょーがまたまた意味のわからんことを言ってる……」
アリシアが俺の独り言に対してぶるぶると肩を震わせ怯えはじめてきたので、いい加減ゲーム知識が含まれている独り言はやめることにしよう。
「それで? クラスと言ったが、その『剣忘祭』は各クラスが自由に出し物を決めるのか?」
「そうだろう? ボクは今年入って来たばかりの一年生なんだから詳しくは知らないよ。一刻も早くここにきたかったから、クラスの会議も抜けてきたし」
俺の質問に対してアリシアはしーらないと、両手を頭の後ろにやって背もたれに体をもたれかからせる。
「そういえばそうか……」
この生徒会はシリウスが学園を私物化するために無能な生徒で固めていたのを、転生した俺が
その結果俺以外が全員一年生で学園の慣習に疎いとなった。
「二年生以上の人員も増やした方がいい、か……」
今後のためにも———。
「失礼します。遅れました」
そんなことを考えていると、落ち着いた男子生徒の声と共に生徒会室の扉が開かれ、ロザリオ・ゴードンが入室してきた。
「ご苦労、ロザリオ・ゴードン。貴様のクラスでの会議は
「ええ、ウチのクラスの第一希望は劇になりました。なので、選考をお願いします」
と、ひらりと「企画書」と書かれた紙を俺に向ける。
「……ああ」
チラリとロザリオの顔を見る。
「? 何か?」
「……いや、何でもない」
彼は平然とした様子だ。
まるで何事もなかったかのように。
先日のグレイヴ・タルラントの事件など、なかったかのように……。
「『ジーク・ルード』……とだけ企画項目には書かれているがこれはなんだ?」
懸念をとりあえずは置いておいて、書類の内容について尋ねる。
「劇のタイトルですよ。よくある定番の演目です」
そうなのか? とアリシアを見るが、彼女は両手を胸の前に添えて、「ああ、アレをやるのか……いいなぁ……」と悦に入った様子で呟いている。
確かにこの世界ではよくある定番の演目らしい。恐らく『ロミオとジュリエット』的な何かだろう。
「そうか、では、受け取っておく。精査しよう」
ロザリオは先ほど「選考をお願いします」と言っていたのだから、恐らく生徒会が各クラスの出し物の希望を確認し、バランスを考慮して最終決定をするのだろう……。
何となくそう思う……。
後で『バカでもわかる生徒会業務手引き』を確認しておこう……。
「お願いします」
と、ロザリオはなぜかルーナの方を見てにこりと微笑んだ。
「?」
対するルーナは視線の意味が分からず首をかしげる。
「会長。会長はウチのクラスの企画。通してくれると思いますよ? なんてったってウチの劇の主役はあなたの妹さん、ルーナ・オセロットなんですから」
「…………は?」
予想外のセリフに、思わず妹を見ると、
「…………はっ⁉⁉⁉⁉⁉」
今まで聞いたことのない音量での「は」が彼女の口から飛び出した。
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