第203話 アッシュのお願い

「他の〝魔族〟……兄上は一体何をおっしゃっているのです?」


 アリシアが尋ねるとアッシュは「あ」と明らかに彼女の存在に気が付いていなかったかのようなリアクションをした。

 そして彼女の方を向いて、


「アリシア……悪いけど席を外してもらえるかな? 少しシリウスと二人だけで話したいんだ」

「でも……」

「頼むよ。それにこの話は万が一にでも知られてはいけないことだ。表の女生徒たちも、まだいたら人払いを頼みたい」


 シン……っと廊下側の声は止んでいるが、まだ人の気配はする。

 女生徒たちがたむろしていて、こちらへ聞き耳を立てているのだろう。


「し、ししょう……」

オレの方からも頼ませてもらおう。アリシア。これはあの地下に行ったオレとアッシュとだけした方がいい話だ」


 俺にも言われるとアリシアは渋々と立ち上がり、生徒会室を出た。

 そして表にいる女性徒たちに「ほらほら、重要な話があるから散った散った!」と女生徒たちを追い払っているとぶーぶーとブーイングが発生し、やがてその声も遠のいていく。


「……さて、シリウス。君は〝魔族〟についてどこまで知っている? グレイヴ・タルラントに、グランド・フォン・ガルデニアにどこまで聞いた?」

「……荒唐無稽な話だ。元々はこの世界は〝魔族〟のものであり、正しく管理されていた。それを貴様らの先祖が簒奪し、今の人間の世界を創った———と、王族である貴様には信じがたい話だ」

「ふむ」


 アッシュは顎に手をやり少し考えこんだと思ったら、


「確かに信じたくはない話だけど———事実は事実だ。変えようがない」

「…………」


 なら、そんな話をなぜわざわざ今するのか。

 俺はアッシュの表情を注視する。

 奴も奴で笑顔の奥に俺を値踏みするような瞳を持って俺へ向けていた。


「〝魔族〟という魔力の満ちた人間の上位種がこの世界を管理していた。何千年もね。それを我らの先祖は奪い、世界を人間のモノにした。それは何故だと思う?」

「さぁな。欲が深かったとしか言いようがないのではないか?」

「それもある。だけど、もっと純粋だ。僕たちの先祖は、ルキウス・ガルデニアはもっと純粋な気持ちで王位を奪った。それは———変化だ」

「変化?」

「魔王に管理されていた世界は平和だったかもしれない。だけど何も変化がなかった。進化がなくただ一定のなぎのような平穏が流れていた。それが千年以上も、だ。それは体内の魔力が尽きない限り生き残る〝魔族〟の……いや、生き続けてしまう〝魔族〟にとって退屈極まりない世界だった」

「貴様の先祖は退屈だったから、その平和な世界を壊したと?」


 そう問いかけるとアッシュは可笑しそうに「フフフ」と笑った。


「そうとも言えるけれども———他の〝魔族〟とは違って頭が良かったとも言える。退屈を紛らわす方法が二つある。一つは行動をして変化を起こすが、もう一つが何も考えずにその平和が永遠に続くと信じて眠り続けるか。他の多くの〝魔族〟は眠るように生きて、僕たちの先祖は行動をした。それだけさ」

「それで今の戦争の絶えない世の中に成ってしまっては世話はない……と、グレイヴ・タルラントは言っていたが?」 


 アッシュの言葉の中の……、ルキウスの考え方は共感できる。してしまう。

 平和は退屈で、そこから抜け出すために自分から行動を起こすことは普通の人間の真理として当たり前にあると思う。そういう衝動から〝進化〟という現象はおうおうにして起こる。

 だが、それによって傷つく人がいるのも事実ではある。

 無鉄砲は自分だけでおさまらず周りも巻き込む。

 そういったネガティブな面を無視して、全肯定するのは普通の人間の神経ではできない。


「確かに人間は争ってばかりいる。だけどそれは進化のためには仕方がないことだよ」

「進化?」

「シリウス。君はこの世界は永遠に続いていくと思うかい?」


 そう言ってアッシュは窓の外を見つめた。

 青い空がどこまでも広がっている外を———。


「どういう意味だ?」

「今は平和だ。だが、明日にもプロテスルカ帝国がガルデニアに攻め込んできて平和は崩れるかもしれない。それでも人類全体で見たら平和そのものだ。世界の生命体全体で見たら……平和そのものだ。地上で一番権力を持っている存在が誰かが入れ替わるだけで、生命はいつまでも反映し続ける。だけどそれが突然終わる時が来るとしたら?」


 アッシュは指を一本立てて、空を指さした。


「シリウス。君は突然、空が落ちてきたら……と考えてきたことはないか?」


 それは……、


「アッシュ。それは———杞憂というものではないか?」


 地上に、突然隕石が振ってきて人間が絶滅してしまうのではなかという妄想は、幼い時に誰だってする。

 だけど、現実ではそんなことは滅多に起こらないと誰もが知っている。


「そうだね。だけどルキウス・ガルデニアはその万が一にでも起きる脅威を考えて、それは魔族の停滞している帝国では対応できないと考えた。そのために千年の時をかけて人間を……いや、この世界の生命体を進化させようとしてきた。だけど、一部の生き残りの〝魔族〟はそれをわからずに無暗に古の王権を復活させようとしている」

「…………」

「シリウス……君はアン・ビバレントを知っているか?」

「———ッ⁉」


 突然、予想もしていない名前が出てきてビックリして目を見開いてしまう。


「知っている……が?」

「彼女の家が元々———〝魔族〟を狩る役目を持つ一族であるのは知っているか?」

「それも知っている……が? だが、それは王族にも伝わっていない、ひそかな役目だとも聞いたが?」

「ああ、王族でも一部でしか知らない。僕以外の王子は誰もビバレント家にそんな重要な役目がある家だとは知りもしない。そして、なぜそんな役目があると思う? そもそも、今の時代までどうして〝魔族〟を狩る役目をビバレント家は背負い続けていたと思う?」

「それは……」


 考えられる答えは一つだけ……だが、


「そう——〝魔族〟はまだ生きている。それも何人も生き残り続けている。そしてひそかに人間社会に潜み、再び魔族の帝国を築こうとしている」


 それに関しては、既に心当たりが一人いる……が、


「にわかには信じがたいな。そんな陰謀論のようなこと———」


 その心当たりを現状俺は匿っているようなものなので、一応なんのことだかさっぱりわからないと言う態度をアッシュに対して見せる。

 だが、アッシュは真剣そのものの眼差しで———、


「〝魔族の組織〟は存在する。それを放置していては第二第三のグレイヴ・タルラントが現れる。だから、シリウス、僕は君に一つお願いを持ってきた」

「願い?」

「人間の世界に潜む〝悪〟である〝魔族〟を滅ぼしてくれ。君に、ビバレント家の役目を引き継いでほしい」


 彼はまっすぐ俺を見据えていた。

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