第201話 何だその嬉しそうな顔は?

 結局全く眠ることなく、俺は登校準備をして学園に向かった。


 徹夜で激闘を繰り広げた後なので全身に重りが付いたように気だるく本音を言えば学園になどいかずにゆっくり寝ていたいが、生徒会長としての体裁があるのでそれはできない。

 その上、上級生であるナミに偉そうに「学園に行け」と言ったばかりなのでなおさらだ。

 俺は疲れた体を引きずり、授業に出て、ぼんやりとした頭であらかた時間を潰し、休み時間になると生徒会室に引きこもり仮眠をとろうと思った。

 だが、そこにはアリシアがいて———、


「や」


 と気軽に声をかけてくる。


「……いたのか」


 生徒会室の扉を開けた瞬間、部屋中央に設置されている大長机の右側真ん中の席。

 アリシア・フォン・ガルデニアがいつも座っている定位置で、彼女は軽く手を挙げて俺を出迎えた。

 彼女の前には書類の束が広がり、おそらく次のイベントへ向けてなにか書類作業をしているところだったのだろう。


「アッシュからの要請……古代都市ゼブルニアで行われる、第二回『モンスターハント大会』は中止になった」

「え……」


 アリシアの手がピタリと止まる。 

 やはりそうなのではないか、と思った。

 昨日、アッシュが来てグレイヴ・タルラントを捕まえるために『モンスターハント大会』を開催してくれと言ったばかりだ。そのための準備を進めていたのだ。

 だが———、


「その必要はなくなった。昨日……というか、先ほどだが……オレがグレイヴ・タルラントを倒してきたからな……」


 のそのそとアリシアの後ろを通り過ぎ、生徒会室奥にある生徒会長室に辿り着きそこに腰を深く沈める。


「倒してきた? 一人でか?」


 心配そうな目を向けて来るアリシアに対して、俺は腕を組んで目を閉じながら息を「ふぅ……」と吐く。


「いや……ロザリオとナミと……あと、アンと……人手が欲しかったが、急だったからな。それだけのメンバーしか集まらなかった」


 俺の言葉の半分は嘘だ。

 そのメンバーで向かった一番の理由は敵が『スコルポス』の元リーダーであることが大きいが、アリシアはその『スコルポス』に誘拐されかけた経験がある身。余計な情報を与えて刺激しない方がいいだろう。

 ロザリオとアンは元『スコルポス』だと知っている人間は少ないし、リタと行動を共にした……今でも屋敷で匿っていることは言わない方がいい。特にリタのことに関しては、アリシアを誘拐した実行犯その人なのだから。


「アン……? アンって、アン・ビバレントか?」

「ああ、アンがどうしたのか?」

「いや、同じクラスだから……」

「ああ……」


 そうだったのか……知らなかった。

 確かにアリシアもアンもこの聖ブライトナイツ学園では一学年生。同い年なのだから教室を共にしていてもおかしくはないのだが、基本的に教室外でしか両方とも会わず、原作ゲームでもクラスについては特に重要な設定じゃなかったため対して気に留めていなかった。


「どうして、アンが師匠と行動を共にしたんだ?」


 ジト目を向けられる。

 全く知らない間柄だと思っていた二人が実は関係を持っていたと知って訝しんでいる瞳だ。


「それは……たまたま近くにいたから巻き込んだだけだ」

「ホントか? ナミさんやロザリオはわかるけど……アンは……確かに一年生の中では騎士ランクB で強い方ではあるけれども……何か隠していないか?」

「隠してなどいない」


 本当のことなど言ってたまるかと俺は彼女の視線から逃げるように顔を俯かせ、


「疲れている。だから少し寝る」


 と、疲労を隠さずに目を閉じた。


「………ボクも連れて行って欲しかったな」


 ぽつりと愚痴をこぼすアリシア。


「…………」


 昨夜、アリシアを同行させた方がいいのではないかと少しは考えた。

 だが、やはりアンルートのラスボスのグレイヴ・タルラントと対峙させるにはまだ実力に不安があった。


「たわけ。無傷でことを終えたことを喜ぶがいい。貴様自身に万が一のことがあったらどうするつもりだ」

「……それって」

「何だ?」

「ボクを危険にさらしたくなかったからって———こと⁉」

「…………」


 まぁそうとも言えるが。

 何だか妙にアリシアの声が弾んでいるな。


「師匠がそれだけボクのこと、大切に思ってるってこと? 守りたい存在だと思ってくれていたってこと?」


 いや、そこまでいくと拡大解釈だろう。


「違う! いいか⁉ 貴様は仮にも王族なのだぞ! 王族である貴様に万が一のことがあったらこの国が面倒なことに……何だその嬉しそうな顔は⁉」


 重たい瞼を開いてアリシアを見やると何だかキラキラした目で俺を見ていた。


「そういうことでしょ? ボクを傷付けたくなかったから、危険に巻き込みたくなかったって……」

「そうだ。だが、大切に思っては……」


 まぁ、いるが。

 同じ生徒会室の仲間であり苦楽を長い間共にしている。

 だがそのことを素直に伝えられるのはこっずかしいし、なによりシリウス・オセロットらしくない。

 どうつたえたものか……。


「あのな、アリシア……、」


「「「キャァァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼」」


 アリシアに説明をしようと試みた瞬間、窓の外から黄色い歓声が聞こえてきた。


「今度は一体なんだ⁉」


 身を乗り出して校舎下を見ると、そこにいたのは———、


「キャ~~~~、アッシュ王子よぉぉぉぉ!」


 女性徒に囲まれている金髪の爽やかイケメン———ガルデニアの第一王子アッシュ・フォン・ガルデニアがいた。


「やぁ! シリウス!」


 彼は俺に気づくと歯を見せて笑い手を挙げた。


「……またか」


 俺はまた面倒ごとが起きそうだと窓から身を話し、生徒会長椅子に腰を沈めた。

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