第200話 ギガルトの本心
「腐った国……? と言いますと?」
ガルデニアが、ということだろうがあまり同意できなかったので聞き返す。
「この国が、だ。戦争は終わり、兵士はもう要らんというのにいまだに騎士学園などを作り次から次へと騎士を生み出し、そのくせガルデニア軍に新しい席を設けず、あの学園の卒業生は街でせっかくの魔法と剣の腕を披露できず腐らせておくばかり、おかげでグランド様は……グレイヴ・タルラントは『
「受け皿?」
ギガルトの話を聞きながら、俺はアリサ・オフィリアと初めて出会った時のことを思い出した。
ハムリア館で開かれた、アリサ・オフィリアの歓迎パーティー。そこで集まった聖ブライトナイツ学園の卒業生。そこには何人か見知った顔があり、マフィア組織『
「グレイヴが聖ブライトナイツの卒業生のことを思っていたとでも言いたげなセリフですね?」
俺がグレイヴの名前を呼び捨てにした瞬間、ギガルトの眉根に皺が寄ったが、怒りを抑えた様子で横を向き、
「……言いたげ、ではないそう言っているのだ。グレイヴ・タルラントは全てを失い街に降り、全てを知った。平和が何をもたらすのかも、平和を維持するために強い兵を維持し続ける難しさも、それに零れた人間の悲しみも、全てを知った。今のガルデニア王権を維持するためにどれだけの涙が流れているのかを知った。だからあの方は今の王権を、ジグワール一族から取り上げようとしていたのだ」
「とてもそんなことを考えているようには思えませんでしたが?」
口を挟むと、今度こそギガルトは怒りを隠さずに俺を睨みつける。
「貴様に何がわかる!」
「父上こそグレイヴ・タルラントのことを何もわかっていないのではないのですか? 奴は暴走しました。地下の古代都市ゼブルニア、魔族が作った都市に行き、大規模改変魔法のカナンを起動させて、ガルデニア国民を全員魔族へと変換しようとしていたんですよ? 父上もそれに巻き込まれる一人になるはずでした」
「…………」
「あなたは騙されていたのではないですか? 父上」
俺が、地下としで何を見て聞いたのか、ギガルトに報告したところ彼は黙り込んでしまった。
だが、やがてゆっくりと口を開き、
「———お前はあの方を何も理解しておらん」
俺が先ほど言った事と、全く同じことを言いだした。
「……平行線ですね」
苛立ち、肩をすくめた。
互いの考えがあまりにも違い過ぎて、意見が交わらない。
互いの心を理解できず、このままでは妥協点すら見いだせずにまた何もわからずに対立することになってしまうのではないか辟易してしまう。
「ああ、平行線だ。シリウス。貴様はいつからそうなった? 以前はこの父に歯向かうような人間ではなかったはずだ」
「それは……」
確かに、悪役貴族シリウス・オセロットは強きに従い、弱きをくじく人間だ。
本来はそうやって弱い者いじめをし、権力を持つ人間に対してはぺこぺこと従うそんなタイプの人間だった。だが、いつのまにかそんなことも忘れて好き勝手やってしまっている。
「親離れをする時が来たというところですかね?」
「……貴様、その言葉の意味が分かっているのか?」
ギロリと、ギガルトの眼光が強くなる。
わかっている。
下手をすれば俺は全てを失う。
今、聖ブライトナイツ学園で生徒会長として絶対的な権力を持っているのはオセロット家に名を連ねているからに他ならない。ギガルトの権力という後ろ盾があるからに他ならない。
そのギガルトと敵対すれば、俺はただの人になってしまう。
「縁を切りたければ好きにするがいい。ギガルト・オセロット。
俺は、路傍の石となり果てようと構わなかった。
元々このギガルトというオヤジは好きではなかったし、今回の件でほとほと愛想が尽きた。
自分が死ぬかもしれなかったのに、未だに妄信的にグレイヴを信じ続けるなんて愚かとしか言いようがない。
そう———こちらから絶縁宣言を突きつけてやったのだが、
「フン……ッ! 生意気なことを言いおって、腹立たしいがまだ貴様には利用価値がある。しばらくこの家にはいてもらうぞ」
ギガルトはそれを突っぱね、言葉遣いは悪いものの俺を引き留めた。
「よろしいのですか? もしかしたらあなたの邪魔をするかもしれませんよ?」
するかも……というより———する。
彼も彼で、
「やれるものならやってみろ」
ギガルトは体を回し、俺に正面を向け、胸を張って真っ向から俺の視線を受け止めた。
「だが忘れるなよ、シリウス―――先のことを考えよ」
「先のことと言いますと?」
「城でジグワールの子供たちを見ただろう? 近い将来あんな盆暗どもが国を背負うことになるのだ。その先に待つ未来は決して明るいものではないだろう」
「…………」
城でのアリシアの姉や、兄たちの態度を思い返す。
典型的な意地悪でずる賢い人間たちだった。
「やつらの手に渡る前に、もっとふさわしい人間に世界を廻してもらおうと考えるのはもの道理というものだ」
「———父上はそれが自分自身だと言いたいので?」
そう問いかけた俺の言葉に、ギガルト・オセロットは返事をしなかった。
「……行け。話は終わりだ」
そうして彼は背を向け、俺を部屋から追い出した。
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