第196話 覚醒か……死か。
ゼブルニアはグレイヴが生み出した黒い泥に浸った。
どこまでも無限に発生し続け、世界を覆いつくすのではないかと思われたが、古代都市ゼブルニアを沈めた途端、穏やかな様子になり、俺達が来た下水路を逆流して街へ溢れると言うことはなかった。
何にしても古代の大魔法カナンの発動と、ガルデニアの改ざんという事態は防ぐことに成功した。あの泥のせいで二度と誰もゼブルニアに行くことはできないし、グレイヴは……もう、
「死んだのか?」
暗い、下水路を辿り、地上の街までの帰り道。
ふとナミを担いで歩くリタに向かって尋ねた。
「グレイヴ・タルラントは力を暴走させて、全身から黒い泥を発した。あれで奴の命は尽きたのか?」
俺はロザリオを担ぎ、アンはその俺に付き添う。ロザリオはさっきまで喋っていたが再び意識をうしない、ぐったりとしていた。
「……そうとも言える。少なくとも、ボスのボスとしての人格はもうない」
「アレは何があった? ああいうことは魔族にも起こり得るのか?」
あの黒い泥は改めて何だったのかを尋ねる。
すると———、
「起こる」
と、リタははっきりと言い、自分の胸に手を当てた。
「この人間の体は魔族の強大な魔力を使うのに向いていない。魔界という強大な魔力ソースを持ち、その扉を開いたり閉じたりできる私たち魔族は、ものすごい魔法を使うことができる。だけど、それに対してこの〝体〟は脆弱過ぎる。あまりにも海の水を全て、細い管に通そうとするとその管は壊れ、海の水はあふれ出すでしょう? それと同じ。ボスはその力を使い過ぎて、壊れてしまった。だから———私はあまり魔法を使えない。いつか、私もああなってしまうから」
そして、後ろを振り向き、その先にいるグレイヴを見つめた。
「———その言い方。まるでああやって魔力の暴走が起きるのは確定しているような言い方だな」
「…………」
言い方が少し引っ掛かり、そう尋ねると———。
「現代に生きる魔族の死に方は皆同じ」
「同じ?」
「体内から魔力が溢れて、体が黒ずんで、死に至る———母もそれで死んだ」
「————ッ!」
「実際に何て呼ぶのかは知らないけれど、母はそれを〝魔壊病〟と呼んでいた。強すぎる魔力が体の内側からその身体を壊す。私もいずれそうなる。長くは生きられない———だから、」
彼女の視線が俺へと向けられる。
「現代を生きる魔族は、魔王様に目覚めてもらって、私たちを救済してもらうことを望んでいる」
「…………」
俺はロザリオを担ぎ直し、歩を進める。
「魔王に何ができるというのだ。体質の問題だろう?」
冷たい言い方だが、まるで俺が何かをしなくちゃいけないような言い方をしているリタを突っぱねるように言う。
だが、それでもリタは———、
「それでも———魔王様なら私たちを救ってくれるはず。祝福をくれるはず」
妄信的な言葉を唱え始める。
「ボスが、カナンを使ってしようとしたように。私たちの体を治してくれるはず。本来の魔族へ、と」
「……だが、残念だったな。グレイヴがやらかしたせいで、カナンへと続く道は永久に塞がってしまったぞ」
あのゼブルニアの南にあった大神殿すらも黒い泥に沈んでしまっている。
「カナンも関係ない。ご主人様なら、きっとできる———あなたの魂の波長はそう言っている」
リタは一貫して、無根拠に俺を信じてくれている。
「まさか」
「それに、〝魔壊病〟は……多分、ご主人様も他人事じゃない」
「何?」
ジッと無表情な目が俺を見上げる。
「ご主人様も人間と〝魔族〟の、それも魔王様の掛け合わせ。私たち現代を生きる魔族以上になにが起きるかわからない。もしかしたら、下手をすれば明日にでも、ボスと同じように魔力が暴走してしまうかもしれない……」
「…………」
ゾッとした。
グレイヴが黒い泥をあふれさせたのが地下だったから、被害はグレイヴ一人の死で済んだものを、あれが地上で起きたら……聖ブライトナイツ学園で起きたら何人死ぬかもわからない。
「その時は……それは止められないのか?」
「……止めるには、あなた自身があなた自身を変えるか……それが起きる前に」
リタは今度は胸に人差し指をくっつけ、
「———誰かに、殺してもらうしかない」
そう———言った。
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