第195話 失意のロザリオ

 ゼブルニア西側を駆け抜けて行く。


 ぴょんぴょんと破壊された古代都市の建物の上を飛び回り、眼下に広がる泥の海を眺める。


 どんどんと古代都市の壁を侵食し、生き物は勿論、鉱物である土色をした石壁も黒くずぶずぶに腐らせていく。

 ガラガラといたるところで崩落が始まっていく。

 グレイヴが生み出したこの泥は、全てのものから魔力を奪っているのだ。


「今ばかりは、シリウス・オセロットに転生したことを感謝しなくちゃな……」


 おかげで超人的な脚力で一切黒い泥の被害にあわずに、ゼブルニア北西の小神殿へと辿り着く。

 頂上に続く階段の中頃に着地し、いっきに飛び上がるように、上へと上がる。


「ロザリオ! ナミ!」


 そこには二人突っ伏して倒れている姿があった。

 俺は内心ほっとし、その二人の体を抱え上げて肩に担ぐ———、


「まったく世話が焼ける……」


 だが、この調子だと余裕で間に合いそうだ。

 まだ黒い泥は都市を20センチほど浸した程度。

 小神殿は20メートルほどの高さがあり、下の都市にはその半分程度の高さの建物はいくらでもある。

 その足場を使って出入り口に辿り着けばいい。


「……あれ? 会長」


 階段を降り、小神殿から別の建物へと飛ぼうとした瞬間だった。


「起きたか。ロザリオ」

「は、はい……ここは?」


 足場を飛び移りながら戻っている途中、寝起き特有の低い声で話しかけてきた。


「まだゼブルニアだ。これから帰るところだがな」

「そう……ですか……」


 一応、急いでいるし、油断してロザリオとナミを腕からすっぽ抜かすわけにもいかないので、前だけを見て集中する。

 だから俺の肩に干し布団のようにぶらんと引っ掛かっている二人の様子を伺うことはできなかった。

 だが、彼が目を開いているのなら、彼の視界には眼下の黒い泥が広がっている事だろう。


「あの、会長……ボスは……グレイヴ・タルラントはどうなったんです?」

「…………」 


 この足元に広がる黒い泥になったとは、言い辛いな……。

 今回はこういう結末に終わってしまったとはいえ、グレイヴは仮にもロザリオを鍛えてくれた師匠でもあるし、彼自身が知っているかは知らないが、実の父親なのだ。


オレが倒した」

「倒した?」

「ああ、だからもうカナンだとかなんだとかはもう関係ない。奴の脅威は退けた。安心しろ」


 具体性には欠ける言葉だが、意図は伝わるだろう。


「そうですか……会長が……」


 やはりロザリオは主人公なだけあって聡明で、それだけで何が起きたのかを勝手に察し、深くは聞いてこなかった。


「……しっかり掴まっていろ。魔力の黒い泥とかいうのが暴走によりあふれ出している。あれに触れたらどんな人間でも死に至る。だから落ちないようにな」


 忠告をしてやるが、ロザリオが俺の体にしがみつく様子はない。


「そうか……また会長が……」


 と呟き続けているだけだった。


「……結局、僕がどんなに頑張っても最後は会長が何とかしちゃうんだもんなぁ」

「…………」

「ハハ……ッ、まぁ、事態が解決できていいことですよ……だけど、あの人との問題は僕が解決したかった。無念です」

「……ロザリオ」

「はい?」

「……………」


 大丈夫か? 


 と、思わず声をかけたくなってしまったがそれは傲岸不遜の生徒会長、シリウス・オセロットらしくないと思いなおす。


「……励めよ」


 その結果、曖昧で何とも言えない言葉しか出てこなかった。


「ハハハ……ッ!」


 それに対してロザリオは渇いた笑いを返し、


「僕が、僕たちが何をどう頑張ろうと……結局は会長が事態を解決してきた。会長がやろうと思えば全部できるんです。ヒーローは僕じゃない。あなただ……」

「それは違うぞ」

「どこが違うって言うんです……もう、会長さえいればいんですよ。全部、あなた一人いれば何とかなる。僕は、頑張っても、何者にもなれない……」

「……………」 


 このまま黒い泥に突き落としてやろうかとも思ったが、それはできない。 

 何故なら彼の自信の喪失の原因は俺であることに他ならないからだ。

 この世界の、『紺碧のロザリオ』の本来の主人公であるはずの男の活躍の場を奪っているのは、俺だからだ。


「このまま……会長が全てを救い続ければいいんです……僕はやっぱり、何もしなくていい……」


「…………」


 挫折したロザリオにかける言葉なく、俺たちは黒い泥が満ちてゆくゼブルニアを脱出した。

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