第193話 過ぎたる力

 グレイヴはバルムンクを振り、その力を解放しようとした。


 が————、


「…………何故だ! 何故儂の声に応えんバルムンクよ!」


 何も———起きなかった。


 魔剣は影をその刀身から出すことなく、ただの黒い剣としてグレイヴの手に収まっていた。


「く———! バルムンク! バルムンク! 魔剣よォ!」


 声に出して呼びかけるグレイヴ。

何度も何度もブンブンとその剣を振るが、魔剣は応えない。


「……どうやら、運に見放されたようだなグレイヴ・タルラント」

「何⁉」

「本来であったら魔剣それはお前のものだった。だが、何の因果かそいつはオレに出会い、オレを選んでしまった。力はオレに移譲し、他人は使えなくっている……」

「何を、何を言っている⁉」


 本当に、ルートが狂った賜物だと言っていいだろう。

 俺は手を伸ばし、


「それはオレ以外の人間が持っていても———ただの棒きれに成ってしまった。それだけの話よ!」


 俺は魔剣に向かって手をかざすと、クイッとこっちに向かって魔剣が傾き、


「あ———⁉」


 まるで鉄が磁力に惹かれるが如くにグレイヴの手からすっぽ抜け、魔剣は俺の手へと吸い込まれていく。

 ずぶずぶ———と。

 俺に、シリウス・オセロットの右手の平に飲み込まれていくように魔剣が還ってくる。

 完全に———この我、シリウス・オセロットを主人と認めた証拠だ。


「ま、これをオレ が実際に使うかどうかは別の話だがな……」


 魔剣を完全に飲み込んだ右手の平をプラプラと動かす。

 魔剣が使えるとわかり、若干無理に使おうとしていた。せっかくの力なのだから、振るわなければ損だと。だが、俺は元々剣について深く勉強したわけじゃないし、剣道で段を持っているわけでもない。

 それよりも、直接殴る方が感覚的に好きだし、体の動かし方だって直感で何とかなる場面が多い。剣術を使っている時に比べて。

 だから、今まで通りでいい。

 頭の悪い、肉体のスペックに頼り切りの戦術だと自分でも恥ずかしくなるが、あの技も何もないただのぶん殴るだけの戦術こそが俺の、シリウス・オセロットなのだと自信を持って言える。


 いや、自信を持たないと———ダメなのだ。


 でなければ、迷う。

 目の前に立つグレイヴ・タルラントのように。


「くそっ! くそっ! くそっ! どうしてこんな若造に———人間でも魔族でもない中途半端な奴に!」


 どんな時も、どんな年月を重ねても、どんなに立場にあろうとも。


「グレイヴ・タルラント! もう終わりだ! 諦めろ!」


 俺は——横を指さす。


「ここで諦めて、オレたちと……アンと一緒に地上に帰るぞ!」

「……アン?」 


 グレイヴは何を言われたのかわかっていないかのようで、頭を上げる。 

 そして、視線を横に向ける。

 戦っていた、魔王の複製体と、アンの方へと。


「ガアアアア……ア?」

「……え?」


 魔王の複製体は何故だかグレイヴに見られていることに気が付くと戦いの手をパッと止めて、俺達の方を向いた。敵がそうしたことにより、必然的にアンとリタも毒気を抜かれて、戦いの手を彼女らも止めて俺たちを見る。


「……どうしたの? 何かあったの?」


 リタが俺へ向かって尋ねる。

 この空間にいる五人とも、現在の状況がどうなっているのか図っていた。


「———もう魔族の復活などという下らない過去のことはいいはずだ! それにこだわっていたところで何も貴様は果せはしない! オレが止めるからな!」

「————グッ!」 


 グレイヴは歯を食いしばる。

 反論をしたいが、現在自分が陥っている状況が状況なだけに言葉が出ない様子だ。


「そんな不毛なことをしているより、周りに目を向けてみればどうだ。まだ、貴様を思っている人間はいるだろう……」

「……アン」


 グレイヴの声が少し優しくなる。

 いや、緩んだと言うべきか。


「オヤジ……」


 自分を慕う部下の顔を見て、改めて彼女が自分を思っていることを認識して気を緩ませたのだ。

 そして、うつむいた。

 考え込むように。


「……オヤジ、やり直そうよ……楽じゃないだろうけど、また一から」

「やり直す。やり直すか……そんなことできるわけがない」

「できるよ。きっと……諦めなければ。私だって、一からやり直そうとしている途中なんだから」


 そう言ってアンは俺を見つめた。

 原作とは大きく違う心変わりではあるものの、その言葉は温かい。


「そうか……そうだな……」


 グレイヴがうんうんと頷く。


「ガ……? ガ……? ナニ? ドウシタ? モウイイノカ?」


 魔王の複製体がキョロキョロと周りを見渡し、グレイヴに戦闘を続行しなくていいのかと尋ねた。

 グレイヴは顔を上げ、立ち上がる。


「……そうだな。〝正義〟など……もういい—————パッッッ⁉⁉⁉」


 グレイヴの———頭が———突如、膨れ上がった。


「何……っ⁉」


 グレイヴの体が———ドンドン風船のように膨れ上がっていく。


「ガパ……パッ……パパパッ⁉」


 彼の口からはもはや人間の言葉を発していない。

 できはしない。

 内側から何かが溢れ、彼の生命としての機能を破壊している真っ最中なのだから。

 そして————、


「ガパアアアアアッ⁉」


 口から、いやもう内側からの圧力で裂けきっていて口ともいえるものかもわからない場所から、黒い泥が零れ落ちた。

 バルムンクが放つ影とそっくりの———。


「何だ⁉ 今度は⁉」


 泥がグレイヴを中心に波打ち、周囲を侵食していく。

 俺はバックステップで距離を取りながら、そして、アンとリタも俺の元へと飛んできて、


「力の暴走……」


 と、リタが言う。


「暴走———⁉」

「魔族としての魔力を使い過ぎた……魔孔を無暗に開き続ければ———大きな力を制御できなければ、こうもなる」 


 残念そうにリタは目を細め、どんどん黒い泥を発生させているグレイヴを見やる。


「ボスは扉に成ってしまった」

「扉?」

「魔孔そのものに———魔界からの〝あふれ出るもの〟を止めることができない。ゲートに」


 グレイヴだったものの内側から黒いブラックホールのような空間の歪みが顔を出す。


 いくつも。


 いくつもの魔孔まこうはグレイヴの内側から作り出され、卵が産み出るように体外へと放出されていっていた。

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