第192話 形勢逆転

「…………グレイヴ、オレは今回のこと、お前に感謝しよう。オレオレの中でも迷いがあった」


 この世界でどう生きていくべきか。

 迫りくるラスボスに対して、どう立ち向かっていけばいいか。 

 『紺碧のロザリオ』というゲームのシナリオを知っている俺が、この世界の未来を知っている俺が、どのような最善手・・・を打てばこの世界が平和になるのか。アリシアやルーナやロザリオや、あとミハエルがずっと生きて行けるようになるのか考えていた。

 迷っていた。

 本来死ぬべきシリウス・オセロットに転生し、魔王の魂を内包するという設定を付け加えられ、どうしていいかわからなかった。

 簡単なことだったのだ。

 どうもしなくていいのだ。


「グレイヴ。貴様はいい反面教師だった。情報を知りすぎ、やるべきことにこだわり、結局やりたいことがわからなくなった。本来貴様はジグワールに復讐をすればいいだけのキャラだったのに、そういうシナリオだったのに……」


 どこでどう狂ったのか。


「きゃ……きゃら、だと……シナリオだと? 貴様は何を言っている……?」

「気にするな。こちらの話だ。それでどうする? 貴様は剣聖にも勝るとも劣らない剣豪だが、その剣もオレが砕いてしまったので、もう手はなし。オレから〝魔王の魂〟を抽出するのも失敗した様子だし、貴様の本来の〝贖罪〟とやらは完全に失敗したようだが……ここで降参するか?」


 俺はグレイヴを見下ろし言うと彼は、


「…………ッ!」


 腰に隠していた小袋を取り出し、俺に向かって投げてきた。


「……ん⁉」


 顔面にその袋がぶつかる。

 その瞬間、ぶわっと眼前に桃色の粉末が広がった。

 それを吸い込みそうになるが、反射で息を止めたのと、何かしらの〝手〟を使ってくるなと予測していたのでそのまま腰をかがめて粉の範囲から顔を逃がす。


「———馬鹿め! それは眠り粉だ! 油断したな、シリウス・オセロット!」


 タッタッタッとグレイヴが俺の横を走って通り過ぎる足音が聞こえる。

 眠り薬か。

油断もしていないし、吸い込んでもいないのだが、今この瞬間にグレイヴに応えると、本当に吸い込んでしまいそうになるのであえて黙る。


「あのナミ・オフィリアでも一呼吸をすればたちまち倒れ伏す強力なやつだ! それを吸い込めば貴様とて無事では済まい———!」


 そしてカチャッ! と金属音が聞こえた。しかも、下から上へとわずかに音源が移動しながらの音だった。


 〝アレ〟を拾ったな。


 なら———、


「コレさえ〝取り戻せば〟儂はまだ———、ンッッッ⁉」


 音の聞こえる方向に向けて俺は駆け、そこに向かって拳を振る。


 ガァァァンッッッ!


「貴様……なぜ眠っていない⁉」


 俺の拳は———グレイヴの手にする魔剣の刀の柄の間———つばに当たり、カチャカチャと鍔鳴りの音を響かせている。


「———ハッ! 貴様があの程度の悪あがきをすることなど予想はついていた。何故ならオレだってあの状況に陥ればああいうことをするからな! 卑怯と外道が専売特許のシリウス・オセロットはな!」

「はぁ⁉」

「本来であれば、貴様の戦法はオレがやるべきだったことだ。四方八方からの攻撃も、仲間を呼び一対多の状況にする戦術も、道具を使った不意打ちも————オレ、シリウス・オセロットの本来の戦法だ‼ それを魔王だ魔族だカナンだと、くだらないこの世界の真理の情報を知り、自分として何かしなければいけないのではないかと焦ってしまった。自分を見失っていた! 感謝をするぞ、グレイヴ・タルラント! その気付きを貴様はオレにくれたのだ!」

「何を……何を言っている⁉」


 グレイヴの腕がブルブルと激しく揺れる。

 俺が魔剣に拳を打ち付けているところは、グレイヴが柄を持つ手に触れそうなほど近い。

 なるとてこの原理が働かず、俺の力を、老人の腕で全て受けきる必要がある。

 当然———このチートの肉体を持つシリウス・オセロットのパワーを、全盛期を過ぎ、衰えきったグレイヴが受け止めきれることもなく。


「ハァッッ!」


 思いっきり力を込めて殴り抜くと、グレイヴの体はそのまま後ろへと吹き飛んだ。

 ドオン! と土煙を挙げて、ゼブルニアの石壁に突っ込む。


「ク……‼ なんて力だ。シリウス・オセロット……しかも剣を持っている相手に素手で殴りかかるとは……」


 だが、すぐさまグレイヴはその土煙の中から抜け出し、顔についた土埃を拭った。


「クソ———! ベルゼブブ!」


 そして、すぐさま遠くで戦っている魔王の複製体を呼ぶ。


「ガアアアアアアアアアッ!」

「「はあああああああああ!」」


 彼女はアンとリタと激闘を繰り広げ続けていた。

 剣と爪を交錯させ、二対一の白熱した接近戦を———。

 そんな彼女に向かってグレイヴは呼びかけ、


「アンとリタは無視して今すぐこちらへこい! あのシリウス・オセロットを八つ裂きにし、〝魔王の魂〟を今度こそ回収———、」


「ガアアアアアアアアアッ!」

「「はあああああああああ!」」


「———聞いているのか⁉ 魔王ベルゼブブのコピーよ!」


「ガアアアアアアアアアッ!」


 バトルに熱中している魔王の複製体の耳に、グレイヴの声は届いていなかった。


「チッ! 所詮は魔物か……あれでは獣と大差ない」

「………?」

「まぁいい!」


 グレイヴの言葉に少し疑問を抱くが、彼は魔剣を振りかざした。


「バルムンクを捨てたのはマズかったな! これで形勢逆転だ! 儂の手に得物が戻ればただの馬鹿な力自慢の学生など———!」

「————!」


 だが、確かに———魔剣がグレイヴの手にあるというのは少しマズいか?

 本来のアンルートのラスボス通りの姿に———彼は今、なっている。


「儂に応えよ! バルムンクよ————‼」

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