第191話 考えるのはもう、やめだ。
砕けた刃を手の平からパラパラとこぼし、俺はグレイヴ・タルラントを睨みつけ、
「フッ……!」
と、笑った。
「……⁉ 何がおかしい……⁉ 儂の武器を砕いたからと言って勝ったつもりか?」
「そういうつもりだと言ったら?」
「———
グレイヴは刀身がなくなった柄を投げ捨て、魔孔から手を引っ込め、パチンと指を鳴らした。
すると背後から大量に魔孔が開き、また大量の
「行け!」
グレイヴが号令を出す。
一斉に俺に向かって走り寄って来る魔物たちに対して俺は……。
「学習しない男だ。グレイヴ・タルラント……まぁ、それしか攻撃の手段がないというのもわかるが……」
俺は拳を握りしめ、気合を入れる。
そして足を踏ん張り腰を入れ————、
「ハァッッッ‼」
一喝と共に拳を前に突き出した。
ただの単なる正拳付き。
それも魔物の一匹たりとも当たっていない、虚空に放っただけのもの。
別の言葉で言えば————空振り。
なのに————、
—————ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼
俺の高速で打ち出した拳は真空波を起し、大気を押しやり暴風を生み、魔物たちを吹き飛ばした。
「ク……ッ! うぅ……なんだ? 何が起きている……?」
顔の前で手を交差させて、グレイヴはその場に踏ん張って何とか吹き飛ばされないようにしている。
他の魔物は踏ん張りがきかずに飛んでいったというのに、耐えるとは大したものだ。
奴だけ———俺の視界に映る、敵と言える
あとは皆、俺の、シリウス・オセロットの力で飛んでいった。
「馬鹿……な……あれだけの数の魔物を、魔剣の力を使わず、闇の魔法を使わずに一瞬で……貴様今何をした……?」
驚き、目を見張るグレイヴ。
だが、俺はただ単に、
「フハハハハハハハッ‼ 別に何もしていない! ただ〝凄い速度で拳を前に出した〟! それだけだ!」
高笑いをして、ありのままに何が起きたのかを言ってやる。
「ただ、
「そんなふざけた理屈があってたまるか!」
グレイヴは激昂した。
彼はかなりの高齢だ。
遥かに年下の俺のような若者に舐めた口で意味不明の理屈を唱えられたら、怒り心頭するだろう。
だが———、
「貴様ほどふざけてはいない。よくわからん曖昧な正義をかざして、何にも知らない国民に許可を得ようともせずに贖罪だのとほざいて皆殺しにしようとする貴様よりはな」
「な———⁉」
彼の顔が更に赤く染まる。
「それに
「こ、こんなことは……貴様のようになるのは想定していない!」
グレイヴは取り乱した様子で俺を指さし、
「魔王の細胞から生み出された人工生命体で、その身体に魔王の力を宿しているのなら———貴様は魔王としての使命を果たせ! それがお前の生まれてきた意味だろう⁉」
「使命だ生まれてきた意味だのと———そんなことばかり考えて楽しいか?」
「は⁉」
「楽しくはあるまい。所詮そんなものは何の価値もないからだ。使命に準じて魔族の復活を遂げたところで、それが本当に生命にとっての理想郷になる保証はどこにもあるまい?」
どんな場所にいっても、どんなに環境にいっても、どんな世界にいっても———結局はそれぞれの不満があるように、例え世界を理想郷に作り替えたところで、結局はその世界で新しい問題が浮上する。
なら、
「義務感にかられた楽園の構築など———無駄の一言」
あっちの世界でも、こっちの世界も問題だらけなのは、俺がよく知っている。
「グレイヴ・タルラント。下手な知恵をつけすぎたな———」
俺は一歩一歩と彼に向かって歩み寄っていく。
「クソガキが! 何を知ったようなことを……!」
「知らんさ。何も知らん。だが、知ったところで貴様のように暴走することも、自分の本当にやりたいことをつまらん義務感で覆い隠すようなこともしない」
確実に、グレイヴとの距離が縮まっていく。
刀を持たない、武器を何も持っていない老人との距離が———。
「お前に何がわかるのだ! ただの人工魔導生命体で‼ この世界の表も裏も、歴史も何も知らない貴様が! 人を見抜いたような偉そうな口を叩くんじゃない!」
一気にグレイヴは怯え、小物のように身を縮こまらせた。
手に武器がなくなったからだろうか。魔物を召喚しても無駄だと悟ったからだろうか。
いや、違う。
俺に気圧されているのだ。
無根拠に自信満々で、謎に無敵なこのシリウス・オセロットに怯えているのだ。
「見抜いた〝ような〟ではない。見抜いているのだ。結局貴様は国に復讐をしたいと思っているのだ。国王たる自分がいなくても回っていたガルデニア王国に、自分の代わりに平和と繁栄をもたらしたジグワールに嫉妬していたのだ。それをグチグチグチとたいそうな大義名分を引っ付き合わせて————貴様は、国王であった自分を否定した国をぶっ壊したいと思ったに過ぎん! ただの寂しい老人だ!」
「な————⁉」
俺が本当にグレイヴの心の底を言い当てているのかはわからない。
正確なところは知る由もない。
だが、知った事ではない。
ここで言い切るのが———シリウス・オセロットだからだ。
「……今までの
そう———ぼそりと呟き拳を握る。
そして、グレイヴの眼前に立ち、拳を振り上げる。
「歯を食いしばれ、グレイヴ・タルラント!
「————ぁッ⁉」
バキ……ッ!
そのまま茫然としているグレイヴの横っ面を、何も考えずに右ストレートで殴りぬいた。
「考える必要などなかった。
仰向けに倒れゆくグレイヴの姿を見つめながら、俺はそう独りごちた。
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