第190話 我らしく。

 背中を袈裟斬りに切られた。

 だが———俺の背後に魔物はいなかった。それを先ほど吹き飛ばしたばかりだ。

 吹き飛んだ奴らが距離を詰めるには、少し猶予があったはずなのだ。


 なぜ?


 その答えはすぐにわかった。


「貴様———グレイヴ・タルラント……!」

「そう……魔孔まこうを使えばこんなこともできる……!」


 腕———だ。

 空中に刀を持った腕が浮かんでいる。

 そしてグレイヴの方を見やれば、右肩の辺りに黒い孔が浮遊し、そこから先の右腕が消えていた。

 いや、俺の背後に飛んできていたのだ。


「空間を……飛び越えられるのか?」

魔孔まこうにこの世界の距離や時間などは関係ない。やろうと思えば———」


 グレイヴが魔孔まこうに左腕を突っ込み———今度は俺の左側面に腕を出現させて、切りかかる。


「————クッ!」


 俺はその攻撃を魔剣で受けようとするが、


「ほれほれ! 次の攻撃が来るぞ!」

「————ッ!」


 右上側頭部に剣が振り下ろされてきたかと思ったら、今度は左下脚部。

 360度ありとあらゆる方向から攻撃が繰り出され———必死に対応するが、一本の魔剣では受けきれない。

 どんなに魔剣のブーストで能力が上がっていたとしても———。


「ハッ‼ 無様だなシリウス・オセロット! 儂が少し本気を出せばこんなものか⁉」


 んなことを言われても、これは卑怯だろう。

 360度全方位からの攻撃何て普通の剣士じゃあできはしないし、しもしない。

 空間を飛び越える力なんて武人としてはあるまじき力だし、後ろから切るなんてマネは正々堂々たる戦いではない———。

 それに———。


「……貴様の魔剣の剣筋、最初は単純な速度で翻弄されたが———見切ったぞ。貴様の剣筋はもはや素人……とても騎士学園で教育を受けたものとは思えん」

「————ッ!」


 グレイヴのその言葉を裏付けるように、繰り出される斬撃に〝捻り〟が加えられていく。 

 斬って来るタイミングをずらされる。

 フェイントをかけたり、単純な真っすぐではなく少しカーブを描く軌道で斬ってきたり、

 俺の魔剣を、すいすいと避けるように、泳ぐような剣筋に変わり———、


「————クッ!」


 俺の身体がドンドン傷ついていく。


 だが突然———、


「……なぁ、シリウス。いや、お前の中に入っている奴か? お前はいったい何者なのだ? わからぬが、もしも本当に魔王だとすれば———今すぐ儂に手を貸してはくださらぬか」


 ピタッとグレイヴが攻撃と手を止め、魔孔から両腕を抜く。


「手を貸す?」

「ああ……この世界をあなたにお返しする。魔族に再び管理してもらう……そして人間の罪を洗い流す。だから、だからどうか……マリアを……」


 老人はすがるように手を合わせ、膝をついた。


「儂がおこないます。罪深き人間として、人間としてなすべき〝正義〟を行います……だから、どうか、あなたは、あなたの役目をお果たし下さい……!」


 そして、首を垂れる。


「我ら人間を、あなたが導いてください……!」

「…………」


 俺はその罪の告白の様な老人の言葉を、黙って聞いていた。


「……何を勘違いしている。オレは魔王などではない」

「…………」


 魔王は、その〝魂〟はもうすでに複製体に移った。

 なぜだか、グレイヴはその事実を認識していないが、それを親切に教えてやるつもりもない。


「そうか———お前は役目を果たさないというのか。魔王よ」


 グレイヴは立ち上がり、再び敵意を込めた目で見て来る。


「———ならば、無理やりにでもあの身体に〝入って従って〟もらう‼ ベルゼブブよ!」


 グレイヴは再び両手を魔孔まこうに突っこみ、俺の頭上に魔孔まこうを出現させ、そこから斬撃を放つ。

 その攻撃に対して俺は魔剣を————、


「そうだな。役目か……オレオレの役目を果たすことにしよう……」


 魔剣を———捨てた。


「な————⁉」


 攻撃を繰り出している途中のグレイヴですら驚きの声を上げた。

 ポイッと投げ捨てられ、石畳をコロコロと虚しく転がる魔剣・バルムンク。


 そして俺は迫る二本の刀を———、


「ムン……ッ‼」


 素手でそのまま掴み上げた。


「何————ッ⁉」

「ごちゃごちゃごちゃごちゃと……貴様がよく考えているのはわかった。そして、オレに何か期待をしているのもわかった———説明ご苦労。グレイヴ・タルラント。おかげでこの世界とオレ自身のことがよく理解できた。理解できた上で言ってやろう」


 刃は俺の手の平に食い込み、鋭い痛みを走らせている。

 だが、俺はそのまま握る力を増やし———俺が加える圧力に耐えられなくなった鋼の刀身はヒビを入れる……。


「馬鹿馬鹿しい———と」


 そして、一気に力を込めてバキィィィっとグレイヴの武器を握り砕いた。


「グレイヴ・タルラント。正義や魔族が何だとに執着するのもわかるが———それで何も知らん人間を傷付けていいわけじゃない。それはオレが許さん」


 俺は———、


オレオレのやり方でやらせてもらう。極悪非道の生徒会長〝シリウス・オセロット〟らしく———な」


 シリウス・オセロットだ。

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