第189話 魔族の血

「どういうことだ……どうして貴様が魔族なのだ⁉」


 本番とはいうが、俺は理解が追い付いていなかった。

 人間が、それも仮にも王族が魔族になるとは……、


「ルキウス・ガルデニアは元々は魔族なのだ。血が薄まったとはいえ、その血をついでおる儂が魔族でもおかしくはなかろう」


 そう言って、グレイヴが腕を振るとその魔孔まこうから続々と魔物があふれ出す。

 コボルトやラミアのような人間と同サイズの魔物がわらわらと、群れを成して俺へ向かってやって来る。


「いや……! おかしい! 何故ならば———!」


 俺は魔剣を振るう。

 大量の影を放出させながら———、

 先ほど魔王の複製体と退けた時と同じ技。大質量の影の波による攻撃———影大波シャドウ・ウェーヴにより、また大量の魔物を排除しようと、放った。

 すると、魔物の群れは黒い津波に巻き込まれ、あっけなく消滅したが、グレイヴが再び「フンッ」と気合と共に刀を振るうと、再び魔物が出現する。

 第二陣だ。


「———クッ! アリシアは! 彼女は人間のはずだ!」


 俺は迫りくる魔物の一体一体を魔剣で切り捨てながら、グレイヴに言葉をぶつける。


「アリシアが何度か負傷しているのを見たことがあるが、彼女からは赤い血が流れていた! ロザリオも同様だ!」

「クックック……そうだな、魔族になるのは条件がある。同じ、魔族の血を飲むことだ」

「————ッ!」


 魔族の……血?


「魔族は滅んだのだろう⁉ ならそんなものどうやって……!」


 あ———、


 気が付く、隣で「ガァァァ!」と叫び声をあげている魔王の複製体。

 ギガルトの、王立魔導機関によって蘇らせた魔族————、


「奴の血を飲んだのか⁉」


 復活させ、更に魔族の力を得るために———。

 そして、グレイヴはニヤリと笑った。

 それが答えだと言うがごとく。


「ただ血を飲むだけで誰でも魔族になりうるわけではない! 魔族の血を遠い祖先に受け継ぐもの、そして元々体内の魔力量がそこまでない者だ。人間としての魔力が多いと、それが邪魔して魔族としての魔力が体内で増殖されない。幸い儂は単純な魔力量は少なかったからな。簡単に魔族の血が馴染んだよ」


 グレイヴは再び、自ら傷付けた手をかざすと———その傷がみるみる修復されていった。

 まるで早送りで見ているかのように、元通りに治っていく。


「な————⁉」

「我々は完全な人間の上位互換だ。だが———貴様はどうなのだ? シリウス・オセロット。貴様の血は———?」


 ふと、近くにいたコボルトが手に持ったサビた剣を振り上げ、俺に向かって斬りかかってきた。


 ———ギャワッッッ!


 一対多。


 既に俺の手は前方の二体の魔物の相手で塞がっており、ガードはできない。

 故に首を後ろに引いて躱したが、その切っ先が鼻先を掠める。

 今度は、何とか傷はつかなかった。

 つかなかったが……!


 血———。


 先ほどグレイヴに付けられた頬の傷から流れた血の一滴が、空中に飛ぶ。

 赤い……。

 そして、


「はあああああああああああああああああああ‼」


 俺はそのコボルトの頭を掴み、むやみやたらにブンブンとその場で振り回す。

 すると俺を中心に竜巻が起こり、周囲の魔物も吹き飛んでいく。


「ふぅ……!」


 とりあえず、周りを蹴散らし落ち着いたところでグレイヴを睨みつける。


「……不思議な男だ。魔王の力を操っておきながら、その身体に魔王の魂すら宿し、それでもなお人間の肉体を保つ。いや、不思議と言うより中途半端と言った方がいいか。人にも魔族になれん半端物。貴様は一体だれなのだ?」

「さっきから誰だ誰だと尋ねるが———我は何度も答えているだろう。シリウス・オセロットだ! それ以外はありえない。何度聞いても理解できないとは、ボケたか?」


 本当は……違うが。

 この体には現代日本から転生した俺しかいない。もう俺の魂しかない。

 シリウス・オセロットの人格は元々存在しなかった。記憶すらも……。

 あれ? 

 やっぱりそれってちょっとおかしくないか?


「貴様がシリウス・オセロットだと? 魔王の魂が〝そこ〟にあったのに? それはあり得ん———なぜならば、一つの身体の中に二つの魂など存在しえんからだ」

「は———?」


 いや、その理屈は……間違っているだろう。


「反発しあい……食い合う。故に———魔王の魂が貴様に宿っているのなら、たかが人間の魂は魔王の魂に食われ、支配されるはずなのだ。その魔力に染め上げられるはずなのだ。だから、貴様がシリウス・オセロットであるわけがない!」


 その瞬間———ザクリと切られた感触がした。


「な————?」


 背中に視線をやる。


 そこには———血を噴出させる大きな傷があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る