第188話 儂も、もはや……、

 グレイヴとの戦いが再び始まる。


剣仙分流けんせんぶんりゅう対ノ太刀ついのたち———虎牙とらきば!」


 グレイヴが二刀の剣を上から、思いっきり振り下ろす———。

 ヒュッと風が鳴り、気合と共に振り下ろされるその斬撃は空気を切って———、


「ク………ッ‼」


 ガキィィィィィン!


 音と共に衝撃波が生まれ、俺の足元の石畳に二本の亀裂がバキッと入る。

 両足が地面にめり込むほどの重たい一撃。

 魔剣ですら、受け止めるのがやっとだ。

 だが、


「ああああああああああ‼」


 俺は負けじと魔剣を振るい、グレイヴに反撃を繰り出す。

 グレイヴはその俺の攻撃を軽々と刀で捌き続け、鷹のような目をじっと向ける。

 隙を———伺っている。

 ジッと俺の繰り出す剣の一手一手を観察し、その間にある致命的な隙を探している。

 俺も、必死でその隙を作らないようにがむしゃらに体を動かす。

 千日手———だ。

 剣戟の音が鳴り響き続ける。

 何度か、何度目かの剣の交錯を起した後、俺は焦れて———魔剣の力に頼ることにした。

 ドロリと魔剣の切っ先から影が出る。


「———影刃シャドウエッジ!」


 黒き影の刃が、大きな弓の形を作り———グレイヴへと飛んでいく。

 人間の躰など、巨大な獣の身体すらぶった切れそうなその刃を———グレイヴはしゃがんで躱した。


 しまった———!


 グレイヴの姿が俺が生み出した影刃シャドウエッジの陰に隠れて、俺の視界から消えてしまった。

 グレイヴの姿が———俺の視界から消え、


「—————ッ!」

「シャァ!」


 右から気合を込めた一閃が、顔を狙って襲い掛かってきた。

 俺は無理やり体をその斬撃がきた方角から逆方向へと飛ばしてみせ、間一髪で躱す。


「お~お~、今のをかわしたか……シリウス・オセロット」


 ツー……。

 俺の頬を血が伝う。

 掠めていた。

 手で触れてみると右頬がバックリと切り裂かれて、傷が作らていた。

 手にべったりと———赤い血が付く。


「………魔力の壁が……発動しない……」


 今までの戦いだったら———シリウスの身体に対して強い衝撃が来た際、皮膚の表面上に勝手に硬い障壁が展開され、それが衝撃を弾く時に凄まじい音が鳴り響く。

 だが、先ほどの攻撃ではそれが鳴り響かなかった。

「魔力の壁……魔族障壁のことか? 魔族は他の生物とは違う上位の生物だ。故に低俗な魔力では傷つかない。近づけないように勝手に障壁が張られる機能がある……」

 グレイヴが丁寧に説明をしてくれる。

 俺の、シリウス・オセロットの体質がシリウス・オセロット特有のものではなく、〝魔族〟特有のものであると———。


「だが、それは同等の力を持つ存在の技であれば展開されない。魔族のみが操れるこの世の闇と光を操る、原初の力の前ではな————」

「……まるで、自分がその原初の力を操れる存在だと言いたげだな」


 いや、そういえばそうだ……。

 仮にもグレイヴは元国王。

 王族のみが使える創王気そうおうきは彼にも扱えるのだ。

 そして、創王気そうおうきはこの世界では光魔法と呼ばれるものでもある。

 そういえば、アリシアと初めて決闘した時、創王気そうおうきを纏う剣に対しては魔力の壁が展開されず、今回と同様に頬を切り裂かれた。


 だが……それにしてもおかしなところはある。


「貴様は創王気そうおうきを使っていないようだが?」


 創王気そうおうきを使えば必ず発光現象が起きる。何故なら光の魔法なのだから。光エネルギーを操る魔法なのだから、当然光る。


 グレイヴは———輝いていない。


 全くその身体から光を放つことなく、むしろどこか陰気な雰囲気を放っていた。


創王気そうおうきのことまで知っているとはな。確かに、魔族を破るためには創王気そうおうきの力は有効だ。王族の中でも一部しか使えず、闇の力を問答無用で打ち払うことができる光魔法———それにより古の魔王はルキウス・ガルデニアに討たれた。だが、儂はそんな力には頼らん。そんな呪われた力には……な」


 そう言いながら、グレイヴは両手にもった刀のうち左手に持った刀をいったん鞘にしまい、空手にする。


創王気そうおうきを使っていない……なんだそれは? じゃあ貴様は闇の魔法でも使っているとでも言いたいのか? 魔族だけが使えると貴様が言う闇の魔法を———」


 そして何を思ったか、何も持っていない左手で右手に持っていた刀の刃をむんずと掴み始めた。

 何をするつもりだ———?


「そうだ」


 グレイヴはシャッと右手の刀を思い切り引いた。

 左手に傷がつき———血が流れる。


「儂は血を……清めた・・・


 その手を俺にグレイヴは見せつける。


「貴様————⁉」


 息をのむ。


「儂も———もはや、‶魔族〟だ」

 その手からはぽたぽたと———青い血・・・が流れていた。

 そして———彼の後ろの空間が歪み、虚空に大きな黒い孔が開く。


 魔孔まこうだ。


 グレイヴの背後の空間に次々と魔孔まこうが生まれゆき、イナズマを放ち始める。


「ここからが本番だぞ———シリウス・オセロット」

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