第187話 カナンの真実
「何を……言っている?」
俺はグレイヴの言葉に対して少し苛立ちを込めて返した。
「
俺とグレイヴの横では、その〝魔王の魂〟を奪った魔王の複製体がアンとリタと戦っている。
ベルゼブブは彼女に奪われたのだ。
グレイヴが奪わせたのだ。
「そのはず……だった」
グレイヴの視線が横に滑り、魔王の複製体を見つめる。
「魂は———〝あるべき場所へ〟と還る。在るべき肉体ヘ、な」
そう、呟いた。
「……何が言いたい。グレイヴ・タルラント」
「儂らには———儂にはなんとしてでも〝魔王の魂〟が必要だった。〝魔王の記憶〟が必要だった」
「記憶?」
グレイヴは後ろにそびえ立つゼブルニア大神殿を指さす。
「———そう、復活の大魔法・カナンの発動には魔王の記憶が不可欠なのだ」
そんな情報、アッシュから聞いてはいないが。
「魔族が触れれば、発動できるものなのではなかったのか?」
「む?」
「大魔法カナンというのは魔族が触れれば誰でも発動できる滅びの魔法だと。それが何処にあるのかわからないから厄介なのだとアッシュは言っていた。だが、リタからの情報ではそれは貴様の後ろの大神殿にあり、それを発動させるには六ケ所の小神殿を起動させる必要があると言う。ところが貴様は魔王の魂が必要だと……結局何が真実なのだ?」
カナンについてはそれこそ情報が錯綜しすぎていて、よくわかっていない。
大昔の、それも滅びた魔族の情報だから、今の時代に詳しい情報が残っていないのだろうが、それにしても情報が断片的すぎる。
「カナンとはなんだ? どうやって発動する? そして———何が起きる?」
グレイヴに尋ねたところで、結局は正確な情報など得られないかもしれないが、尋ねる。
彼こそが、ここまでカナンがあると信じて動いてきた彼こそが一番真実に近いと思ったからだ。
「カナンが……魔族が触れたら誰でも発動する……か。ハッ! そんな手軽なものであるはずがない。そんな手軽なものだったら、既に儂が発動させておるわ」
「だろうな」
つまり、アッシュの情報は間違っていたことになる。
「だが、リタが貴様に言ったことは本当だ。ゼブルの六方に散らばる小遺跡は起動させねば発動はできん。それだけ強大な魔力を霊脈からこの地に集める必要がある。そのバイパス作りのためにな」
「ほう」
つまりは、リタの情報は合っていたというわけだ。
だが———それならばまた疑問が浮かんでくる。
「何故、六つの神殿を起動させていない?」
そうであるのなら、俺達が来る前に既に起動させて準備をしていてもおかしくなかっただろうが。
「ハッ! そこに関しては貴様らが今来たせいで
「…………」
起動でき、なかった。
それはつまり、時間がなかったという話か?
あまりにも俺たちが来るのが速すぎて……。
「貴様が聞きたいのはそういう話ではあるまい? シリウス・オセロット。貴様が聞きたいのは、そして儂が聞きたいのは———〝魔王の魂〟についてだ」
グレイヴが刀を構えて脱線しかけていた話を元に戻す。
「……あぁ、話せ」
俺に促されて、素直にグレイヴは続きを話し始める。
「カナンに必要なのは、六つの遺跡の起動と大量の魔力だけではない。肝心なものがもう一つ必要なのだ———それが古の記憶……古代のゼブルニアを、魔族の世界を知る記憶なのだ。それをベースに———この世界を〝創り変える〟」
「どういうことだ?」
創り……変える……?
「大魔法陣カナンとは———なんてことはない、広範囲に影響を及ぼす〝改変魔法〟のことなのだ」
「——————ッ‼」
改変魔法……!
リタが
魔王の複製体が、人間をカエルに変えたように—————。
俺がリタを死者から生者へと変えたように———————。
魔族保有の、この世の
「カナンを使えば———ガルデニア全土……いや、世界全域に改変魔法の効果を及ぼすことができる」
つまり、地上に生きている人間皆を———、
「全ての民を———魔族に改変させることができる」
それこそが、滅びの魔法陣カナン。
人間を媒体にして魔族を蘇らせる———。
「なるほど、それが貴様の真の目的か……グレイヴ・タルラント」
ようやく、理解ができた。納得ができた。
「その通りだ、シリウス・オセロット……そのことを聞いて何か思い出すことはない……か?」
「…………?」
何を言っている?
グレイヴは再び俺を探るような目で見るが、俺の反応が芳しくない物だとわかると首を振った。
「やはり違うか……今の貴様に〝魔王の記憶〟はないらしい。古の魔神皇国ゼブルを詳細に知る記憶が———」
残念そうにそう零す。
「見当はずれで申し訳ないな。グレイヴ・タルラント。ならば貴様の計画はご破算と言うわけか? ガルデニアを改変しようにも、その改変先のビジョンがなければ、魔族の王国の復活はできないのだろう?」
今、地上にある世界を素材に、新しい世界を創ろうと言うのが、グレイヴの真の計画なのだろうが、その新しい世界の正確な設計図がなければ意味がない。
具体的なイメージがない状態で、無暗に世界を変化させても、望んだ結果は得られない。
ただただ、混沌が広がるのみであろう。
「いいや、だが貴様の〝中の〟どこかには———〝魔王の魂〟はあるはずなのだ。そうでなければ魔剣は使えはしない。使いこなせやしない。今度こそ貴様の中から〝魔王の魂〟をあのベルゼブブに回収させて———、」
チラリとグレイヴは再び複製体を一瞥だけして、
「———今度こそ、本物の魔王を儂が従えてみせる!」
そう言って、俺に向かって再び斬りかかってきた————。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます