第186話 シリウスvsグレイヴ

 『紺碧のロザリオ』アンルートのシナリオでは———、


 グレイヴ・タルラントがラスボスとなる。


 彼がジグワール国王を殺すためのテロを、『スコルポス』を使って巻き起こし、それをアンが主人公———ロザリオと止めることになる。

 その時に、古より伝わる最強の魔剣・バルムンクを使うグレイヴ相手に、創王気の真の力、真王気を解放させたロザリオが立ち向かう。


 それが本来のシナリオ。 


 魔剣を使いこなす男。過去にバリバリの武闘派の国王として国を率い、自らも先陣に立つ、武心王ぶしんおうグランド・フォン・ガルデニアと呼ばれた———剣術のレベルなら剣星王と呼ばれるナミ・オフィリアと勝るとも劣らない実力者と戦うというシナリオが———。


「————シッ!」

「—————ッ!」


 キィィィィンッッ!


 そのラスボスと今———対峙している。


 斬り結んでいる。


 互角に———。


 グレイヴの繰り出す二刀の刃を———黒い刀身の魔剣で受け止めている。


 受け止め続けている———。


「ガアアアアアアアアアアア!」

「行くよ! リタさん!」


 アンと共に———。


「……うん」


 まるでアンルートの終盤だ。

 まぁ、大きく違う点があるが……主に登場人物という点で。

 本来のシナリオには存在しないキャラクターがいる。

 魔王の複製体にリタ———それに、


「シリウス・オセロットォォォォォ!」

「ク————ッ‼」


 ガキィィィィン‼


 俺————シリウス・オセロット。


 手がビリビリと痺れる。


「はあああああああああああ!」


 グレイヴがくるくるとその場で高速回転しはじめる。


 老人とは思えないぐらい速く鋭い動きで————、


 そして 、エネルギーを一切殺すことなく二つの刀に込めて叩きつけてきた。


剣仙分流けんせんぶんりゅう対ノ太刀ついのたち————回転双牙かいてんそうが‼」


 その攻撃を———魔剣で受け止める。


「が……ッ!」


 背骨が軋む。

 受け止めるだけで精いっぱいだ。

 だが———俺は倒れていない。何とか受け止めることはできた。


「———ハァッッッ‼」


 反撃を繰り出す。

 身を引き、いったん距離を取ったところで上段から打ち込む。

 その魔剣の斬撃を———グレイヴが刀をクロスさせて受けとめ、苦しそうに「うっ!」と呻く。


 まともだ。


 まともに戦えている!


 グレイヴとまともに戦えているのは恐らく———魔剣が俺の手にあるからだ。

 二刀流を巧みに操るグレイヴの重たい一撃一撃を受け止められているのも、魔剣の及ぼす謎の高揚感バフによる作用が強い。 


「その程度か! グレイヴ・タルラント!」


 俺は魔剣でグレイヴの二本の刀を弾き、「ハッハ!」と笑う、高らかに。

 興奮している。

 異常に魔剣を取る腕に力がこもり、嫌に集中力が増して、グレイヴの一挙手一投足がやけにスローモーションに見える。


 ———本当のシナリオ通りではこんなことはできはしない。


 シリウス・オセロットはこんなにスペックが高くない。強くはない。

 グレイヴが先ほど言った通り、所詮シリウス・オセロットは学生レベル。 

 学園で五本の指に入る騎士ランクSの実力者とは言え、その五人の中では最弱。

 生まれついての才能に胡坐をかいて努力を怠っていた、愚かな天才だったはずなのだ。

 大人の、本当の戦場を生きてきたマフィアのボス、グレイヴ・タルラントに勝てるほど、強くはないはずなのだ。


 だが———戦えている。


「……厄介だな。魔剣が未だに貴様の手にあるというのは」


 グレイヴが顎を伝う汗を手の甲で拭う。


「魔剣がオレの手にあるのは———想定外だったか?」


 ここまで互角に戦えるのを想定していなかったのは———ほかならぬ俺自身だ。

 グレイヴの動きは洗練している。

 ナミと同レベル。下手をすればそれ以上……彼女とは違って動きは速くはないが一撃一撃が重くて正確で、一手でも対応が遅れたら、切り捨てられる。詰め将棋をやっている感覚だ。

 それについていけている理由は———恐らく魔剣が俺に魔力の能力増強を施している。

 影を操る以外にも、魔剣は使用者の身体能力を向上させる。

 ロザリオがそうだった。

 あいつは魔剣により暴走したが———貧弱で未熟だった剣のレベルが一段とばしで向上していた。

 その作用が———今の俺にもあるのだろう。


「ハ……ッ! お前がこうして、儂の前に現れることが想定外だったよ———」


 グレイヴが吐き捨てるように言う。


「———だが、貴様の手に魔剣があることは知っていた」

「何?」

「ロザリオから聞いていたからな。魔剣は本来の持ち主である魔王の体内に吸収された、と。それにより失敗したと思われていたギガルトの霊脈復興計画が成功していたとわかった。〝魔王の魂〟を冥府から呼び起こし、魔王の力を借りる。それによりガルデニアの土地保有魔力を活性化させる。霊脈復興計画が———な」

「〝霊脈〟?」

「ここを流れる……大地の下を流れる巨大な魔力の流れだよ」


 グレイヴがコンコンと足元の地面を刀で叩いた。


「ほう……」


 そんなものがあったのかと感心していると、グレイヴは少し呆れた様子で、


「……この世界は、この大地は地下に大量の魔力が流れている。そこから魔力が地上に湧き出てその恩恵を我々は授かり生きている……魔力を生命力として活用したり、魔法として発動したりとな。それが〝霊脈〟だ……この程度のことは学園で習うはずだが?」


 スッと目を細めた。

 俺を射抜くように。

 俺が先ほど見せた短い所作で、一発で俺が〝霊脈〟について知らないことを見抜いたようだ。


「ハ……ッ! ただの度忘れだ。揚げ足を取るな。その程度、この生徒会長のシリウス・オセロットが知らぬわけがなかろう!」


 俺はシリウス・オセロットとしての記憶がない。

 だから知らなくて当たり前なのだが、そこを追及されたくはないので、適当なことを言ってごまかす。

 だが、グレイヴはジッと俺を見つめていた。

 疑わしそうに。


「……いや、お前は知らなかったな? 先ほどの様子を見ると……この世界の基礎的情報だぞ……地下に霊脈が通っている土地は命が潤う。植物はたくさんの実をつけ、動物は強い個体が生まれる。そんな一般常識……忘れるはずがあるまい」

「…………」


 俺は、余裕の笑みを浮かべ続けたが、内心「ウッ」と思っていた。

 確かに一般常識を忘れるようなことはまずない。あまり使わない知識でも中々忘れない物だ。

 それに、俺は天性の天才シリウス・オセロット。

 生まれ持った才能に胡坐をかいて努力を怠った男。そんな男が間抜けにこの世界の基礎教養を忘れるとは思えない。

 そして、グレイヴは更に探るような目になり———、


「お前……本当は誰だ?」


 そう———訊ねた。


「いったい何者だ? 本当にシリウス・オセロットなのか?」


「………………」


 彼の眼は段々……、


「それとも———やはり、古の魔王ベルゼブブ……あなたなのか?」


 すがるような、目に変わっていった。

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