第184話 推理

「……誰? とは?」


 すっとぼけたような声色のグレイヴ。

 だが、その表情は険しくスッと目が細められた。


 警戒している。

 集中している。


 余計なことを口走らないように、俺の言葉に対する返答を慎重に選んでいる。それが彼の放ち始めた雰囲気でわかる。


「お前は魔族の歴史をガルデニア国王であった時からすべて知り得ていたわけではあるまい?」


 そんな守りに入ろうとする彼を逃がすまいと俺は言葉を重ねる。


「貴様は仮にも元国王だ。だから隠された歴史についても知っている。だから、昔から非道な歴史の上に成り立ったガルデニアを壊そうと思った———と、そんな理屈をこねくり回すのだろうが、それではおかしい。時系列がおかしい。貴様が最初から魔族に対して贖罪をしたかったのであれば————ここに貴様はいない。もっと早くにその贖罪とやらを、大魔法陣カナンの発動を目論んでいたはずだ」

「………………」


 彼の、グレイヴの行動には理解しがたい部分が多数ある。

 その最たる部分がやはり———タイミングと動機だ。


 矛盾している。


 彼が王位を奪われたのが十一年前。

 そしてシリウス・オセロットの歳は———『紺碧のロザリオ』の設定だと十七歳である。

 シリウスは人口魔導生命体で、古の魔王を蘇らせようとして、失敗したもの。

 つまり十七年前の時点で〝魔王の復活〟は目論んでいたことになる。

 さっき彼自身が言った通り『敵に勝つ戦争利用』のために。

 だが、今の彼を動かしているのは『国を滅ぼしてでも行う贖罪』だ。

 十七年前は国を守ろうとし、今は国を滅ぼそうとしている。


「グレイヴ・タルラント。今の貴様の言葉で疑惑が確信に変わった。お前、〝誰か〟に吹き込まれて、今回の騒動を起こしたな?」

「……………」


 そう指摘され、彼は無言だったが、ピクリと眉を動かした。

 そして———、


「ほぅ……何故そう思う?」


 と、顎をあげて俺を見下すように、値踏みするような目を向ける。


「貴様は元々、少なくとも王位に就いていたころは魔族に対する贖罪などというものは考えていない。むしろ、魔族を利用し、ガルデニア王国民を守ろうとさえ思っていたはずだ。でなければ、オレという存在が———〝シリウス・オセロット〟という存在が生み出されたりはしない。生み出されてからも貴様はプロテスルカ帝国と戦争しようとはしない。何故ならば———単純に古の魔族を復活させるのであればプロテスルカ帝国とさっさと講和し、協力するのが一番だからだ」

「…………」


 図星の様だ。

 だから、俺は言葉を重ねた。


「そうだろう? グレイヴ・タルラント。オレの父親が主任を務めている王立魔導機関デウスはプロテスルカ帝国から〝魔法石〟を輸入することで発展した。古代兵器ゴーレムの起動に成功した上、一人で多数の古代兵器ゴーレムを操れるようになった。魔光ランプを始めとした、魔力を高度に操作し、その場に維持し続けられる魔道具も、プロテスルカ帝国から魔法石を輸入し、高度な魔力操作が行えるガルデニアの職人が加工し作れるようになった。魔族の復活を目論んでいるのであれば、この世界の〝魔導技術〟を高めるのは必要不可欠。だがそれを貴様はしなかった。プロテスルカ帝国との戦争に勝つことしか考えていなかった。国としての体面を優先させた。だから、戦争は少なくともオレが生み出されてから六年も続いた」


 彼が王位を奪われるまで六年だ。彼が十一年前の暗殺事件で殺されかけるまでの。

 そして戦争終結させたのが五年前。

 彼の弟のジグワールの手によって、ようやく終結させたのだ。 

 それからこの五年で魔道具技術は爆発的に発展した。

 先ほど俺が言葉にしたが、夜でも明るい魔攻ランプが流通し始めたのも、古代兵器ゴーレムを動かせるようになったりしたのも、ここ最近、五年間のことである。

 もしも、最初からグレイヴがガルデニア王国のことを、国民をどうでもいいと思っていたのなら、こんなに期間はあかない。

 十七年前、いや、それよりももっと早い段階でプロテスルカ帝国と協力し、利用し、魔族の復活を目論んでいたはずである。


「そして王位を失った後も、『スコルポス』を作り、ごろつきを集めて兵隊を作っていた。それはジグワール現国王に対する復讐のために元々集めていたはずだ。貴様は十一年前に暗殺されかけ、生き延びた後も魔族の復活など考えてはいなかった。単純な復讐しか考えていなかったはずだ。でなければ、先日、アリサに協力したりなどしない。貴様の貴重な私兵を、アリシア王女誘拐という魔族の復活と何の関係もないことに貸し出したりなどはしない。あれはプロテスルカ帝国と再び戦争を起そうという計画だった。そんなせっかく発展してきた魔道具技術を、王立魔導機関デウスの、魔王の複製体を作っていた研究機関の邪魔をする真似はしない」

「…………」

「そして———最後に〝そいつ〟だ」


 俺はグレイヴの隣にいる、魔王の複製体を指さした。

 話について行けずに我関せずと天を仰いでいた複製体が、「がう?」と首をかしげる。


「どうして複製体そいつの存在を、貴様が知っていた? 今はただのマフィアのボスの貴様が。王族でも一部の人間しか知らないような魔王のクローンのことを———」

「…………」

「昔から知っていたとほざくか? 元々自分が立てた計画で作られたものがようやく今完成したのだとのたまうか? 嘘だな。そうであったなら、オレは生まれていない。最初からそいつが作られていたはずだ。プロテスルカ帝国と協力してな。とっとと和睦して、魔法石を輸入してな。そいつが王立魔導機関デウスで作られたのは、最近の話だ。魔道技術が発展し、より高度な魔導生命体を生み出せるようなったから、複製体そいつが作られたのだ。十七年前に作ることができなかったそいつが———な」


 グレイヴはずっと険しい顔で押し黙り、その隣で複製体は相変らず頭に?マークを浮かべて首をかしげている。


「どうして、そいつの存在を知っている? いや、当ててやろう。ここまで理論を並べれば———答えは一つだ……」


 俺はスッと息を一つの見込み、タメを作り、グレイヴの眼を見据えて———、


「グレイヴ・タルラント。今回の件———ウチの父が———ギガルト・オセロットが手引きしているな?」


 そう、言い放った。

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