第183話 三つの質問。

「よぉ! また会ったな……オセロット家のボン」


 ゼブルニア大神殿の下でグレイヴ・タルラントは俺に向けて手を挙げた。


 その隣には犬のように膝を曲げて股を大きく広げて座る、いわゆるヤンキー座りをしている複製体の姿があった。


「……グレイヴ・タルラント。ガルデニア王城ぶりか……会いたかったぞ」

「ほう? 会いたかったか。お前が儂に?」

「ああ、聞きたい話が山ほどあるからな。ようやくここで理解できる。ようやくここで全ての疑問点が解消できる……」


 俺とグレイヴは10メートルほどの距離を保ち、会話を続ける。

俺は腕組み、仁王立ちして彼を睨みつけ、その後ろには不安そうなアンと目を閉じて命令を待つリタを控えさせている。


「なるほど……儂は別にお前の疑問に答える義理もないが……まぁ、それでは何も知らずに死ぬお前が不憫だ。言ってみろ」


 持っている刀の先を俺に向けてニヤニヤと笑いながらグレイヴは言う。

 楽しそうだ。

 彼の表情には心底この状況を楽しんでいる余裕がある。

 俺と対峙しているこの状況をどこかエンターテイメントとしてとらえているような、そんな余裕が……。


オレが聞きたい疑問は大きく三つ!」


 そんな彼に対して三本の指を突き出した。


「一つ! 貴様はオレの正体について知っているのか?」

「ふむ……正体……というと?」


 グレイヴは切っ先を横に向け、軽く両肩をすくめる。


「話していなかったか? 貴様の正体は魔王様の亡骸の一部を人間の身体と組み合わせて作った魔導生命体だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 それはガルデニア王城の玉座の間で聞いた情報だ。


「いいや、それでは説明が足りないな」


 全く持って足りていない。


「俺が聞きたいのは動機・・だ。どうしてオレを作った。どうして、魔王を蘇らせようとした?」


 チラリと視線を複製体に向ける。

 何もわかっていないように首をかしげている彼女だが、彼女だって生み出された存在。


 魔王を蘇らせるという目的のもとに———。


 それは間違いない。それだけは間違いない。

 そうでなければ、わざわざ魔王の死体の一部を使って人工的に生命を生み出そうとはしない。

 尋ねられたグレイヴは眉をしかめた。 

 面倒そうに。


「あ~……それに関しては複合的な理由がある。単純な一つの理由だけではない……だから、何と言ったらいいものか……長くなるがいいか?」

「ダメだ。短く話せ」


 普通の相手だったらここで時間を与えてやってもいいが、相手はすいも甘いも知り尽くしているマフィア『スコルポス』のボス。

 経験を積んでいる分だけ、いろいろな搦め手を知っておりそれを平気で使ってくるはずだ。

 だから、余計な時間を、グレイヴがペースを握り、話題を主導する時間はなるべく与えたくはなかった。

 そんな時間を与えると、あちらに思考すら誘導され思わぬ罠に陥りそうになる予感がしていた。


「つれないな……まぁいい。一言でいうと、戦争に勝つためだ」

「ほぅ」


 大方おおかた、そんなところだろうと思った。


「当時、我らは……ガルデニア王国はプロテスルカ帝国と戦争をしていた。あちらは魔法石を使った魔導補助剤によるドーピングで兵士を強化していた。一方でこちらは魔法石が出土する鉱山もなく、年々土地から産出される魔力が減り、強力な魔法使いも生まれなくなった。だから、魔王の力を借りたいと思った———当時、王だった私は魔王復活計画を打ち立て、貴様の父、ギガルト・オセロットに協力を申し出てな。これで満足か?」

「ああ、満足だ。それでオレ を使おうと、そう思っていたわけだ」


 ———戦争に。


「だが生憎と戦争が貴様の弟の手で終結させられてしまった。オレもそいつも無駄に終わったとそういうわけか」


 そう言いながら俺は複製体を指さす。

 複製体は相変らず何もわかっておらず、退屈そうに眼を細めて今にも寝そうになっている。


「———ああ、そうだ。その点に関しては貴様の父に感謝しろ」


 グレイヴは俺の言葉を肯定し、グッと力のこもった目で俺を見た。


「父に?」

「ああ、貴様が魔王様と似ても似つかぬ容貌と能力で生まれた時は、儂は即座に貴様を処分しようと思った。だが、貴様の父ギガルトは『何らかの形で使えるかもしれん』とかばったのだ。貴様の命が今ここにあるのは、ギガルトのおかげであることを忘れるなよ」

「……ふ、一方的に利用しようと思っていたくせに、都合のいい話だ」


 俺はグレイヴがあまりにも自分本位な理屈を唱えるので鼻で笑ってしまう。


「———まぁいい、次に二つ目の質問だ! 貴様は此処ここで何がしたい? 何を目的にこんなことをしている⁉」


 そう尋ねると、グレイヴは損底面倒くさそうに、目線を上にやり、「ハァ~……」と息を吐いた。


「その質問には、さっき答えたばかりだ。ロザリオ相手にな」

「何? 貴様、ロザリオに会ったのか?」

「ああ、ここからだいぶ離れた小神殿で会ったよ。最も今は眠ってもらっているがな」

「ロザリオを倒したのか? 貴様の息子だろう?」


 そう尋ねると、グレイヴは驚いたように目を見開いた。


「……どうして貴様がそれを知っている? シリウス・オセロット」

「……それは、」


 しまった。

 ロザリオが実はガルデニアの王子であり、このグレイヴ・タルラントの———グランド・フォン・ガルデニアの息子であるというのは、ロザリオ自身も知らず、グレイヴも一握りに信頼できる人間にしか話していないこと。

うかつにも俺は感情を先走らせ、知り得ない情報を口から漏らしてしまった。

 だが———、


「フッ、オセロット家の情報網を舐めるなよ」


 以前と同じようなことを言ってごまかす。

 それにグレイヴは完全には腑に落ちないが、ある程度は納得したように頷き、


「そうか……ギガルトにも話してはいなかったが……あいつなりに勘づいたのだろう。あいつは臆病・・だからな」


 ギガルトが臆病? それが俺がロザリオを知っていることと何か関係があるのか?

 それを疑問に思ったが、一々追及しては話が進まないと黙っておいた。


「だが、まぁ安心しろオセロット家のボンよ。ロザリオは生きておる。本当に眠っておるだけだ。奴にはまだこれからも役目がある———儂の贖罪しょくざいを引き継ぐと言う役目がな」

「贖罪?」


 それが———グレイヴの目的……。


「ガルデニア王家の連中から何も聞いていないのか? それともリタからも聞いていないのか? ガルデニアの歴史を———魔族がどうなったのかも」


 グレイヴが俺の後ろに控えているリタに視線をやると、リタはグレイヴに向けて一礼した。

 その仕草は話している、という意思表示に見えた。


「……あぁ、聞いているよ。ルシファーとかいう魔族が、魔王軍を裏切って人間に味方して魔族を追いやったんだろう?」


 裏切るルシファーも魔王の軍も、ファンタジー世界ではよくある設定だ。いろんなゲームで使われていて、聞き飽きている。

 だから、簡略化していったところ、


「魔王軍ではない、魔神皇国ゼブルだ」


 グレイヴに訂正される。

 彼は俺の口調に少し腹を立てたようで、


「ルシファーも人間に混じることとなり、ルキウス・ガルデニアと名と変えて、初代ガルデニア国王に。我が先祖となったわけだがな。その罪を償おうというわけだ。魔族を復活させ、ガルデニアを、この土地を———元のゼブルの民へとお返しする。それが罪を作った先祖の子孫である我らの役目だ」


 ゼブルの民……というのは、魔族と言う事なのだろうな。

 結局要はグレイヴの目的は———魔族の復活で確定と言うことだ。


「そうか……じゃあ最後の質問だ」


 そして、それは二つ目の質問と関係しており———、


「グレイヴ・タルラント。貴様は、魔族の情報を———〝誰〟から得た?」


 これが、最も重要な質問になる。

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