第173話 アンの告白

 一方、ロザリオたちがいる場所から遠く離れた、ゼブルニアの北東の神殿では———、


「ムグ…ン……ッ⁉」


 俺は———、シリウス・オセロットはアンに唇を奪われていた。

 キスを———されていた。


「ん……ぁ……はむ……」


 アンは目を閉じて唇だけに感覚を集中させ、貪るように俺の唇をついばんでいた。


 ————ブオオオオオオッッッ‼

「はああああああああああっっっ!」


 俺がアンに接吻をされている後ろでは、リタとミノタウロスが激闘を繰り広げられている。


「……プハッ! 何をやっておるのだ貴様は⁉」


 そんな戦いを背景に、ずっと呑気に女の唇の感触を楽しんでいるわけにもいかず、アンの肩を掴んで引き離した。


「正気か⁉」


 思わず荒い言葉を使い問いかける。

 父親の仇である俺に対して、自らキスをするなど、とても正常な思考で下した判断とは思えない。

 だが、アンは紅潮した頬で荒く息を吐きながら、


「正気じゃ……ないでしょうね……だけど、どうしようもない。どうしようもなく、私はあなたを……愛してしまった」

「————ッ!」


 ドキッとする。


 これは———告白だ。


 女の子からされる告白……アリシアに以前されたのを数えたとしたら二回目の告白になる。


 ———が、いかんせんに落ちない。


「愛するだと⁉ どういうつもりだ、アン・ビバレント! お前はオレを憎んでいるはずだ! 父を殺して家族を崩壊させたオレを憎みきっているはずだ! お前は———復讐者だろう!」


 そういうキャラクターだ。アン・ビバレントというキャラクターは。

 『紺碧のロザリオ』というゲームの中で、〝復讐〟というテーマを持った、ごうを背負わされたキャラだ。


「そう———私はあなたに父親を殺された……だからあなたを殺す理由がある」

「そうだ、だからこそ———」


 チラリと、そこにあった銀のナイフを見る。

 アンの手から零れて床に落ちた、銀の刃を。

 それをここで、俺の胸に突き立てるべきはずのものを———。


オレを殺———、」

「でも‼ あんたにも———〝理由〟があった!」


 俺の言葉を、アンの叫びが遮った。


「全部〝理由〟がある! あんたが魔王の細胞から作られた人工生命体であることも! 魔族をこの世に存在してはいけないことも! 私の父があんたの命を狙ったことも! 魔剣が父からボスの手に渡ったことも! 全部全部……理由がある」

「何……?」

「あんたは———非道な人間……〝外道生徒会長〟と言われる悪の権化のような存在よ……だけど、普通の環境にいれば〝そう〟はなりはしない。あんたが、ちゃんと愛情を与えられる環境にいればそうはなりはしない———だから、」


 ガバッと、アンは俺の身体に抱き着いてきた。

 自分を抑えられなかった様子で、いきなり飛びついてきて、背中に回した手に強く力を込めた。


「あんただけが———悪いわけじゃない」


 そして、優しい声を……かけてくれた。


「な、何のつもりだ……? 俺は生まれながらの鬼畜外道だぞ? 何を勘違いしている?」

「そういう風に運命づけられたんでしょう? 父親からは自分の権力を高める道具としてしか見られていないし、母親はいない。子供なのに誰から愛情を注がれずに、役目ばっかり背負わせられたら〝そう〟もなる。そんなあなたを———私の父は殺そうとした。役目だから……ビバレント家の〝使命〟だから。地上の魔族の根絶は……だけど、あんたが魔族なのかどうか、まだ・・わからないのに抹殺しようとした。自分が何者かも知らなかった、昔のあんたに真実を突きつけて———だから、全てが壊れた。私の家族も、あんたも……そんな、魔族はこの世から殺さないといけないというこの世界の常識に、私たちは壊されたの」

「お前の父親が、俺を殺そうとした……?」

「ええ———そうよ」


 そんなことがあったなんて……俺は知らない。

 少なくとも原作ゲームにはそんな設定はなかった……はずだ。そんな仕方のない事情があったような設定は何も……なぜならば、シリウス・オセロットはプレイヤーに憎しみを抱かれるべきキャラクターだからだ。悪役貴族だからだ。

 そんな同情を抱かれるような設定は、なかったはずだ。

 だが———現にアンは潤んだ目で俺をまっすぐに見据え、


「復讐は———しない」


 確かに、そう宣言した。


「私はあなたを愛してしまった。私にどれだけ憎しみをぶつけられても、どれだけそしられようとも、黙って受けとめてくれたあなたを———。私を見守り助けてくれたあなたを……愛してしまった。そんなあなたを……私にはもう、殺すことができない。だから———、」


 アンは俺を抱きしめる腕の力を、フッと抜いた。

 そして、そのまま体を離し、


「———生きて。私たちと共に生きて……そのために、ボスを止めて……この世界を滅ぼそうとしている、ボスを、一緒に」


 ポロポロと、彼女の頬から涙が零れ落ちる。


「アン……」


 俺には———彼女の感情がわからなかった。

 今何を思って思いを告白したのかが。

 なぜならば、俺は何も知らないからだ。

 彼女がどこで、誰から〝真実〟を知り、それを知ったことにより何故、ここで自らの思いを全てさらけ出したのか。想像することもできない。

 そしてその〝真実〟が何なのか、具体的にはわからない。

 だが———伝わった。

 彼女が本当に俺を想ってくれているということと、グレイヴを止めたいという真摯しんしな気持ちはしっかりとこの胸で感じ取れた。


「お前はオレを許す———とそう言いたいわけだな?」

「……ええ。許すというのも、おこがましいかもしれない……あなたは私の父を殺したくて殺したわけじゃないんだから。それなのに、あなたは黙って、私の復讐を……」

「そうか……」


 内心、そんなわけがないだろうとは思う。

 シリウスがそんな同情するべきキャラクターなら、俺の中でのシリウス像が揺らぐ。

 俺が現実世界でやったあのゲームでの悪逆非道なキャラクターは一体何だったんだと言いたくなる。


 だが———、


「話はそれで終わりのようだな」

「ええ……」


 ————ブオオオオオッ!


 急に牛の鳴き声を近くに感じる。


「———いけない! ご主人様! ミノタウロスがそっちに!」


 リタの声だ。

 そして、ドシンッ、ドシンッと巨大な牛の化け物が走り寄る足音が近寄って来る

 リタが打ち漏らした魔物が、狙いを変えてこっちに向かっている。

 それを、俺は———、


「アン、お前の気持ちは受け取った。お前がそう望むのならば、オレはこの世界で生き———、」


 拳を作り、


 ————ブオオオ……ガッ⁉⁉⁉


 殴りかかって来るミノタウロスの拳を受け止めた。


 そしてそのまま———、


「この世界を守るために———この命、使って見せよう‼」


 力を込めて、思いっきりミノタウロスの巨体を押した。


 ————ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!


 吹き飛ぶ———。

 牛の化け物の大きな体が、俺の力任せの押し出しによってまるで野球ボールかのように真っすぐに天井に向かって飛んでいき、この地下都市を覆っている硬い岩盤にぶち当たって、ガアンっと大きな音を立てた。


「……少し、本気を出し過ぎたかもしれないな」


 俺は自分の拳を撫でた。

 シリウス・オセロットの躰が持つ元々の筋力が凄まじいのもあるが、今のは魔力も相当な量が放出された。筋肉を活性化し、力を何百倍にも増強させただけではなく、体外に放出されて大気を巻き込み風を作り出した。

 軽く———まだ、魔力で作り出した旋風があたりに余韻として残っている。


「あんた……あれを吹き飛ばすなんて、なんてバカぢから……」


 アンも驚いている。


「いつもはもっと手加減をするのだが……今は、無理らしい……!」


 それだけ———俺の気持ちは高揚こうようしていた。

 嬉しくて。

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