第172話 古代史の真実と復活の魔法『カナン』

贖罪しょくざい……?」


 グレイヴの言葉をそのまま繰り返すロザリオ。

 彼にはグレイヴの意図がわからなかった。どうして、国を滅ぼすことが罪の償いになるのか。そして、人間の罪とは何なのか……想像もつかなかった。


「そんなことをする必要があるとは思えませんが……それにどうしてボスが率先してやる必要があるんです? 自分の思い込みを人に押し付けているだけじゃないですか?」

「クックック……そうではない。そうではないよ、ロザリオ。人間は大きな罪を犯した。この古代都市ゼブルニアが魔族の都市であったのは知っているな?」


 グレイヴが手で扇いで、下に広がる廃墟の都市を示す。


「ええ……ここに来る前に聞かされましたよ。千年前に栄華を極めて人間をしいたげていた魔族の都が、まだ現存しているなんて驚きでしたけど」

「人間を虐げていた……か。まぁ、そういう言い方しかできんわな」


 グレイヴはまた「クック……」と笑う。

 その様子が、自分だけが全てを知っているような様子がロザリオには不快で、チャキリと剣を鳴らした。


「もったい付けた言い方をしていないで———とっととその贖罪とやらの詳細しょうさいを話したらどうです⁉」


 苛立ちを隠そうともせずに声を荒げた。

 それでもグレイヴは余裕のある態度を崩そうとせず、笑ったまま、


「魔族はな……魔王ベルゼブブは人間を虐げてなどいない。管理していたのだ。平和に暮らしていけるように。住む場所を決め、そこから出て他の生き物と争わぬように、他の生き物に食われぬように管理をしていたのだ」

「管理……?」

「ああ、このゼブルニアの……今はもう土で埋まってしまっているが……東の方の草原エリアに人間は暮らしていた。争いもなく平和にな。互いを想い合い、時には支え合い、ささやかではあるが、穏やかな、何の苦しみもない生活を味わっていた。1万年も———な」

「1万年……⁉」


 ガルデニア王国が建国されてから、千年の時が経過している。

 その長い歴史よりもはるかに長い期間、人間が魔族に管理されたと言われれば、驚きを隠せなかった。


「そんな、嘘だ!」

「クックック……嘘かもしれんなぁ。儂も見てきたわけではない。あの方から伝え聞いたことに過ぎん。だが考えてもみよ。それが例え嘘だとしても———今の人間の世界は〝幸せ〟か?」

「…………ッ!」


 グレイヴにジッと見つめられて、言葉に詰まる。

 幸せかどうか……それは、ロザリオには答えられなかった。


「5年前まで、ガルデニア王国はプロテスルカ帝国と戦争をしていた。血で血を洗う大戦争だ。国と国の都合で多くの国民が犠牲になった……その戦争が終わってようやく平和になった。だが、それでも人間は幸せにはなっていない。未だに争い合ってすらいる。そうだろう?」


 グレイヴはロザリオを指さし、それをグッと突き出し、自らの言葉を強調した。


「身分はあるわ。格差はあるわ。嫉妬で同じ人間の足をひっぱるわ。ストレス発散のために弱い者を虐めるわ……平和になっても人間は救いようがない。他国との争いがなくなった分、その攻撃の矛先が内側に向くという始末。身分の低い乱暴者は頭のいいクズに便利に使われて弱者を傷付け、身分の高い馬鹿は人の心を知ろうともせずに弱者を虐めて愉しんでいる! 人間の世界はいつまでたってもそんなもんだ! そんな世界がいつまでもいつまでも続く! それでいいのか、ロザリオよ!」


 身分の低い乱暴者……身分の高い馬鹿……。

 ロザリオは頭の中でいじめっこのティポとザップ、そして改心する前のミハエルを思い出した。

 腕っぷしの強い者、生まれながらにして権力を有している者は得てして他人の心がわからない。わかろうともしない。

 そんな非道な人間たちが弱者を苦しめるから、いつまで経っても人の世には不幸が満ちている。

 その考えは、わかる。わかってしまう。

 何故なら、以前のロザリオも全く同じ考えで、〝正義〟を執行し、卑劣な〝悪〟を闇に隠れて成敗していたからだ。


「———1万年前! 地上は〝楽園〟だった!」


 グレイヴが両手を広げて天を仰ぐ———。


「この地上は〝魔族〟によって正確に管理され! 全ての生き物はそれぞれの領分でそれぞれの〝幸せ〟を享受していた! それを自らの手で壊したのだ! 人間は! 自らが支配者になりたい! 王になりたいという欲望によって魔王を殺し、この世界を混沌の渦に巻き込んだ! これはその〝贖罪〟で、その時の愚かな先祖に対する〝復讐〟なのだよ!」


 高らかに宣言した後、顎を引いてロザリオを見つめるグレイヴ……その瞳はまっすぐで、何処か純粋な光を放っていた。


「それで———滅ぼすんですか? 地上に生きている人間を滅ぼして、どこかで生きている魔族をかき集めるって? そういうことがしたいんですか? あんたは! 気の長い話ですね……」


 ギガルトが王立魔導機関『ゼウス』で魔王の複製体を蘇らせたとは聞いたが、今もどこかで魔族が生き残っていると言う情報をロザリオは持っていない。

 そんないるかもわからない存在だよりの計画をロザリオは認められない。馬鹿馬鹿しいとすら思う。


「かき集める必要などない」

「ハッ! さっき言ったじゃないですか。お返しするって。この地上を。支配者の座を本来あるべき場所へお返しするのが———〝奉還〟って言葉の意味だと理解していますが?」

「そうだ」

「なら、そうでしょう? あなたは〝魔族〟に人間のいなくなった地上をお返しする———それが目的なんでしょう? だから、滅びの魔法・カナンを発動させようとしている。それで大虐殺を起して、誰もいなくなった地上を魔族に渡そうとしている。違いますか?」


 ロザリオがキッと睨みつける。


「でも……その〝魔族〟もいるかどうかわからないじゃないですか。ボス、あなたのしていることはただただ徒労に終わる可能性もあるんですよ?」


 少しだけロザリオの眉尻が下がる。

 どこか、同情しているような表情……。


「何を勘違いしている———」


 だが、グレイヴは全く意に介すこともなく———告げる。


「———大魔法陣・カナンは滅びの魔法などではない。〝復活〟の魔法だ」


「復活?」

「ああ———地上の人間を生贄いけにえに、〝いにしえの魔族〟を復活させる。それが儂が本当にやりたいことだよ。ロザリオ」


 ロザリオの眼が驚愕に見開かれる。


 ————……ブオォォォォォ‼


 遠くでは牛の鳴き声のような音が響く。

 こことは別の場所でも、魔物が出現しているのだろうか……。


「最も、そのためにはしっかりとした〝準備〟が必要なのだがな……しっかりとした〝器〟の準備が……」


 グレイヴは牛の鳴き声が聞こえた方向を見てニヤリと笑った。


「———計画は順調だよ。ロザリオ。お前らは儂の目論見通りにここに来てくれた……〝あいつ〟を———連れてきてくれた」

「あいつ……?」


 その言葉に、ロザリオは嫌な予感がした。

 同時に、ここにいない〝彼〟のことが頭をよぎり、初めて彼のことを心配・・した。

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