第171話 グレイヴの真の目的

 ゼブルニア北西の小神殿———ロザリオとナミがいる場所では、十数体の蛇怪人ラミアとの大乱闘が繰り広げられていた。


 —————シャアアアアアア!


「クッ……!」


 鋭く長い爪で襲い掛かるラミアの攻撃をロザリオは剣で受け止める。

 ラミアの掌に刃を当てるが、その魔物は全身を硬い鱗で覆われており、手の内側も例外ではない。鋼に剣を押し当てているような感覚がロザリオを襲い、


「ああ……なんて力……しかも、毒液が……!」


 魔物の人間と桁違いの腕力で押し込められ、更には爪の先から溶解液が滴り落ち、ロザリオの服を溶かし始めている。

 しかもこの空間にいるのは一体だけではない。


 —————シャアアアアアア!


 彼の左右から別の個体が声を上げながら突撃し、その毒液まみれの爪をロザリオの躰に突き刺そうと————、


剣仙源流けんせんげんりゅう————一ノ太刀いちのたち……」


 その化物の身体が、上と———下に分かれた。


 ————シャ?


「……雷花らいか


 ロザリオに襲い掛かろうとした二体のラミアの腹部に亀裂が走った。

 その亀裂こそ、胴体を両断した斬撃の痕。

 肉体を分かたれたラミアはその場で倒れ伏し、うめき声を上げてピクピクと震えるだけのたいとなった。


「———ナミさん!」


 助けたのは、ナミだった。

 彼女は目のも止まらぬ速さで駆け抜け、二体のラミアを切り捨てたのだ。


「……………」


 そして、ロザリオの歓喜の声にナミは全く反応することなく、チャキリと鞘に収まる刀の柄に手を当てた。

 そして足にグッと力を込めたかと思ったら———再びその姿が消える。


「お……?」


 ————シャアァァ……。


 ナミが姿を消したかと思ったら、ロザリオと鍔迫つばぜり合いをしていたラミアの顔面に縦一文字の亀裂が入る。

 そして手からフッと力抜けたかと思ったら、頭から股にかけて両断されたラミアの死体がロザリオの足元に転がる。


「あ、ありがとうございます。ナミさん」

「……………ッ!」


 返事をしようとはせずにナミはそのまま、高速で駆け抜けて行った。

 そして———、


「—————ッ!」


 ロザリオは———そこから先、繰り広げらた光景を黙って見ていた。見ていることしかできなかった。

 だが、何が起きているのか理解することはできなかった。

 ナミは、十体のラミア相手に大立ち回りを繰り広げている……のだろう。

 推測でしか言うことができないのは、彼女の動きが早すぎて、ロザリオでさえも目視できないからだ。

 こう見えてロザリオは騎士学園の生徒で、昔は貧弱だったものの今は鍛え上げ、そこそこの慧眼けいがん———洞察力を持っている。

 そんなロザリオの中級の騎士にも匹敵しうるロザリオの眼でさえ、ナミの動きは全く捕らえることができなかった。

 ただ———キラキラと刃の反射の光がラミアの周囲に所々煌めくだけで、彼女の姿は全く————、


 ————シャアァァ……。


 気が付いたら、十体もいたラミアの躰はバラバラに切り裂かれ、神殿の床にボロボロと散らばっていく。


剣仙源流けんせんげんりゅう———三ノ太刀さんのたち……快踏乱舞かいとうらんま……」


 ナミは今披露した、多数の敵を瞬く間にバラバラにした技名を呟き、キッと目線をグレイヴ・タルラントに向ける。


 パチ、パチ、パチ……。


 そんな敵意を、『スコルポス』のボスである老人は、微笑を浮かべて軽い拍手をしながら受け止める。


「いやはや……流石は古の最強剣士、〝剣仙〟の末裔———オフィリア家。その剣仙の再来とも言われるナミ・オフィリアなだけのことはある」

「………………」


 ナミは何も言わずにただ睨みつけるだけだ。


「フ……ッ、恐れ入る。敵の前では油断せず、か。例え出現したラミアが全滅したとしても気を抜かない。だが、少しは返事をしてくれてもいいのではないか?」

「……………」

「つれないねぇ……敵を相手にかける言葉などなしってか……?」


 グレイヴは肩をすくめるが、ロザリオはナミが今どう思っているのか気が付いている。


 ————彼女は緊張しているのだ。


 油断していないとか、敵に容赦をしていないとかではない。

 単純に知らない人間に話しかけられてどうしていいのか———わからないだけだ。

 その証拠に、彼女の首筋にはダラダラと汗が滝のように流れ、小さくではあるが体が小刻みに震えている。

 唇も何度か開いたり閉じたりを繰り返し、言葉を探している様子だ。


「……ボス。いえ、父上」


 緊張しているナミが可愛そうになってきたので、ロザリオは自ら話しかけてグレイヴの興味を向けさせる。


「む? なんだ、ロザリオよ」

「どうしてこんなことをするのです? 大魔法陣カナン……でしたっけ? 聞きましたよ。滅びの魔法なんでしょう? このガルデニアを、商業都市ハルスベルクを崩壊させるほどのヤバい魔法なんでしょう? どうしてそこまでするのです……え~っと、ボス、いえ、父上……う~ん、どっちで呼んだ方がいいですか? 正直、いきなりあなたが父親だと言われてもイマイチピンと来ないし、あなたに対してあまり思い入れもないから、そうは呼びたくもないんですけど」

「フ……ッ、どちらでも構わん。好きな方で呼べ。ロザリオよ」

「どうも、ボス———、」


 ロザリオの言葉にグレイヴは一瞬寂しそうに眉尻を下げたが、話が完全に脱線してしまっているので、その問いかけに関しては適当に受け流した。


「———で、どうなんです? どうしてそんな関係ない人を巻き込むような大災害を起そうとするんです? グレイヴ・タルラントさん」


 閑話休題。


 元々のお話、どうしてグレイヴがここにいるのか、大魔法陣カナンを起動させようとしているのか、その動機の話に戻る。


「どうして……か」

「ええ、今の国王、ジグワール様に王位を奪われたから復讐を誓ったのでしょう? なら、その対象はジグワール国王陛下のみでいいはずです。暗殺でも何でもすればそれで終わりです。なんなら、その後あなたが再び王位につくことだってできる。あなたの話が正しいのならジグワール国王は簒奪者さんだつしゃだ。奪われた王位を取り戻すという筋書きさえちゃんと描ければ、臣下はあなたを王と再び認めるでしょう。ですがそれもしようとしないで、国を滅ぼすことにこだわっている。これは一体何なんです? あなたは何がしたいんです? 単純な復讐ではないでしょう?」


 どうにもロザリオには腑に落ちなかった。

 グレイヴがやろうとしていることも、ジグワール一人の暗殺を計画していないことも……そしてやたらに———、


「はぁ……それはな……、」


 グレイヴは少しめんどくさそうな様子で答える。


「「———正義のため」」


 グレイヴとロザリオの声が———ハモッた。


 グレイヴは自分の答えが予測されていたことに明らかに不快感を示して目を細めてロザリオを睨みつける。


「———でしょう? そんな曖昧で取り繕った答えなんか求めてないんですよ」


 だが、ロザリオは笑みを浮かべて更に挑発を重ねる。


「何がどうして、この国が滅ぼすことが正義になるのか、はっきり言葉にしてください。ボス。じゃないと……寝覚めが悪い」

「寝覚め?」


 ピクリとグレイヴの眉が動く。


「ええ———理由も知らずにあなたを殺してしまっては後味が悪いと、そう言っているんです」


 そして、ロザリオが自信に満ちた笑みを浮かべて剣の先をグレイヴに向けた。


「あなたが誰で何だろうが、僕は僕の〝正義〟で動きます。理由が何であれ、何の罪もない人間に危害を加えようとするならあなたは〝悪〟だ———それを許すわけにはいかない」


 グレイヴはロザリオに剣を向けられて、キョトンとした顔で固まっていたが、やがてその顔が破願し、


「ククク……クァ~ハッハッハッハッハ! クアッハッハッハッハ‼」


 壊れたように大声で笑い続ける。

 その様子に流石にロザリオも恐怖したように顔を引きつらせる。


「何がおかしいんですか?」

「おかしいさ。何の罪もない? 正義? そうだな、貴様ら人間にとってはそうかもしれんな。だが———あの方にとっては、〝魔族〟にとっては違う!」


 グレイヴの表情が変わる。

 笑顔はなりを潜め、歯をむき出しにし、両肩を上げて怒りを全身で表している。


「魔族……? どうしてそこで魔族という単語が出るんです? それにあなただって人間でしょう?」


 魔族の肩を持とうとでも思っているかのような発言に、ロザリオは眉をひそめた。


「人間? そうだな、儂も人間だ。だからこそ———なさねばならん、〝奉還〟を」

「ほうかん……?」


 その聞きなれない単語に首をかしげる。

 どういう意味なのか、ロザリオにはわからなかった。

 だが、グレイヴは両手を広げて話を続ける。


「そう! この国、土地、大地をお返しするのだ! かつてこの地を治めていた魔族に! 我々を管理していただいていた〝あのお方〟に‼ 全てをお返しする————ロザリオ、それが儂の正義……真の目的よ」


 グレイヴは狂気じみた笑みを浮かべてだらりと両手を垂らして脱力した。


 空虚なその瞳———。


 吸い込まれそうになって、ロザリオは背筋が凍る。


「———ロザリオ、人は、人間は罪を償わねばならん。儂がやっていることは……贖罪しょくざい なのだ」

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