第170話 彼らの後ろでは激闘が繰り広げられている。
—————ブオオオオオッ‼
小神殿から降りると、そこにいたのは巨大な牛の化け物だった。
「何だ、あいつは……⁉」
人型だが明らかに人間ではない。
まず、サイズが違う。
通常の大人の身長の二倍、三倍……優に五メートルはある。
そして、頭部は毛が逆立った気性が激しい闘牛のような異形のもの。だが首から下は人間とほぼ変わらない。だが、肩やへその辺りは動物のように剛毛で覆われていて、人間と獣の間のような姿———半牛半獣だった。
「
隣を走るリタが呟く。
「ミノタウロス……⁉ この世界にもそんな奴がいるのか?」
ファンタジー作品ではよくみる魔物だが、こっちの、『紺碧のロザリオ』のゲーム世界にもいるとは思わなかった。ということは、俺がプレイした原作ゲームのシナリオでは登場していない魔物、ということになる。
「いる。現代にはほとんどいないけれど、古代にはたくさんいた……普通の人間ではまず敵わない。一体出たら百人の人間が殺されると思った方がいい。そう、古代の人間は恐怖していた」
「ハ……ッ! 魔族らしい……魔物をよく知る解説を、ご苦労!」
こういう様子を見ると、彼女が改めて魔族であることを認識し、敵か味方か測りかねてしまう。
油断せずに行こうと、気を引き締め、
「キャアアアアアアアアアアア‼」
—————ブオオオオオッ‼
悲鳴を上げるアンへ遅いかかるミノタウロスの拳を———、
「
受け止めた。
————ブオ……?
アンとミノタウロスの間に入り、自分の拳の十倍以上あるかもわからないサイズの怪牛の攻撃を難なく受けとめ、
「……援護する」
俺の隣を走っていたリタが飛び上がる。
そして———一瞬でミノタウロスの首元までたどり着くと———、
「ハア…………ッ‼」
———ガッ!
俺に注意が向いているミノタウロスの横面を、リタが蹴りで張り飛ばした。
————ブオオオォォ……⁉⁉⁉
悲鳴を上げながら飛んでいくミノタウロスは、勢いよく廃墟にその巨体を突き刺し、崩落する瓦礫にその身を埋める。
その様子をジッとリタは見つめ続けていた。
敵に対して警戒しているように———。
「……大丈夫か? アン」
ミノタウロスはとりあえずダメージを受けてすぐには動けないでいる。
その隙にアンの無事を確かめようと、怯えて竦み、尻餅をついていた彼女に寄り添った。
「え、ええ……私は大丈夫……」
とはいうものの、完全に腰が抜けている様子。
俺は手を指し伸ばすと、彼女は一瞬ためらい、その手を取るかどうか躊躇して視線を泳がせ———最終的にはグッと言葉を飲み込むように唇を噛みしめながら、俺の掌の上に自らの手を乗せた。
「どこにもケガはなさそうだな……」
「ええ、でもどうして……?」
「ん?」
彼女は何とか、俺に手を引かれて立ち上がることには成功したが、うつむき続けて俺に顔を見せようとはしない。
「どうしてそこまで優しくするの?」
「それは……どういう意味だ?」
アンが表情を見せないので、気持ちを推し量れない。
「私は、あなたの命を狙っているのよ? なのに、どうして私に優しくするの?」
「……それは今、聞くべきことか?」
今はミノタウロスという突然の脅威が出てきて、それに対処をしなければいけない時だ。
リタが顔面を蹴りつけ、大きなダメージを与えたとはいえ、油断して呑気な会話を繰り広げるべき時じゃない。
その証拠にミノタウロスを埋めている瓦礫がボロボロと崩れ落ち、
—————ブオオオオオッ‼
怪牛の巨体が再び起き上がった。
「……今はあいつをどうにかする時だ」
とりあえず、話は退治してからだとミノタウロスの方へ向かおうとしたが、
「待って……!」
俺の袖をアンがギュッと掴んだ。
「何だ? それどころじゃないと何度———、」
「……いや、構わない」
俺の言葉を遮ったのはリタだった。
彼女は腰を落としてミノタウロスを睨みつけ、
「〝それ〟どころで構わない。あの程度の相手、私一人で対処可能……ご主人様の手を煩わせるまでもない。アンが話があるのなら、そのまま続けてもらって———構わな……ない!」
リタが強く地面を蹴る。
そして———矢のように空中を飛び、ミノタウロスへと辿り着くと、再びその顔面に蹴りを見舞った。
—————ブオオオオオッ‼
「はああああああああああッ!」
そのまま、小柄な少女と巨人サイズの怪牛の格闘戦が始まった。
ミノタウロスはその巨体に見合わない機敏な動きでリタへ拳を使った攻撃を繰り出すが、ただでさえ小さな身体の上に、強靭な身体能力を持つ彼女はウサギのように自分の身長の何倍もの高さを跳躍するものだから全く動きを捕らえられずに、四方八方から繰り出されるリタの足技によって一方的に蹴り続けられ、防戦一方と化している。
そんな戦闘光景を遠くに、俺とアンは向き合い、
「……
話を続ける。
チラチラと横目で戦況を確認しながらではあるが。
「当たり前? そんなわけがない———私は何度も何度もあなたを殺そうとした」
アンはミノタウロスなど目に映っていないかのように俺だけを見つめて、
「生徒会長だから? 生徒だから? そんなの言い訳にならない。私なんか見捨てても良かったのに……どうして? あの時だって———」
「あの時?」
「あの……モンスターハント大会の時だって。あの時の夜———私は足を踏み外して崖に落ちた」
「あぁ……」
そんなこともあった。
ロザリオを追って夜中に偶々遭遇し、そこで彼女は足を踏み外してがけ下へ落ちていった。そこを俺が抱き留め、クッションとなって彼女を救ったのだった。
その後、意識を失ってしまって、目が醒めた時には朝になって彼女はいなくなっていた。
思えば、あの時からアンとはギクシャクしてしまっていた。
「あれも当然だ。
「そんな、責任感の強い人間が……どうして私の父を殺したの?」
「……それは」
確かに矛盾が生じる。
かたや生徒を守り、かたや鬼畜外道としか言いようがない所業で人を殺めている。
性格的に別人としか思えないだろう。というか本当に別人なのだが。
俺がこの世界で前世の記憶を取り戻すのと、入れ替わるように本来のシリウス・オセロットの人格は、どこかに消えてしまった。アンの母親と恋仲になろうとして父親を殺した外道のシリウス・オセロットの人格は。
だから、はっきりいうと彼女の復讐の対象はもうすでにいないのだが———それを伝えたところで、彼女は納得しないだろう。
「……
あくまで本能。よく考えていないと誤魔化した。
それに対するアンの回答は———、
「そう、なら……私は———、」
柄の部分に赤い宝玉が装飾されているのが目立つ、特徴的な銀のナイフだ。
それを———俺に突き立てるか。
まぁ仕方がない。
シリウス・オセロットはあまりにも罪を既に犯し過ぎた。受け入れよう。
そう思って目を閉じた時だった。
カランカランカラン……。
石畳の床に、金属が落ちる音が聞こえる。
「む……?」
案の定、思った通り俺の足元には先ほどアンが取り出したナイフが転がっており———今の彼女の手には何も握られていない。
「私は……私も……!」
「……?」
彼女は何も持っていない手をわなわなと震わせたかと思うと、グワッと急に伸ばし、俺の首元を掴んで、グッと引き寄せた。
———ああ……刺殺じゃなくて絞殺をするつもりか。
そのまま彼女は俺の制服の襟を掴んでいる手を首に回し、絞め殺すつもりなのだろう。
アンの顔が間近に迫り、視界一杯に広がる。
俺の苦しむ顔を見ながら———ゆっくりと復讐を果たすつもりなのだろう。
全てを受け入れ脱力する。
一方でアンは———なぜか顔を真っ赤に染めて、
「シリウス・オセロット。私も———やりたいようにやらせてもらう……!」
そういって顔を更に近づけ———、
「何を……ムグ———ッ⁉」
そのまま———自らの唇で俺の唇を塞いだ。
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