第169話 リタの真意

 ロザリオたちを最初に向かわせた場所とは反対側の———北東の小神殿。


「ここには、いないようだな……」

「そうね……」


 アンと共に台形型のピラミッドを登頂し、その最上部にあった祭壇を見渡す。

 何年も放置されていた埃被ったその場所に、新しく人が入った形跡はない。


「次へ行こう。アン、リタ———、」


 その前に、と隣に立つアンと最上部フロアの中心にある祭壇に腰を掛けているリタに話しかける。


「———何か情報はないか? グレイヴ・タルラントが何処に居そうだとか。この古代都市について何かつぶやいたことはないか。グレイヴとは旧知のお前らだ。グレイヴの最終的な目的はこの古代地下都市を使っての国家転覆計画だったはずだ。その時のために協力者が必要で、お前たちにそれをさせようと事前に何か知識を与えていたのではないか?」


 元仲間であり、成り行きで脱退した彼女らは何か知っているはずだ。だから俺はここに連れてきた。

 だがアンは首を左右に振った。


「私は知らない。オヤジは常に金と武器を集めることに執着していた。それは『タルラント商会』を拡大させて、『スコルポス』を守るために、力と権力を身に着けて私たち子分を守ろうとしていたんだろうと思っていたけど……その肝心の子分たちも暴走して今はムショの中……あいつらを助け出そうともせずにオヤジはこんなことを初めて……正直……私も戸惑っている」


 アンは失望したように肩を落とし、


「私は———オヤジを止めたい」


 静かに、自らの決意を言葉にし始めた。


「オヤジは優しかった。父さんも失って母さんも動けなくなってどこにも行き場がなくなった私たち親子を囲って、寝床と居場所をくれた。『スコルポス』っていう仲間にも入れてもらった。私の復讐の後押しまでしてくれた。普通だったら辞めるようにいうのに。復讐なんて何もならないって、常識的なことを言うのに。そんな私にやりたい放題させていたオヤジが、優しいオヤジが、ガルデニア王国を転覆させるなんて……街の皆を巻き込むようなことをするとは思えない。やるとしても、心のどこかで止めたがっているんじゃないか、って。だってそれは———、」


 ハッとしてアンが言葉を止めて俺を見る。

 目が合う。合い続ける。

 その顔が一瞬クシャリと歪み、俺の目線に耐えられなくなったかのように瞳を伏せる。


「———とにかく、オヤジに会いたい。会ってその真意を確かめたい」


 そしてくるりと背を向け、小神殿の階段を降りていく。

 ここにはもう用はない。早く次の場所へ行こうとその背中が言っていた。


「……そうか」


 グレイヴ・タルラントがなぜ行き場のないアン・ビバレントを囲ったのか。それは彼女に自分の復讐に協力させるためだ。

 本来は『紺碧のロザリオ』のアンルートの話になる。

 シナリオの中盤でアン・ビバレンとはロザリオ・ゴードンの協力の元、仇であるシリウス・オセロットを討ち果たす。その後、復讐を成し遂げたアンはグレイヴに感謝の意を伝えると、今度はグレイヴから「お前の復讐の協力したのだから儂の復讐にも協力しろ」と自分の尖兵になるように命令する。それでアンは何の罪もない人間を傷付けることになると思って『スコルポス』を離脱する。そういうシナリオだ。

 つまりは、グレイヴ・タルラントの優しさには裏がある。

 そのことをアンはまだ知らないし、知る由もない。

 本来、ここでちゃんと話しておいた方がいいのだろうが、どう伝えたものか。伝え方がわからない。何せ俺はアンの仇なのだから……。


「……リタ。お前は何かわからないか? 組織の幹部だったお前には、グレイヴは何か話していなかったか?」


 とりあえず、今はかける言葉のないアンは置いておいて、リタに情報を求める。

 リタは祭壇の上に腰を掛けていた。


「ボスは……カナンを起動させて、地上世界から人間を一掃するつもり。その計画は私には話していた……というより私が話した」

「何?」


 ジッとリタの真紅の瞳が俺に向けられる。


「この古代地下都市の情報を伝えたのは———この私。太古から生き長らえている魔族の家系———堕姫だきのリリスの直系の末裔である私が伝えた……」


 リタの全身から怪しい魔力が迸る。

 明らかに人間ではない、禍々しい何かを———。


「そうか……つまりお前はやはり———〝裏切る〟というわけか」


 拳を握りしめる。

 こうなることも想定していたが、結構、早かったなと思った。

 俺はリタの人間性を知らないし、何ならグレイヴ・タルラントを慕っていた。俺に忠誠を誓うと言葉では言っていたが、本心ではずっとグレイヴに操を立てていてもおかしくはない。

 それにいずれ裏切るのなら、俺の目の前で裏切らせようという魂胆もあった。

 地上に残して置けば、下手したら俺が手の届かないところで悪事を働く可能性もある。俺の身体は残念ながら一つだ。遠い場所で何か事を起こされては対処のしようがない。

 だから、面倒ごとは一か所に集めておいた方がいいと思った。


オレに仕えるという言葉はやはり嘘で、心はずっと『スコルポス』だったというわけか。オレの前で跪いてみせたのも油断させるためのパフォーマンスか?」


 リタは、首を振った。


「ううん。私はあなたに忠誠は誓っている。ボスとあなた。どちらを優先するかとしたら迷わずにあなたを選ぶ。私がボスにここのことを話したのは、あなたにとって得になると思ったから。あなたの、本当の悲願の……」

オレの……悲願……?」


 それは、シリウス・オセロットではなく、その奥にいるあいつの———、


「そう———魔族の復、」



「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」



 神殿の下から悲鳴が響いた。


「アンの声だ!」


 俺はすぐさま床を蹴り、悲鳴のする方向へ向かった。


「………ッ⁉」


 言葉を遮られたリタも、祭壇から急いで飛び降り、俺のあとに続いて駆けていった。


 廃墟の街へ既に降りた、アンの元へと———。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る