第168話 いや、決して〝どうでもいいこと〟ではない。

 古代都市ゼブルニアは南側に大神殿があり、西側に等間隔で三つの小神殿、東側にも同様に三つの小神殿が配置されている。

 シリウス達一行は北側にある入り口から来て、シリウス、アン、リタが東へ。

 そしてロザリオ、ナミが西側の小神殿へと向かっていた。


「いませんね……ボスは。やっぱり……」


 ゼブルニアの真西を頂点にして、その北側に一つ小神殿がある。

 その北西の小神殿が二人にとっては一番近かったのでとりあえずそこに辿り着き、グレイヴ・タルラントを、ロザリオとナミが探していた。

 小神殿の頭頂部にある祭壇に手を触れながら、ロザリオがあたりを見渡す。

 床に描かれた魔法陣は起動しておらず何の光も放っていない。その上埃被っている。だが、周囲に足跡が見える。その数は多くロザリオとナミの二人だけが付けたようには思えない。


「だけど、ここにはボスたちは一度来たような形跡がありますね……」

「そ、そ、そ……そうですか……」


 ナミは神殿の柱の陰に隠れるようにしてロザリオの様子を伺っていた。


「……なんです? そんな怯えているような感じで」

「お、男の人……怖いです……」


 そう言ってビクビクと肩を震わせるナミにロザリオは肩を竦ませ苦笑する。


「何を言っているんですか。あなた僕よりも強いでしょう?」


 ロザリオは首元に手を当てる。

 数か月前の話だ。 

 ロザリオは魔剣に意識を支配されて、自分が最強だと思い込み、強い人間を倒す快楽におぼれた。誰でも倒せると自惚れてナミにも勝負を挑んだことがあり、その時に返り討ちにされて、危うく首を落とされそうになったのだが……そのことをナミは覚えていないらしい。

 というか、ロザリオは顔を隠して闇討ちをしていたので、覚えていないというかナミにとっては知る由もない事なのだが。


「そんなところで隠れていないで、一緒にボスを探しましょう」


 ナミに歩み寄ろうとした時だった。


「で、でも……あなた、何考えているのかわからない……」


 ナミが一歩下がり、ロザリオから更に距離を取った。


「へ?」


 その言葉の意味が分からず、ロザリオの首が傾く。


「あ、あなたが、生徒会の人間で一番何を考えているのかわからない……いっつもニコニコ笑っていて……何か企んでいるようで……それに、元『スコルポス』だっていうので信用できないのに……会長は私と二人きりにさせて……ひどい……」

「いや、会長が僕とナミさんを二人きりにさせたのは、もしも僕が裏切ってもナミさんならどうにかできると信用してるからで……まぁ、何をする気もないんですけど」

「なら、ど、ど、どうして……『スコルポス』に入ったの……? そして、どうして抜けたの……?」


 そう聞かれるとロザリオの中で改めてどう言ったものか……そのことについて自分がどう思っていたのかどう思っているのか考えてしまう。

 思いを巡らせ少しだけ上を見上げながら、


「強くなりたかったから。ですかね」

「それだけの理由で?」


 ナミの眉間に皺が寄る。

 元から強いナミにとっては強くなりたいと言う理由で裏社会の人間に頼ってまで強くなろうという気持ちが理解できないのだろう。


「ハハ……まぁ、バカだったんですよ。手段を選んでられなかったわけじゃなくて、選ばなかった。僕はいじめられっこでした。気弱で貧弱でいつも何かに怯えていて。何もしていないのにどうして僕はいじめられるんだろうって。そんな僕が変わるきっかけになる言葉をくれたのが———シリウス会長でした。何もしないから、変えようとしないからいじめられるんだって。だから、僕はとりあえず自分を変えようと……今まで入ったことのないような世界で、気弱な僕を叩きなおしてくれるような世界に入ってみようと思ったんです。結果、強くなりました」


 そう言って力こぶをつくる。


「じゃあどうしてそこを抜けたの……」

「それはやっぱり、ボスが、グレイヴ・タルラントが何かを、この国を揺るがす何かを企んでいたからってわかったんですよ。アリシア王女誘拐事件の時、僕も誘われたんですよ。アリシア王女をプロテスルカに誘拐して戦争の火種にする。それは———正義じゃない。それが分かったから抜けたんです。例えボスが、グレイヴ・タルラントが本当は———、」


「〝自分の父親だったとしても〟———か?」


 その声は———ナミの隣から響いた。

 老人の———声。


 キィィィィン……ッッッ!


 つばぜり合いの音が響く。


「お~……お~……危ないねぇ。瞬時に刀を抜いて首切ろうとするとは……さっきまでの怯えようが嘘みたいだ」


 ———グレイヴ・タルラント。


 いつのまにやら現れた顔にやけどの跡がある老人はナミの真横に立ち、腰から二本の刀を抜いて、ナミの攻撃を受け止めていた。

 ナミはグレイヴの声が響いた瞬間に雰囲気をがらりと変えて、瞳に殺意を宿して鞘に手をかけ居合の一閃を放った。


「…………ッ!」


 それが、ものの見事に受けとめられている。

 だが、グレイヴも危うかったようで、彼の二本の刀はまだ鞘から抜けきっておらず、無理やりナミの攻撃の軌道上にその鞘に引っかかっている刀を持っていったせいで、鞘を固定している腰帯が異様に引っ張られ、肉に食い込んでいた。


「ボス⁉ グレイヴ・タルラント!」


 ロザリオも遅れて剣を抜いて戦闘態勢に入る。


「お~お~……名前を呼び捨てかい。冷たいなぁロザリオ。儂はつい最近自分の正体を明かしたばかりだろうに。お前の正体も明かしたばかりだろうに。ロザリオ・ゴードン。いやロザリオ・リ・ガルデニアよ」


「———ッ!」


 ロザリオの頬に汗が伝い、その柄を握りしめる手がギリリと鳴る。


「ガルデニア?」


 ナミの目がロザリオに向き、その一瞬の隙を付いてグレイヴはナミの腹に蹴りを入れようとするが、ナミは一瞥もせずにその攻撃に感づきかわし、タッタッとバックステップをしてグレイヴと距離を取った。


「ロザリオさんの……ファミリーネームがガルデニアってどういうことです?」


 そして、グレイヴの先ほど攻撃など意にも介さず、ロザリオを見つめたまま問う。


「……さぁ? 僕にも何が何だか。最近言われたことで、急にそんなことを言われても半信半疑でしょう? 僕が前王の息子だなんて———、」


 首を振り、笑みを浮かべるがどこか苦しそう。無理して作っている風のある笑顔だった。

 その顔を張り付けたままグレイヴを指さし、


「———そこのグレイヴ・タルラント。本名、グランド・フォン・ガルデニアの息子だなんて」

「あの人の……息子……⁉」


 一方でグレイヴは蹴りが躱されたところでバランスを崩し、「おっとっと」とヘンテコに片足で跳び跳ねながら、


「いいやぁ……お前にはその証拠がある。お前の手にはあるだろう。亡き母から受け継いだ永劫に魔力を放ち続ける魔石の指輪。エバーライトの嵌った指輪が」


 体制を立て直し、グレイヴがロザリオの手を指さす。

 が、その両手に指輪など、どの指にも付けられていない。


「———ありませんよ?」


「おい貴様。普段から身に着けていないのか?」

「男が普段から指輪なんて付けませんよ。邪魔だし。まぁそんなものもしかしたら姉さんが預かっているのかもしれないけれど———、」


 ロザリオが腰を落とし、右手で剣を握り前に構え、左手を後ろに、グレイヴの死角に隠す。


「———どちらにしろ飲めない話ですよ。今のガルデニア王家に復讐しろ、なんて話は」


 そして、敵意を込めた目をグレイヴに向ける。

 グレイヴは少しだけショックを受けたように瞳を開いたが、


「残念だ。ロザリオ。貴様には見どころがあった。だから貧弱で弱い貴様に魔剣を貸し与えてやったというのに……」


 ブンッと刀を振るうと、空中に亀裂が入る。

 その亀裂が開き、黒い孔を形成する。


「え———魔孔まこう⁉」


 魔物を発生させるゲートが発生したことにナミは驚く。魔孔 まこうは魔力が集まっている場所に発生しやすい。ガルデニア王国の魔力の生成炉と成っているこの地下都市ゼブルニアは高魔力の空間で発生してもおかしくはないが、明らかに今、グレイヴは自らの手で魔孔まこうを作り出した。


「人間が魔物世界の扉を開けるなんて———!」


 ナミのその言葉を受けて、グレイヴはきょとんと眼を開け、次にプッと吹きだし爆笑し始めた。


「ハッハッハッハ……魔物世界、なんてダサい言い方をするなよ。この先は此処とは違う世界……魔のモノの楽園———〝魔界〟だ」

「呼び方なんてどうでも……どうして魔孔まこうを作り出すことができるんです……? ただの人間のあなたが……?」


 問いかけるナミだが、開きっぱなしの魔孔からは雷が迸り、神殿の壁に当たり魔物を生み出している。

 半人半蛇の化け物を。


 ———シャアアア……!


 人間のような顔をしているソレは口が耳まで裂け、長くへそまで届きそうな舌をチロチロと伸ばす。


「ラミア……!」


 上半身は人間の女。下半身は巨大な蛇。動きは素早く毒液を吐くため中級の冒険者でないと対処できない厄介な魔物。

 それが次々と生み出されていき、既に十体は現れている。


「どうして人間の儂が魔孔まこうを開けるのか。そんなことはどうでもいい。それよりも重要なのは———これを何のために使うか。力を、命を、何のために使うか……だ」


 そして、グレイヴは刀の先をナミとロザリオに向け、


「儂はコレ・・を———正義のために使う」


 瞬間———ラミアたちが一斉に襲い掛かってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る