第167話 ビバレント家の使命

 前世の話になる。


 つまりはこの世界に来る前の話、現代日本で普通にサラリーマンをやっていた時の話だ。

 休日返上の上にいつ家に帰れるかもわからない長時間労働をしていた俺は段々と旅への憧れを募らせていた。いつか、金を溜めて行きたいと思っていた場所があった。

 それがイタリアのポンペイだ。

 火山噴火によって滅んだ古代ローマの都市。あまりにも突然空から大量の火山灰が降り注いだため、そのまま地中に眠ることになり、当時の光景をそのまま現代に遺すことになった、何とも風情がある古代都市。

 観光ガイドブックで何度も何度もその寂しさと虚しさが伝わる写真を見た。

 それとそっくりな光景が、今目の前に広がっていた。


「ここは……まさに……」


 古代地下都市ゼブルニアは、俺が憧れたポンペイそっくりだった。

 石造りの家が並び、石畳の道路が敷き詰められている。家はほとんどが崩壊し、屋根もないが、それはこの家が元々木材と組み合わせて作らていたからであろう。壁のいたるところには朽ちた木材を固定している石の釘が刺さっていた。


いにしえの息吹を感じる……そんな街、だな」


 普段都会のコンクリートジャングルに囲まれて、こんな観光地じみた場所に来たことがない俺はついつい呑気な感想を漏らしてしまう。


「はぁ? あんた何言ってんの? 真面目にボスを探す気があるの?」


 そんな俺をアンがチクリと言葉で刺す。


「すまんな。だが、こんな物珍しい場所に来たのは初めてなのだから、多少高揚してもしかたがなかろう」

「フン、悪の生徒会長様が何を人並みに楽しそうにしているのよ」

「……ところで、お前は本当にいいのか?」

「何が?」


 石畳をコツコツと鳴らしながら、二人並んで俺たちは歩いている。


「こうして、オレと共に歩いていて。オレはお前の仇だろう?」


 俺は両手を広げ、無防備な姿をさらす。


「いつもだったら時と場所を選ばずに殺しに来ていたのではないか?」

「………そうね。でも、今はタイミングがタイミングでしょう? オヤジが何かしようとしている。街が危機に陥っているのかもしれないし、そんな時に戦力は一つでも減らしてはおけないでしょう……あなたはこの中で一番の戦力なのだから。それにあなたを殺そうと思えば、私はいつでも殺せるもの」


 スッとローブの内側に手を入れるアン。


「いつでも殺せる……ね。別にオレはやってもらっても構わんぞ。このシリウス・オセロットは外道の生徒会長だ。いままでしてきたことの報いは甘んじて受けるつもりだ。未練がましく言い訳などするつもりはない」


 この世界を守るために、きたるラスボスを倒すために俺はこの世界に留まっているが、本来だったらシリウス・オセロットは生きていてはいけない人間である。

 それだけ罪を犯し過ぎた。

 人は殺しているし、いじめにより学生の人生を滅茶苦茶にしもした。

 ならば殺されても文句は言えないし、自分の人生を滅茶苦茶にされても何も言えない。

 やったらやり返されるのだ。


「……本当に?」


 声が後ろから聞こえてきた。

 ふと、気が付くとピタリとアンが足を止めていた。だから、歩きっぱなしの俺と彼女の間に距離ができる。


「アン?」


 俺は振り返り、うつむく彼女の様子を伺っていた。


「シリウス・オセロット。本当にあんたは自分が死んでもいいと思っているの?」


 顔を上げて、少し目に涙を溜めていた。

 その目に何か悲痛な感情があることを感じ取った。


「……ああ。オレを殺したいのなら。殺せばいい。別に構いはせん」


 そのローブの下にナイフでも持っているのなら、突き刺したければ突き刺せばいい。


 そう———覚悟を決めた。


「…………そう」


 だが、アンはローブの内側に入れていた手をスッとおろした。


「私にはあんたを殺す資格がある」

「ああ」

「だけど———あんたにも私を殺す資格がある」

「………?」 


 どういう意味だ? 

 話が読めない。


「あんたは覚えていないの? どうして魔剣がビバレント家にあったのかを———、」


 そういえば今俺が所有している魔剣・バルムンクはロザリオから奪ったものだが、元々はグレイヴの手に、そのまた更に前はアンの家に、ビバレント家にあったという。

 その父親———当主のダン・ビバレント家にあったという。


「覚えていない」


 というか、数か月前に現代日本人の俺に人格が入れ替わり、記憶が共有されていないので覚えていないというか———知らない。 

 そんなことは想像もつかないだろう。アンは少しショックを受けたように全身を震わせ、「そう……」と一言呟くと話を続けた。


「———ビバレント家は代々刑務官の家系だった。囚人を監視する刑務所の監督をするなんて穢れた仕事をやる、貴族の中でも下のランクの貴族。どうしてそんな下級貴族が魔王が所有していたとされる魔剣なんて物を持っていたと思う?」

「さあな」


 アンは元々貴族だったが平民に身を落とされた。

 家の当主であるダンが亡くなり、母親も旦那が亡くなったショックで廃人化。一人残されたのはアンのみ。それで無情にもビバレント家はお家おとり潰しとなった。

 ひどい話ではあるがない話ではない。

 貴族の世界も弱肉強食。

 貴族が全体で所有すると冨も無限ではなく、限られたそれを平等に分け与えられるほど貴族という人間は人格ができていない。時には平然と他者を蹴落とす、踏みにじる。

そんな弱者の家系であるビバレント家にガルデニア王国と因縁のある魔王の遺物が遺されていたというのは確かに少し奇妙な話だ。


「ビバレントの家には———裏の顔があったからよ」

「裏の顔?」


「それが———魔族を狩る仕事」


 アンはうつむき、絞り出すようにその言葉を吐き出した。


「魔族を……狩る……」


 突然の告白に上手く言葉を返せない。

 アンの家が、ビバレント家がそんなことを生業にしていたなんて、全く知らなかった。


「ガルデニア王国は、今生きている人類は魔族の存在を許さない。過去にいたことすら認めていない。だけど、今の時代でも魔族は生きている。細々と人間に見つからないように暮らし続けている。それを殺しつくすのがビバレントの家の役目。魔族を殺しつくすことこそがビバレント家の使命……だって」


 アンは、フッと自嘲気味に笑って肩をすくめた。

 そして言いたいことは言ったと言いたげな顔をして、スタスタとまた歩き始める。


「つまりは———そういうこと……あんた、魔王の細胞から生まれた人工魔導生命体……とかいうやつなんでしょ?」

「あ、あぁ……」


 そのことをアンまで知っているとは……だが、彼女が元『スコルポス』であることを考えると……。


「グレイヴ・タルラントから聞いたのか?」

「いえ、私は別の、あんたの中にいる、」

「お~い! 二人共何やってるのぉ~……!」


 いつの間にか前方の遥か遠くをあるいていたリタがこちらに向かって手を振っている。


「一つ目の小神殿はここだよ~! 早く来て~……!」


 リタが、石造りの巨大な台形の建造物に手を触れていた。彼女のすぐ横には階段があり、直ぐにでも上りたいとうずうずしているようだった。


「行きましょう。もしかしたらあの上にボスがいるかもしれない。そうなると戦闘になるかもしれないから」

「あ、あぁ……」


 言葉を遮られたアンだったが、そのまま何事もなかったかのようにリタの方へと歩いていった。


 ●


 ゼブルニアの最奥にある大神殿にて———。

 大きな台形型ピラミッドの頂点にある祭壇の下には大きな魔法陣が描かれている。


「ガウ……?」


 その祭壇の下で寝かされていた紫髪の少女がパチリと目を開けた。


「どうやら……追手が来たようだな……」


 ほんのりと輝いていた魔法陣の外側に座っていた老人、グレイヴ・タルラントも声をあげ、下に広がる廃墟の街を見下ろす。


「歓迎しよう……この世界に生きる罪深き人間たちよ……この世界は元々」


 グレイヴが刀を抜き、空中を斬る。

 すると空間に亀裂が入り、そこから広がり大きな黒いあなとなる。


「———〝魔族〟のモノだ」


 黒い孔から雷が走り遺跡の床にぶち当たるとそこから生えるように巨大な魔物が出現する。


 —————ブオオオオオッ!


 鳴く。

 その魔物の頭は牛で胴体は筋骨隆々な人間の姿をしていた。


「行け……ミノタウロスよ」


 グレイヴの声にこたえるようにその魔物———ミノタウロスは飛びあがり、廃墟の街ゼブルニアへと降りて行った。

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