第164話 独自で動くことにした

 夜———。


 ハルスベルクの街から明かりが消えて、ほとんどの人が寝静まった頃のことだった。

 ハルスベルクの街には謎の地下へと続く入り口がいくつも点在している。人一人が入れるぐらいの扉もない横穴で、中へ入るとすぐに下水路にあたるため、それを整備する人間の出入り口だと思われていた。

 思われていた、というのがこの土地の記録が戦争とそれに伴う混乱により一度失われ、ハルスベルクの都市の基礎の知識が今に語り継がれていないからである。だからこの都市には、ガルデニアにはまだ謎が多い。

 加えて、地下水路の奥には更に深い場所まで続く通路があった。

 その先には土器や武器のような明らかに文明の遺物が見つかっており、地下古代文明都市と言えるようなものがある。

 だからもしかしたらその地下通路は上のハルスベルクが何かあった時のために下の地下都市に逃げる、シェルターへ行くための避難路のようなものだったのかもしれないが、誰も知らない。

 その情報を秘匿する王家以外は。


 下水路の、地下通路の奥の奥には土まみれの扉がある。


 そこに魔光ランプが壁にかけられ、二人の鎧装備の衛兵の全身を照らす。


 片手に槍を持ち、腰に剣を引っ提げ、何が来ても、どんな敵が来てもいいように重装備の様子だ。

 胸部プレートにはガルデニア王国所属で表す黄色い三本線が入っている。


「む……誰か来る……? おい! そこのお前! 何の用だ! 止まれ!」


 衛兵が大きな声を上げたのでそれが狭い通路に反響する。

 二人が槍の切っ先を向けると、暗闇から一つの影がランプの光のもとさらされる。


「兵士諸君。見張りご苦労。オレは怪しい者ではない———、」


 長身の男だった。

 頭をすっぽりフードで覆い、全身もローブで隠しているがただならぬ雰囲気を醸し出している。


「———この地方の領主の息子、シリウス・オセロットという」


 パサリとフードをめくり、その顔が晒される。鋭い眼光に細いおもて。それに自信に満ちた傲岸不遜な笑みを張り付けている。


「……オセロット家の方ですか。ですがここはお引き取りを。この先には凶悪な犯罪者がいます。これ以上先に進むことはガルデニア王国政府より固く禁じられています」

「アッシュ・フォン・ガルデニア様から何も聞いていないのか? その凶悪犯を捕えるために聖ブライトナイツ学園の生徒の手を借りる、と。明日、生徒たちがその奥に凶悪犯探索の任務で入る。オレはその下見だ」


「アッシュ王子から?」と、隣の衛兵を見つめるが、もう一人の方も首を振って肩をすくめる。


「そんな話は聞いていない」

「そうか。まぁ急な話であるし、何より諸君らが現在グレイヴ派かジグワール派か信用できん状態。まだ話が降りていないのも無理はないだろう」


 一人の衛兵がシリウス・オセロットの偉そうな態度に対して明らかな不快感を示す。

 眉をひそめて言う。


「……事情がおありの様ですが、ここはお引き取りを。王政府から何人たりとも通すなと言われております」

「だが時間がないらしいのだ。故に明日になればそんな危険な場所に手段も択ばずに生徒会長のオレの物であるはずの可愛い生徒たちが送り込まれる。騎士というものは、軍人という者はいずれ死地に送られるもの。そのために剣と魔法の技を磨き、死ぬ確率を下げる訓練を施している。上からしかものを見ていない王族にとってはその時期が早まっただけだと考えているだろうが———まぁ、今ではないわな」

「何をブツブツ言っている?」


 苛立っている。

 だから衛兵の一人が威嚇するように槍を軽く前に突き出した。


 ガ————ッ!


 そのをフードの下から伸びた手がガッと掴む。


「何を⁉」

「悪いが通してもらう。要はたかが一人の〝徘徊老人探し〟。無駄な人手を使ってやみくもに探すよりも、その者をよく知る身内で探す方がはるかに効率がいい」


 ドッ、と片方の衛兵の首元から、打撃音が響く。


「ウ……ッ!」


 そしてそのまま崩れ落ちる。


「お、おい! どうし、」


 倒れた衛兵の背後にフードとローブで全身を隠した人影があった。 


 二人目————、


「貴様……!」


 ドッ、ともう一人の衛兵の後ろ首に刀が当てられる。

 同様に意識を失い倒れるその兵士の頭上には、殺さないようにと峰打ちをした白刃が煌めいる。

 そして、そのまま刀を持った三人目の人影が魔光ランプの下に現れる。

 彼女・・は、フードの被りが浅くその顔が照らされる。


「い……い、い、いいんでしょうか? こんなことをして?」


 困り顔の黒髪の女剣士———ナミ・オフィリアだった。


「構わない。シリウス様の、ご主人様の命令は全てにおいて優先される」


 二人目に現れた人物———手刀で衛兵を気絶させた少女・・もフードを外す。


 銀髪のロリ———元『スコルポス』のリタだった。


「アッシュから直々に聖ブライトナイツ学園にグレイヴ・タルラント探索の依頼は既に出ている。それはつまり聖ブライトナイツ学園生徒会長のオレに対して探索の任を下したと言っていい。言質は取っている。これが問題になったとしても第一王子のアッシュに責任を取ってもらう。問題はない」


 槍を投げ捨て、この場を指揮しているシリウス・オセロットはズンズンと古代地下都市へ続く扉に手をかける。

 ギィと重たい音がして、奥から澄んだ空気が流れ込む。


「行くぞ。我々だけでとっととグレイヴ・タルラントを捕まえる。第二回モンスターハント大会をやるまでもない。たかが一人のマフィアのボスを捕まえる程度———この五人・・だけで充分だ」


 ここにはもう二人、ローブで身を隠した人間がいた。

 その二人も既に魔光ランプの下に身を移しており…………シリウスに呼びかけられると頭に掛かったフードを外す。


「全く、夜中にまで会長にこき使われるなんて」


 爽やかな印象の笑みを浮かべる少年———ロザリオ・ゴードンと、


「………………」


 赤茶色の髪の復讐者———アン・ビバレントだ。


 五人の、パーティー全員の顔が晒されたところで、シリウス・オセロットがフッと笑う。


「さぁ! 古代地下都市探索だ! モンスターハント大会ならぬ、マフィアボスハント任務クエスト———、今を持って開始を宣言する!」


 狭い通路で高らかに声を響かせながら、彼は先頭を歩いていく。


 元『スコルポス』の三人と、「何で私呼ばれたんですか~」と特に『スコルポス』とは関係のない剣聖無双を引き連れて……。

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