第163話 決意

 放課後————。


 アッシュが来たりとアンがグレイヴ捕縛の協力を申し出たりと今日はいろいろとあった。


「ふぅ……」


 聖ブライトナイツ学園校舎バルコニー。

 城のような形をした校舎の上階にある空中庭園とも呼べるような場所で俺は一息ついていた。

 これからどうするべきか……。

 眼下に広がるハルスベルクの街を眺めながら考える。

 グレイヴ・タルラント捕縛に聖ブライトナイツの生徒たちを使う……果たしてそんなことをしてもいいのか? 下手をすれば死者が出る。

 以前のモンスターハント大会とは違う。

 あの時は万が一にでも死者が出ないように『スコルポス』を緊急事態の救助要因として雇っていた。

 今回はその『スコルポス』自体が敵なのだ。

 彼らには頼めないし、かといって王国軍も頼れない。

 現王の失態が露呈し、信用が失墜している。グレイヴ側に寝返り、その結果生徒に牙をむく可能性もある。


「かといって突っぱねられるようなキャラじゃねぇしなぁ……オレ……」

「何を黄昏たそがれているんだ? 師匠」


 カツカツと足音を響かせてアリシアが歩み寄って来る。

 風になびく髪を抑えながら、


「迷っているのか? 生徒たちを危険な場所に飛び込ませることに」


 俺の隣に並び、手前の手すりに両肘を乗せて街を眺める。


「……ああ」


 正直に、肯定する。 

 アリシアになら、この世界で一番長く時間を共有した彼女になら、弱みを見せてもいいかと思った。自然と自分の悩みを打ち明けてもいいと思えてしまった。


「そうか。君も変わったな」

オレ が?」

「以前の君だったら、アッシュお兄様に生徒たちの手を借りたいと申し出られたら喜んで協力しただろう。それどころか、交換条件で金までせびったはずだ」

オレがそんなこと……」


 ———するわ。普通に。


 シリウス・オセロットは鬼畜外道なのだから。


「……あ~」


 自己嫌悪で頭を抑える。

 気を抜いている。抜き過ぎている。

 悪役として振舞う必要性がなさ過ぎて、自分が〝シリウス〟という人間であることを忘れていた。

 本来、この世界のヘイトを一心に受け止めるべき悪役であるはずの存在ということを———。

 殺される必要がないんじゃないかと思ってしまったから。

 この世界でずっと生きていけると思ってしまったから———。


「ダメだな……俺は……」


 思わず弱音を漏らす。


「いいんじゃないか?」

「え———」


 無意識で呟いた言葉を肯定されて、驚いてアリシアを見る。


「人に優しくなれるように変わったのは、どんな理由だとしてもいいことなんじゃないか?」


 彼女は優しく微笑んでいた。

 母のように———。


「アリシア……どうした? いつもだったら「君らしくないな」とでも言ってくれるのがお前じゃないのか?」


 アリシアは以前、俺に弟子入りを申し出た時、俺が「ビッチ」呼ばわりしても、「頭がお花畑」だと罵倒してもそれがいい、と目を輝かせていた。

 悪人としての態度を見せれば見せる分だけ俺を肯定する。

 俺を一番の悪役だと思っているのは彼女のはずだ。


「らしくなくても、それも〝君〟だろう?」


 彼女は———俺を肯定した。

 そしてバルコニーの手すりから両肘を離して手を広げて近づいてくる。


「何を———⁉」

「いいから」


 ぎゅっ、と抱きしめられた。


「……突然なんのつもりだ?」


 アリシアの暖かさに鼓動が高鳴りそうになる。

 だがそれは悪役らしくない……というか単純に恥ずかしいので必死に抑える。

 抱き着かれているのだ。彼女の頭は俺の胸にピタリと付けられ、今も鼓動が聴こえているはずだ。


「離れろアリシア。オレを誰だと思っているのだ」


 少しの油断で感情が伝わってしまうと必死にシリウス・オセロットらしく平静を装う。


「いいから」


 彼女は俺を離そうとはしない。それどころか逆に手に力を込める。


「貴様はさっきからそればかりだ。急に男に抱き着くなはしたない。本当に誰彼構わず体を許す売女ビッチにでもなったか?」

「ボクが体を許すのは君だけだよ」


 さらっとドキッとする言葉を言ってくれる。

 この言葉にはさすがに心臓の鼓動が跳ねた。


「……いいから離れろ。どういうつもりだ」

「わからない。ただ、君に優しくしたくなった。君が魔導生命体であるという、作られた人間だって聞いて……」

「あ、あぁ……」


 そういえば玉座の間でグレイヴ・タルラントが大々的にそんなことを言っていたな。

 普通の人間として生まれていない。研究所で生まれた生き物だと。


「だからどうした。オレ は気にしていない」

「そうだろうね。だけど、こうしたいと思ったんだ。君を抱きしめたいと思ってしまったんだ」

「意味が分からん。どういう流れだ」

「例え君が気にしていなくても、人と違うって言うことは寂しいことだから……だから、寄り添いたい」

「…………」


 あぁ、そうかなるほど……これは同情か。

 アリシアは俺が変わった理由が自分の出自を知り、アイデンティティが崩壊したと思っているのか。生まれながらにして勝ち組の〝貴族〟では実はなく、人間以下の魔導生命体どうぐだとわかり、自信を失っている、と。

 そんなことはないのにな……。

 まぁそうだとしても———、


「安心しろ、アリシア。オレ オレだ」

「そうかい?」

「ああ———シリウス・オセロットとして、グレイヴ・タルラントを捕まえる。そして——、」


 この世界を———いや、この街を、手の届く範囲の守れるものは全て守ろうと、そう決意した。


 ハルスベルクの街は夕陽に照らされて輝いている———。

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