第162話 グレイヴを捕まえろ

 もう一度———モンスターハント大会を。

 そう告げたアッシュは両手を広げて笑顔を浮かべている。


「モンスターハント大会……だと? まさか貴様……」


 こいつ、さわやかな顔をしておきながらとんでもないことを言う。


「人手が欲しい。そのために君たち学園騎士生徒の手を貸して欲しい」

「ウチの生徒にグレイヴ・タルラントを捕まえろ、と? マフィアのボスとその横に魔王の力を持つ複製体がいるとしても? 危険すぎる」

「え?」


 と、疑問の声を上げたのはアリシアだ。彼女は目を丸くして俺を見ていた。そのほかにもロザリオ、ミハエルが同様の戸惑いの表情で俺を見ていた。


「な、なんだ? どうした?」


 そんな視線を向けられる心当たりがない俺は当然困惑してしまう。


「シリウス、君がそれを言うかね?」とミハエルが呆れたように肩をすくめ、

「君は生徒を危険に平気でぶちこむ外道生徒会長だったじゃないか。あの『モンスターハント大会』だって、危険すぎる黄昏の森に連れていかれたんだ。生徒の一人や二人死んでいてもおかしくはなかったんだぜ?」

「む……」


 ぐうの根も出ない。


 そう言えばこのシリウス・オセロットは鬼畜外道。悪逆卑劣。そんな言葉がふさわしい、他人のことなど路傍の石ぐらいにしか思っておらず、人の気持ちを踏みにじることが何よりの娯楽だとのたまうそんな男。


 ———なるほど。


 はたから見ると、そんな卑劣漢が何を常識的なことを言い出すのかとあっけにとられるのも当たり前だ。


「……………ふむ」


 しかしそれにしても、振舞おうものか……。

 常識的に考えるとアッシュの提案は断るべきなのだが、シリウス・オセロットオレは悪役貴族。生徒の安全のために依頼を断るとなるとキャラがブレて怪しまれる。いや、怪しまれたからなんだという話ではあるのだが……俺が転生者などとバレたところで、説明したところでこの世界の住人であるアリシアたちには理解できないだろう……


「———じゃあ! 頼んだよ! シリウス・オセロット!」


「む……? あ……!」


 気が付いたらアッシュは生徒会室を出る寸前だった。こちらに向かって手を上げて笑顔を向けている。

 話しは終わったとばかりに。


「ま、待て! まだ何も決まっていないぞ! 地下都市探索を生徒にやらせると言う話は何も!」

「大丈夫! 無理にグレイヴ・タルラントを捕まえなくていい! 見つけて僕に知らせるだけでいいんだ! どんなに城がごたごたしてようと、僕にも信頼のおける親衛隊は何人かはいる! 彼らがグレイヴ・タルラントを捕縛する役目を担おう! 彼を見つけるだけの簡単な仕事だ! 頼んだよ! シリウス・オセロット!」

「おい‼ 待てと言うておるに!」


 俺の言葉もむなしく、アッシュはそのまま扉を閉じて行ってしまった。


「どうするんです? 会長……会長⁉」 


 俺はガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。


「アッシュを追う。こんなイベント。このまま進めてなるものか」


 と、企画の取りやめを宣言しに行こうと扉を開けた時だった。


「うおっ⁉」


 生徒会室出入り口出てすぐの場所に、人がいた。


「アン……アン・ビバレント……」


 赤銅色の髪の復讐者がそこにはいた。

 憂いを帯びた瞳が俺を見上げる。


「……今の話聞いていたのか?」


 尋ねると彼女はこくんと頷いた。


「協力させて」

「は……?」


 予想外のワードが飛び出て、思わず固まってしまう。

 そんな俺に対してアンは一歩前に踏み出て、


「グレイヴ・タルラントを、ボスを捕まえるのに……私も手を貸したい———」


 そう言って、決意を込めた目で俺を見上げてきた。

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