第161話 アッシュの依頼

「———グレイヴ・タルラントが地下都市に入った⁉」


 生徒会室で、アッシュからの報告を受けたアリシアが声を上げる。


「ああ、錬殿の高い兵士を見張りに立たせていたが……止められなかった。グレイヴ・タルラントは古代地下都市に入り———やはり〝厄災〟を引き起こそうとしている」


 アッシュの口調が早口になっている。事態が予想よりも悪い方向に行きそうで焦っているのだろう。

 その証拠に———、


「地下都市って?」と、ミハエルが隣に聞き、

「このハルスベルクの地下には迷宮ダンジョンがあるんですよ。スライムや大ネズミみたいなレベルの低いモンスターがいて騎士見習いぐらいの人間にはちょうどいい練習場なんです。下水も流れてるから臭くて積極的に行きたがる人はいないですけど。アッシュ王子様はそのことをいっているんじゃないかと」と、ロザリオが答える。


 あの時、城の襲撃事件があった時にいなかった完全な部外者の同席を許している。

 この二人の男子生徒に関しては人払いとして出て行ってもらおうとしたのだが、アッシュが「いや、聞いてもらった方がいい。今は緊急事態だ。状況を把握している人間は一人でも多い方がいい」と、出て行こうとする二人を引き留めた。


「ハルスベルク地下ダンジョン———まぁ、それが古代都市ゼブルニアに行くための通路だね……ガルデニアが古代文明ゼブルの発掘調査をするために掘った穴がこの地下にはいくつもある。穴の数が多くて管理しきれなくなって放置しているものを、市民が小冒険のために侵入しているんだろう。僕が今言っている古代都市ゼブルニアはその地下ダンジョンの奥にあるものの話だ」

「へ~、あの下水道じみたダンジョンの奥にそんなものが……」


 呑気に答えるロザリオ。

 こいつも一応元『スコルポス』だ。修行のために所属し、本格的にマフィアとして活動はしていなかったらしく、単純に戦闘技術を学んできただけなので、実体としては見習い以下の立場なのだが、そんな彼が『グレイヴ・タルラント』という組織のボスの名前を出されても平然としている。


「そこにウチのボス……いえ、グレイヴ・タルラントが入ったことに何の問題が?」


 失言こそするものの……『スコルポス』にいたことは隠すべきことだろうに。

 ロザリオに尋ねられるとアッシュは、


「……詳しくは言えない。だが、ある大魔法を発動させようとしている。それはこの街を滅ぼすようなもので……情けない話ではあるのだが、君たちに協力を頼みたい」


 そう言ってアッシュは頭を下げた。


「すまない! 君たちの力を貸してくれ! アリサ・オフィリアの事件を止め、騎士見習いではあるものの信頼が置けて優秀である君たちの手をどうしても借りたいんだ!」


 王族が頭を下げる。

 生徒会室で俺達だけしか見る者がいない空間であるものの、これはよっぽどのことだった。

 が———、


「解せんな。どうして学生を頼る。王政府だけで何とかできる話ではなかったのか?」


 以前お前はそう言っただろう、と嫌味も込めた声色で尋ねるとアッシュはそそくさと俺の元に歩み寄り、耳打ちをする。


「……実は、おおやけにはできないことなんだけど、見張りに立たせた兵士はグレイヴ・タルラントに撃退されたんじゃあない。寝返ったんだ」

「寝返った?」

「ああ、グレイヴが前国王と名乗り、城を襲撃したことはガルデニア軍内部には知れ渡ってしまっている。つまり、現国王が玉座の簒奪者さんだつしゃであるということも……それで兵士の中で現王ジグワール派と前王グランド派で分断が起こり、誰がグランド支持派で誰がそうじゃないのかわからない。そんな敵か味方かもわからない兵士たちに前国王を捕らえるように命令できると思うかい?」


 言われてみればそうではある。


 が———、


「その状況になるのは少し考えればわかったことではないか?」

「……シリウス。もっと言葉を選んでくれ。流石の僕も傷つくよ。とにかく、少し考えなかったせいで、状況はもっと悪く、急を有することになった。このまま手をこまねいていると、最悪何もわからずにこの国が亡びる———大魔法・カナンの発動によって」

「……………」


 そんな迷信じみたものが本当にあるかどうかはわからないが、法螺ほらと決めつけるには状況が整い過ぎている。

 前王であるグランドが、忠臣ゲハルを犠牲にしてまでこの計画を進めているのだ。


「———だが」


 俺は改めて部屋の中にいる役員たちの数を数える。


「生徒会といっても5人だけだぞ。そんな雀の涙ほどの人出が欲しいのか?」


 問われたアッシュは首を振る。


「いいや。僕はこの状況になってあるイベントことを思い出した。数か月前にこの学園で、君が企画した———ある一大行事のことを」


 アッシュが指さすは、俺———シリウス・オセロットだった。


「———『モンスターハント大会』、というものをやったらしいね」


 イヤな予感がする……。


「それを是非ぜひ、もう一度やってはくれないだろうか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る