第159話 呪いの予言
「このガルデニア王城……しいては城近郊の大都市ハルスベルクは比較的魔力豊かな土地だ。水は澄み切り、土壌は良質。気候も安定し非常に済みやすい土地。楽園だ、と言いたくなる人もいるだろう。身分による各差こそあれ、飢えることはまずない。それがどうしてかわかるかい?」
アッシュは身振り手振りを交えながら、語り続ける。
「地下に膨大な魔力が眠っているからさ。過去に魔族が生み出した魔力を無限に生み出す魔法都市ゼブルニアによってね」
「魔法都市?」
「ああ、正式に言うと魔法〝陣〟都市。今は失われた技術だが、魔法術式という記号を円陣を組んで記すことで強大な魔法が発動する〝魔法陣〟という技がある。それを魔族は好んで使い、自分たちの暮らしを豊かにしていた」
「そんな情報。
魔法陣が失われた技術だなんていうことに関しては、だ。
この世界で『魔法陣』という概念があるのは知っていた。『紺碧のロザリオ』のゲーム内で敵が魔法を発動する時に何度か
確かに言われてみれば、ロザリオやアリシアのような味方サイドのキャラクターは一切魔法陣のようなエフェクトは映し出されず、敵の魔王や超魔導兵器のような魔族由来の存在のみ映し出されていたような気はするのだが……。
「知らなくて当然だ。魔族に関する情報は一般には禁忌。記されている書物があったら即
肩をすくめる。
恐らく、アッシュは王族の中でも知っているのは自分と現王ジグワールぐらいのものだと言いたいのだろう。ダストやガルティナたちの様子を見る限り、そんな好き好んで勉強をするような人間には思えなかった。
「ああ、話を戻そう———まぁ、ガルデニアの土地が豊かなのはその魔族が作った古代都市に関係している。街の至る場所には魔法陣が描かれ、それが常に発動状態になっており、世界中に満ちている魔力のリソースをこのガルデニアという土地に集中させている」
そんな謎が……カラクリがあったのか……。
ガルデニア生まれの人間は比較的体内魔力の容量が多く、他の国の生まれの人間に比べて強い魔法騎士、魔法使いになりやすい。つまりは一兵士が強い。だから国として強く、武力で他国をけん制し、また魔法騎士を育てる技術も高いため聖ブライトナイツ学園を創り、国内のみならず他国の魔法騎士育成にも力を入れている————昔ざっと読んだ、『紺碧のロザリオ』の設定資料集にそんなことがたしか書いてあった。
魔力に恵まれた土地なのは〝元々である〟〝そういう土地なのである〟ということしか記されていなかったが、実際にその世界に入ってみるとゲームや本に書かれている文章以上の情報がある。
———やっぱり、この世界は俺が思っているような単純なものじゃない。
「恐らくグレイヴ・タルラントはその地下都市に向かう、向かっているはずだ。その古代都市のどこかにある、大魔法陣カナンを発動させるためにね」
「で、その〝カナン〟というのは一体何なのだ? アッシュ」
前置きは済んだだろう、と。
早く本題を話すように急かす。
「———〝滅びの魔法陣〟」
「滅び?」
「ああ、ガルデニア王家にこんな伝承が伝わっている———」
アッシュは再び両手を広げ、演技っぽく語り始める。
「———〝古の都ゼブルにて、悪辣たる魔の者栄華を極める。その栄光
目を閉じ、一礼をしてアッシュの語りが終わる。
呪いの予言……か。
「つまり要約すると、『私たちは、だいぶん前に魔王を倒した際に吐かれた〝負け惜しみ〟を本気で信じて怖がっています』————そう言う事か?」
あまりにも簡略化した俺の言葉にアッシュはギャグマンガのようにずっこけた。
「い、いや……た、確かにフランクな言い方をすればそうなんだけど……」
「し、師匠……! 流石にその言い草は、もっとこう、別の……」
アリシアでさえも苦言を呈する。一方俺の隣に座っているルーナは「流石でございますお兄様」と頷いて全肯定してくれている。
「だが、まぁそう言う事だろう? その伝承だけでは滅びの魔法というのが何なのかよくわからん。そして、今アッシュが語る言葉はそれのみ。結局は滅びの大魔法陣カナンが何なのか。どのように発動するのか。滅びとはどのような形でもたらせるようなものなのか。何もわからんという事ではないか」
「ま、まぁ……そうなんだけど……」
「師匠……もっとこう……容赦を……」
話を早く前に進めようとズバズバとものを言ったが、アッシュは困り切った様子で首に手をやり、アリシアは手を指し伸ばして遠くから俺を止めようとする。
「でもね、シリウス。魔族についてのことを禁忌にしたせいで記録を残さず、肝心なことが何もわからないとはいえ、過去に〝魔族〟も〝魔王〟もいて、現にこのガルデニアの地下には古代都市がある。その事実がそろっている以上、王族が古より語り継いだ伝承を、無下にするわけにもいかないんだよ。もしかしたら本当に———その古代都市のどこかにある〝カナン〟という魔法陣が滅びをもたらすかもしれないし……少なくとも、
叔父上———グランド・フォン・ガルデニア、又の名をグレイヴ・タルラント……か。
「彼は玉座の間に辿り着いておきながら、無理に復讐を果たそうとはしなかった。何なら言葉通り殺すつもりなど最初からなく、本当にただ顔を見に来ただけのような節もあった。多分、彼は……そのカナンが本当にあると信じ、あの魔王の複製体で発動させようとしている」
俺は首を垂れて下を見た。
もしかしたら、そのはるか下にあると言う古代都市で、今にもグレイヴ・タルラントが魔法陣を発動させて高笑いしているのかもしれない。
そう思うと、良い心地はしない。
「まぁ———何はともあれ、これはガルデニア王国政府の問題だ。国中に点在している古代都市への入り口すべてに既に厳重な警備を敷いているから恐らく大丈夫だろう。もしも呪いの予言が本当だとしても、未然に防げるさ。とにかくシリウス。長々と僕の報告を聞いてもらって悪かったね。君は体調が悪い様子だし、もうゆっくり休むがいい」
「いや……別に構わんが……」
アッシュは「それじゃあね」と爽やかに言って客間を去っていき、俺は気を抜いて「ふう……」と息を吐く。
「お兄様。ご苦労様でした。今はお休みください……」
ルーナがシーツを俺の肩にまでかけてそっと優しく押してくれる。
枕に頭をつけた瞬間、睡魔が襲ってきてそのまま瞳を閉じる。意識が段々ぼんやりとしてくる中、アリシアのルーナに対する別れの言葉と部屋の扉が開閉する音が聞こえる。
今は———休もう。今日はいろいろあって疲れた……。
だが、ひとつ気がかりなことがある。
どうして第一王子アッシュはわざわざ一貴族である俺に事態の報告をしに来たのだ?
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