第158話 アッシュの事後報告
「———さて、大変な事態になってしまいましたね」
ガルデニア王城中階南側の客間にて。
部屋の中央で第一王子アッシュは一枚の紙を手にして沈痛な面持ちで言葉を続ける。
「先代国王グランドを名乗る賊によって城は半壊。兵士14名と……我が弟ダストが犠牲になりました。幸か不幸か、命までは奪われずにその身を魔法でカエル化されてしまったという状況ですが……」
彼の報告を俺はベッドの上で黙って聞いていた。
体を起こし、太ももまでシーツをかけ、隣には心配そうに濡れタオルを絞っているルーナを侍らせている。
あの後、俺はすこぶる体調を崩し倒れかけた。
何とか意識は保ったものの、ルーナに肩を担がれながら来賓客用のこの部屋に戻って来て、ベッドの上でしばらく休んでいた。
そうゆっくりしていたところに、今回の事件の調査を終えたアッシュがやって来たというわけだ。
「……グランドを名乗る賊、か。王族としてあの男を先王とは認めたくないというところか?」
アッシュの言葉の上げ足を取ると「そう言わないでください」と苦笑しながら肩をすくめる。
「ジグワール国王が〝兄上〟と彼の賊のことを呼んでいたのを衛兵も第一・第二王女たちも聞いているだろう。それにアリシアも———、」
この空間には、アリシアもいた。
彼女はベッドから少し離れたソファの上で何か思い詰めているような顔をして座っていた。
「———彼女もあいつの顔を確認し、先王グランドの面影を感じていた。ならばあいつのことを‶グランド〟と認めてもいいのではないか?」
アリシアの物思いは深刻なようだ。俺が名前を出しても彼女は一切反応を示さなかった。
「それでもグランド・フォン・ガルデニアは
まぁ、当然ではある。
彼を先王だと認めてしまえば、ジグワールが簒奪者だとふれ回るようなものだ。そんな後ろめたいことを抱えている政府は地盤が緩くなる。
「だから襲撃してきた男はただの賊。何物でもない、今の王に対する反逆者。それが我ら王家の姿勢、」
「グレイヴだ」
「はい?」
「奴の名はグレイヴ・タルラント。大都市ハルスベルクを裏で支配しているマフィア『
血の繋がっている叔父にあたる人物であっても、政治の敵となれば名前も取り上げて淡々と処理しようとするアッシュの姿勢に少しムカついた。だから言葉を遮り、復讐鬼と化した男の名を述べた。
「———どうも」
アッシュはにっこりと笑った。その胸中でどんなことを思っているかはわからない。
「では、そのグレイヴ・タルラントは部下のゲハルという男を使い、ジグワール国王襲撃事件を起こした。ですがその事件自体が実は囮で、本命は地下で開発された生体魔導兵器の奪取だった。そしてその目的が達成されると玉座の間に姿を現し———アリシアとシリウスに撃退されて逃亡した……そういう事で合っているかい、アリシア?」
アッシュがアリシアに話題を振ると、ハッとし、
「あ、は、はい……」
「どうしたんだい? アリシア、何か気になることでも?」
「え、あ……その……」
アリシアがチラチラと俺へと視線をやる。
「あの……グランドおじさまが……いえ、あのグレイヴ・タルラントが地下の魔導施設で目覚めさせたあの女の子は、魔族の女の子は一体何だったんですか? 古の魔王ベルゼブブだとおじさまは言っていましたが……本当に?」
アリシアが尋ねるとアッシュは少し困ったように眉をハの字に曲げた。
「う~ん、正確に言うと違う。別人だ。魔王の肉体の一部を切り取って、特別な魔道具によって一つの生命として現代に復元させたものらしい。治癒魔法の応用らしいね。これにかんしては僕たち今の王家の人間はほとんど知らなくて、先王グランドと当時から王立魔導機関に所属していたギガルト・オセロットが秘密裏に進めていたことらしいが……」
問い詰めてようやく吐いてくれたよ、とアッシュは疲れた様子で首を振った。
「じゃあグランドおじさまが言っていた……師匠も、シリウス・オセロットも王立魔導機関で生み出された人工魔導生命体だっていうことも……」
アリシアが心配そうに俺を見つめる。
だが、問われているアッシュはあっけからんとした様子で、
「それは知らない。今回はグレイヴ・タルラントの目的と今後の動向であってシリウスのことについては訊いていないからね。でも、彼の言葉が嘘でも本当でも関係のない事だろう?」
「え?」
「シリウス・オセロットはシリウス・オセロット。ここにいる一人の人間であることは変わりない。生まれがどうでも。そこは気にするべきところじゃないだろう?」
「あ———」
アリシアの顔から、少しだけ力が抜けた。
そんなアッシュの言葉に安堵した様子を見て、俺もつられて笑みを作る。
「フ……そうだな。
マジで気にすることじゃない。
俺は転生したシリウスとは別の人格で、シリウスのアイデンティティが揺らぐ事実を突きつけられよう同情こそすれ、ショックを受けることはない。
自分でも冷酷だとは思うが、やはりどこか他人事のように感じてしまうのだ。
「———だがやはりアッシュ。お前は他の兄弟たちとは違うな」
自分自身の嫌な部分に気が付き始め、それを振り払うために話題を変えようとする。
「ん? というと?」
「器がでかい。人間でもないかもしれない
そう言われるとアッシュは笑った。
「ハッハッハ……まぁ、あんな意地悪な兄妹を持つと兄としてしっかりしなくちゃいけないなっていう部分はあるかもしれないね。それに君は人間だよ。少なくとも魔族ではない」
「そうなのか?」
「魔族は血が青い。君の右手に矢が刺さった時、ボクは見た。赤い血が流れているのをね」
アッシュに指さされ、俺は自分の右手を見る。
既に傷がふさがっているが若干痕が残っている。
急速に修復されたのは体が損傷したことにより、体内の魔力が活性化し自己再生能力を高めたのか……。
そんな驚異的な身体でも、魔族ではないらしい。
だが魔族は血の色が違う……そんな情報も初めて知った……最も、『紺碧のロザリオ』のゲーム上では元々〝魔族〟なんてキーワードはあまりでないのだが。
『魔王』はよく出る……だが、『魔族』は過去に滅んで今は一体もいないという事実のみが語られるだけだった。
「———だから安心したよ。シリウス。君が魔族だったら殺さなきゃいけなかった」
考え事をしていたら、アッシュがぼそりと物騒なことを言い出した。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。この世界に魔族はいちゃいけない。一匹たりとも。もしも一匹でも残していたらこの国を、人類を滅びの道へ突き落す厄災となる」
アッシュの顔は真剣で、冗談を言っている風ではなかった。
「一匹……いや一体でもか? だから今の時代に〝魔族〟はいないのか? だが少し滅びる———というのは大げさではないか?」
俺の言葉に対して彼は首を振り、
「いいや、全然大げさじゃないんだよこれが。実はこのガルデニアは、人間の世界はいつ滅んでもおかしくない状態にある。太古の昔この地上は、人間は、魔族によって支配されていた。それは知っているね?」
いや、あんまり知らない。
『紺碧のロザリオ』のゲーム内でそこらへんの設定あんまり描写されなかったから。
「だがその支配が再び蘇る可能性がある———」
そして足元を指さした。
「———古代地下都市ゼブルニアに隠されている大魔法陣・カナンの発動によって」
ゼブルニア……カナ……ン……?
聞き覚えのない言葉を頭の中で
恐らく、アッシュが指さしているのは床ではなくその遥か下。どこまでも深い地の底だった。
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